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しおりを挟む借りてきた猫のように大人しく胸に収まるオルランドを固く抱きしめたアルヴィンは、精霊たちの呪いによって、襲い狂う欲望の中でも、幸福感でいっぱいだった。
アルヴィンがそっとオルランドの髪に唇を落とせば、その度にオルランドはアルヴィンに深く、身体を預けてきている。
強姦紛いのことをして、怯えさせたのはアルヴィン本人だと言うのに。
オルランドは自分の行動が矛盾していると、思わないのだろうか。
……それほど、私は旦那様を怖がらせてしまったのか……いや、おそらくそれは、ない。
オルランドはそれほど殊勝なタマではない。誰が育てたのか、人格の礎が出来上がってしまっている。自分は自分だと認めきっている。
強姦まがいのことをしても、感受性の高い己の身体にも違和感を覚えず、ましてや他者と比較しようと考えないだろう。
アルヴィンがゆったり時間をかけて愛撫すれば、その都度、素直に開花する自分の感受性もきっと、ありのまま受け入れるはずだ。
それなのに。
アルヴィンは腕の中にいる借りてきた猫のようなオルランドを見て眉根を寄せた。
やはり何かに怯えている。いや、怖がっているのか。
強姦しようとした私が怖いと感じていないのなら、一体何を怖がっているのか。
アルヴィンがオルランドの髪を柔らかく梳けば、オルランドは気持ち良さそうに目を細めた。
アルヴィンの腕の中で、幸せそうに。
これは……たまらない。
アルヴィンは愛しい気持ちが湧き出るまま、オルランドの髪に口づけた。
「身体はやれない」
オルランドはアルヴィンにハッキリそう言った。
では心なら、くれるのか。
そんな無粋なこと。
アルヴィンはオルランドに聞き返さない。
オルランドが天邪鬼だからだ。
聞けば必ず、オルランドの頑なな答えが返ってくるのが目に見えている。
だが、こうして聞かなければ、オルランドはこうしてアルヴィンの腕の中で静かに身をゆだねてくる。
身を焦がすような愛しさが、理性で抑えきれない本能を超え、アルヴィンは腕の中にいるオルランドの髪にまた、ひとつ、唇を落とした。
カタコトと揺れる馬車をアルヴィンは、どこまでも遠回りして、走らせている。
この至福の時を少しでも長く、感じるためだ。
「まだケレスの屋敷には着かないのか?」
のそりと起き上がり、オルランドがアルヴィンを見つめる。
男らしさの中に漂う清楚で愛らしい顔。
アルヴィンは己の欲望を押し付ける訳にもいかず、それでも触れずにもいられず、オルランドの唇にそっと指を滑らせた。
オルランドの赤い唇が薄く、開く。
私を誘っているのですか?
アルヴィンがそう聞くと、オルランドは顔色を変え、怒るだろう。 そしてアルヴィンが欲望のまま、オルランドの赤い唇に唇を重ねれば、オルランドは暴れるのも目に見えている。
アルヴィンはオルランドの唇をゆっくりとなぞることしか出来ないが、オルランドは逆らわない。猫のように目を細めるだけだ。
ここ数日で、ふたりの関係はかなり進歩したと言える。
アルヴィンから笑が溢れた。
「ケレスの屋敷にはもう、着いていますよ」
「は?」
馬車はケレスの屋敷の周りをグルグルと回っていたに過ぎないのだから。
「なら何で、降りない?」
冴え冴えとしたオルランドの瞳。これは少し怒っている。
さて? とアルヴィンがとぼければ、呆れたようにオルランドは腕の中から、すり抜けた。
まるで猫だ。
どこまでも愛しい人。
どこにいても構わない。どんな暮らしでも構わない。
必ず幸せにすると誓うから、永遠のときを私と共に。
アルヴィンがオルランドをエスコートし、ケレスの屋敷の玄関ホールに入れば執事のマーロウから、ケレスが急ぎ、呼んでいると伝えられ、そのままケレスの元に急いだ。
螺旋状の階段を登り詰めた先。一番奥にある部屋がケレスのプライベートルームだ。
扉を開けば、オルランドが思わず、といたように、「すごい」とつぶやいた。
それはケレスを見て言ったことではないだろう。
ケレスは相も変わらず、黒ずくめ。
オルランドが「すごい」と言ったのはケレスのプライベートルームの内装を指してのことだろう。
部屋は水色と白を主体とし、四柱式の天蓋がついた立派なベッドを中心に、華麗なコモドーや、書物をするときのためのライディング・ビュロー。
ちょっと横になるためのカウチ、寄せ木の宝石テーブルなどが、快適さと美しさを兼ね備え、バランスよく配置されている。
確かに豪奢で、センスあるプライベートルームだが、おそらくオルランドは、こうしたプライベートルームが寝室だけでなく、書き物をしたり、親しい友人を呼んで語り合ったりと、多目的に使われているのを知らないのかもしれない。
アルヴィンはそこに違和感を覚えた。
オルランドはナサニエルでの王族の教養や礼節を自然と身に付けているのに、こうした知識はない。
一体、どこの誰に育てられればこうなるものなのか。
アルヴィンが考え込んでいると、ケレスがトントンと、ティーテーブルを指先で弾き、口を開いた。
