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しおりを挟むセブンステップシャークが消え、唖然呆然としてしているのは俺だけじゃなかった。
アルヴィンとケレスも呆然としている。
見栄えのいい豪奢なふたりが立ち並ぶと、まるで王都に訪れた来賓客を見送っているようではあるが。
オヤジが俺の服の裾を引っ張った。
なんだろうとオヤジを見下ろすと、オヤジはアルヴィンとケレスに軽く会釈し、挨拶していた。
ちょうど良い機会だとオヤジにアルヴィンとケレスを紹介しようとすると、オヤジがそれに気が付いたようで、慌てた。
「どうしたんだ? オヤジ?」
「いいから、ちょっと」
そう言ったオヤジの顔は凶悪さが滲み出ている。殺気さえ感じる。懐かしい。
そんなオヤジは俺の服の裾を引っ張りながら、アルヴィンとケレスをその場に取り残し、俺を迷いの森の奥にまで誘導してきた。
何だ。オヤジ。ふたりには聞かせられない、内緒話があるのか。
「オオオオオ、オルランド! 何て人を連れて来るんだい! あれはアルヴィンとケレスじゃないか!」
ああ、オヤジはふたりのことを知っていたのか。
「あ」
そう言えば、オヤジは魔王だった。
ナサニエルでは先々王を殺害し、アルヴィンに代理王としての約目を押し付けた、現国王、になる。
そうか。
オヤジにクリスタルブレスレットを借りる。
オヤジにクリスタルブレスレットを借りる。
オヤジにクリスタルブレスレットを借りる。
そんなことをエンドレスで考えていて、オヤジが魔王だということをコロッと忘れていた。
かなり疲れているな。
だが、アルヴィンとケレスはオヤジを見ても魔王だと認識していなかった。
オヤジは完全に、黒髪黒瞳の人間になってしまったからだろうか。
「もしかして……ふたりはオヤジが魔王だと、気が付いていない?」
「え?」
オヤジは遠くから俺たちを眺めているアルヴィンとケレスに会釈をした。
ふたりはそれを受けて、会釈をして返している。
「え? 僕が魔王だとバレていない感じ? 良かった。ふたりに魔王としてあった時、まだ今の顔が完成してなかったからか」
オヤジはそう言って納得しているが。
「……そんなものなのか?」
「うん。わりとゆっくり変化したから。それよりどうするの!! 僕、ふたりに名乗って挨拶出来ないよ! 流石にユージーンの名前は出せない」
ふたりにことの全貌を打ち明ければ問題ないと思うのだが、そうなると今現在、王の紋章を俺が継承してしまったことも打ち明ければならなくなる。
それは……まずいな。
俺はナサニエルの王にはなれない。
「そうだな。オルランドのオヤジだ。とだけ挨拶すれば」
オヤジがガッと俺の手首を取り上げた。
「駄目だよ! これ! 夫婦の証しでしょ!? きちんと挨拶しないと……あ、ごめん。お祝いの言葉が遅れた。結婚おめでとう。お父さんは嬉しいよ」
「ありがとう……? と返せばいいのか? 伴侶と言っても、相手は男だぞ」
「ん? でもおめでたいことだよ。でもどっちがオルランドの伴侶?」
「アルヴィン」
「そうか、そうだと思った。僕も代理王の紋章を預けるにはアルヴィンしかいないと思ってここに来る前、彼を選んで……いや、話がズレたよ! 挨拶! 挨拶どうするの!?」
「うるさいな」
「うるさくないよ! いいかい! 普通、僕からアルヴィンに挨拶すべきなんだよ!?」
「あ――……確か、初対面において、身分の低い立場の者は、身分が高い者から声をかけない限り、挨拶すら出来ないと前にオヤジが言ってたな」
「そう! この国の礼儀作法は知らないけど、ナサニエルでは、そうなる!」
「アルヴィンは代理王。ケレスは伯爵。で、オヤジは前国王(まおう)。……黙っておけば分からない。問題ないだろう」
「ええっと、僕は現国王の父でもあるんだけど?」
「ああ、俺が王の紋章を継承したことをふたりは知らないからそこも問題ない」
「ええっ!?」
「オヤジ、この際、平民のフリしとけ。挨拶はアルヴィンから始めるだろう」
「そこで?」
「オルランドのオヤジでーす。的なノリで終わらせろ」
ガクリとオヤジがうな垂れた。
「アホの子みたいだけど、分かった。ユージーンの名前は隠しておくよ。オルランドは紋章問題をより複雑にしてる感じがするし。それより何しに来たの?」
「ああ、そうだった! オヤジ、クリスタルブレスレットを持っていないか?」
「持ってるよ。アーちゃんが僕とずっと一緒に居たいって言うから、今も肌身離さず身に付けている」
「……アーちゃん?」
そのアーちゃんを借りたいとオヤジに伝えれば、オヤジはアーちゃん……手首にはめているクリスタルブレスレッドを借してくれた。
アーちゃんに許可を取らなくてもいいのか、オヤジ。
まあ、借りるだけだからいいのか。
「人間になっちゃったら、クリスタルブレスレット身につけても、アーちゃんとコンタクト取れなくなるのは分かっていたんだけど。お互い離れ難くて。
でもアーちゃん、一応ロストチャームに宿る精霊だし、ナサニエルに返したほうがいいのかもしれないね。
ああ、でもアーちゃんの意思は尊重しないと。またアーちゃんに会ったら聞いてみてくれるかな?」
「ああ、分かった」
「あれ? でももしかしてオルランドは、アーちゃんを使って王の紋章を誰かに譲るつもり?」
「は? どういう意味だ? それは?」
「アーちゃん、アーレフは古代の魔法使いが人工的に造った精霊なんだ。
だからアーレフと契約が完遂するまでに契約者は魔力を無茶苦茶奪い取られるから、アーレフを契約した国王は意図せず、王の紋章を他の誰かに継承してしまうんだ。
ま、アーレフと契約している間、魔力が枯渇するから、ナサニエル全土の精霊をたちに愛想つかされるんだろうね」
「そうなんだ」
ホッとした。
クリスタルブレスレットのアーレフと契約すれば、ナサニエルに正統な国王が誕生する。
間違っても俺がナサニエルの王にならなければならないと責任を負わなくてもよくなる。
「でもオルランド、アーちゃんは契約者を選ぶよ。誰にでもアーちゃんと契約出来るって訳じゃない」
「そうなのか?」
「うん。でも、アーちゃんは選んだら最後、いちず。だからアーちゃんの責任を最後まで持つ気がないなら、そのクリスタルブレスレッドは返して欲しいんだ」
「分かった。だがそうなるとこのクリスタルブレスレットはもう二度とナサニエルには帰れないな」
「どういうこと?」
「俺はアーレフと契約して、王の紋章を誰かに譲り、迷いの森の神殿で人間へと戻らせてもらう。すぐに、このブレスレッドと一緒にオヤジの元に戻るから待っててくれ」
「ま、待って!? アルヴィンはどうする気!? 伴侶なんだよね!?」
「仕方がない。アルヴィンとは、別れる」
ざわざわ。
木々が揺れた。
『別れる』
アルヴィンに会った時からそんなことばかり言っていたが、今はその言葉を口にするだけで、胸が張り裂けそうに痛む。
「オルランド……そんな顔しないで。見ている僕も辛くなる。愛してるんだろう? アルヴィンを」
「まさか」
「無理しなくていいよ。オルランドは僕をひとりにさせたくないとか思ってるんだろうけど、僕はひとりじゃないから大丈夫だよ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃない。今度羊のシャーロットが子供を産むんだ。家族も増える。だからオルランドはアルヴィンと別れちゃいけない。
伴侶はふたりでひとつなんだ。別れるなんて無茶をすれば、最悪、気が狂う。だからナサニエルは同性同志でも夫婦として認めてる」
「オヤジ」
「オルランド、子供の幸せを望まない親はいない。
オルランドが国王になりたくないのなら、王の紋章を放棄することにも賛成する。だけど僕のところに戻ってこなくていい。僕は君の母親と君に会えただけで充分だから」
――そして僕はそれだけのことをした。
一瞬だが、陰りあるオヤジの表情がそんな心情を現していた。
オヤジは自分が身勝手なことをしていると十分理解している上で、おふくろと添い遂げた。
そのおふくろはもう、いない。
オヤジに残されているのは『身勝手なことをした』という事実と、俺だけだ。
その俺は、オヤジを見捨てられない。
「俺は、オヤジの元に帰る」
「オルランド!」
「もう行く。この土地は魔力が少ない」
「え? あ、ごめ……大丈夫?」
「ああ、俺からオヤジことは俺からふたりに伝えておく。名乗れない挨拶は省けばいい。じゃあな。元気にしてろよ」
クリスタルブレスレットを握りしめて、踵を返すと、オヤジがしがみついてきた。
「オルランド、僕はどんな犠牲を払っても、好きに生きてきた。だから今を満足してる。戻ってこなくていいから。オルランドはオルランドの幸せを探して」
――僕はどんな犠牲を払っても、好きに生きてきた。だから満足してる。
オヤジ、やはり俺はオヤジの息子だ。考え方がそっくりだ。
俺も、どんな犠牲を払っても、好きに生きたい。
だから俺はオヤジの元に、戻る。
オヤジをひとりになんか、させない。
たとえどんなに、辛くても。
アルヴィンにはきちんと伝える。
一緒には居られない、と――。
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