「呼んだのは、オルランドをクローディア城へ連れて行くのは、止めておいたほうがいいと伝えたかったからだ」
ピクリとアルヴィンの眉が上がり、それを見たケレスが苛立ったように口を開いた。アルヴィンの小さな嫉妬心を見抜いたというところか。
「最後まで聞け。別にお前たちを引き離したい訳じゃない。クローディア城から、失われた魔術書(ロストグリモワール)が見つかったと、さっき情報が入った」
「ロストグリモワール?」
オルランドが疑問を口にすると、ケレスが穏やかな表情を浮かべ、オルランドに説明した。声色までどこか優しさを滲ませて。
「ロストグリモワールとは何らかの理由で今では失われてしまった魔術のことだ。つまり、今では必要としていない、もしくは必要としてはいけない魔術書になる。
ロストグリモワールが見つかったクローディア城はこれから、王室の私的財産として管理されることに決まったことも情報の中に入っている」
「ロストグリモワール、王室の私的財産……すべての魔法を見透かしてしまう、ハイゼット家が動き出しますね」
「ああ、十中八九そうなるだろう」
アルヴィンとケレスが高度な姿隠しの魔法を使ってオルランドの髪と瞳の色を変えても、ハイゼット家の一族はそれを見透かし、オルランドが黒髪黒瞳の人間であることを見破てしまう。
それどころか、オルランドがハンカチで隠している、王の紋章まで見透すだろう。
そうなればオルランドが、異形の王として担ぎ上げられてしまうのは必須。
オルランドは不治の病を抱え、意の沿わない王としてナサニエルに君臨することになる。
それだけは避けたい。
ケレスの言いたいことを飲み込み、アルヴィンは軽く頷いた。
だが、オルランドには通じていない。
怪訝な顔をするオルランドにケレスが優しい目で説明を始めた。
「オルランドはシャツ下のものを隠したいんだろう? 何としてでも」
「ああ」
「ハイゼット家はすべてを見透かす特異な目を持っているから……」
オルランドが自分の肩の部分のシャツをぎゅっと握りしめ、ハッとした。
「そうだ。オルランドの意思に関係なく、視られる。だからオルランドはグリモワール城へ行かないほうがいい」
ふと、オルランドが違和感を覚えたような顔でケレスを見た。
口にこそしないが「ケレスもシャツの下にある秘密を執拗なほど、見たがっていたのに、何故?」と顔に書いてある。
「俺は……オルランドの意思を尊重しようと思っている」
「どんな……心情の変化だ?」
「オルランドが怪訝に思うのも仕方がないな。だが、俺はオルランドに出会い、アルヴィンを通して今まで『自分ではないもの』になろうとして生きてきたことに気付いた」
「自分でないもの?」
「ああ、高い目標を自分で掲げ、全力で取り組み、それが達成出来てもそこに喜びを感じることのなかった自分に、だ。
今思えば、達成しても、失敗せずに済んで一瞬、ほっとするだけ。だが挑むことをやめれば、気が狂いそうになるの分かっているから、挑むことはやめられない。
それは子供の頃に周囲から植え付けられた『ナサニエルのために』という洗脳を、知らずのうちに、履行していたのかもしれない」
ケレスはオルランドをまるで小さな子供でも見るような愛しむ瞳で、覗き込んだ。
「すまない。アルヴィンから聞いた。オルランドは不治の病にかかっているんだろう?」
オルランドが可愛らしい顔を、ハッと上げた。
「オルランド。俺はもう『自分でないもの』にはなれない。俺はありのままの自分として生きていきたい。
ナサニエルのためにではなく、オルランドの個の意思を尊重したい。それでは嫌か?」
オルランドは、ゆっくりと首を横に振った。
「まさか」
ケレスはアルヴィンに振り返った。
「アルヴィンはどうするつもりだ? クローディア城行きは諦めるか?」
「いいえ、幸いにも私は、一般には公開しないロストグリモワールを、閲覧できる権利があります。直感を信じればクローディア城では何かが私を待っています」
このタイミングで、見つかったロストグリモワール。
まるで読みに来いと誘っているようなものではないか。
「じゃあ、俺は野宿してアルヴィンを待つか」
そんなことを口にするオルランドを、アルヴィンはケレスとふたりがかりで止めた。
まさかそんなことはさせられない。
アルヴィンはケレスにオルランドを預け、足早にクローディア城へと向かった。
ケレスは「オルランドの意思を尊重する」と言った以上、己の矜持にかけてそれを守る男だ。義理堅い。
あとはオルランドがケレスにその気がないと言ったことを、信じるしかない。
しかし慣れない土地での野宿すると言い切るオルランドは、可憐な見た目と違い、かなり性根たくましい生活を送ってきたに違いない。
そう言えば。
アルヴィンはこれまでオルランドがどんな暮らしをしてきたか、聞いたことがなかったなと思い、お互い様かと、笑みを零した。
どうでもいいのだ。
過去など。
未来さえあれば。
あとは、何も、必要ない。
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