紋章という名の物語

彩城あやと

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 強く願い、迷える森へ入ったのに、すぐに森から追い出された。
 だからもっと強く、もっと強く、人間になりたいと。この願いを叶えて欲しいと。想い迷える森へと入るが、迷える森は俺とアルヴィンを受け入れてくれなかった。

「旦那様」

 アルヴィンがいたたまれなくなったかのように、俺の背後からそっと声をかけてきた。
 空を見上げれば、白くうすらぼんやりとした雲の中、太陽はまだ高い位置にある。
 アルヴィンの空間移動を使えば迷える森まであっという間で、ケレスの屋敷から出てまだほとんど時間は経っていなかった。
 それなのに何度この迷える森に入り、何度この場所に追い返されたのか、もう分からない。

「ケレスもそうなんです。森へ数歩踏み入れただけで、追い出されるように、ここに」

 ケレスが「同行したいのはやまやまだが、迷惑にはなりたくない」と屋敷に残ったのはそのせいか。

 はらはらと粉雪が風に吹かれ、あてもなく宙を彷徨い落ちてくる。
 イグネイシャスは精彩に溢れ、夏を迎え待っていたというのに、この場所の季節は冬のようだ。
 イグネイシャスとは遠く、遠く、距離を置いているのだろう。
 落ちた粉雪が柔らかな絨毯のように地面に敷き詰められていく。

 この粉雪は、オヤジのところにも降っているのか。
 リーベンデールを出た頃はそう寒さも感じなかった。
 手のひらを広げ、雪が落ちるのを待てば、アルヴィンが後方から光りの傘を挿していることに気が付いた。

「濡れますから」

 目が合えばはにかむように微笑むアルヴィン。
 人形のような綺麗な顔を間近に見れば、また、見蕩れてしまいそうになる。
 肩と肩が触れ合う。
 アルヴィンのぬくもりが伝わる。
 あたたかい。アルヴィンの体温も俺を見る笑顔もすべてが、あたたかい。
 オヤジ。
 ――――ずるりと。
 闇に引きずられる。恐怖に囚われる。

「旦那様?」

 オヤジをひとりにするわけにはいかない。
 俺は帰ると約束した。オヤジは気にするなと言ってくれたが、俺が「必ず帰る」と重ねて言えば、困った顔をしながらもどこか嬉しそうにしていた。
 帰らなければ。
 このぬくもりを捨てなければ。

「旦那様?」

 怖い。失うのが怖い。オヤジを失うのも、アルヴィンを失うのも怖い。
 だがアルヴィンのそばには誰かが居る。俺がいなくてもひとりにはならない。
 そのことを、アルヴィンに伝えなければ。
 俺がオヤジのもとに帰るということを伝えなくては、ならない。

 振り向けば、アルヴィンが優美な仕草で手を大きく広げ、空にかざしていた。

「旦那様、雪は綺麗ですね。私は初めて自然の雪を見ました。旦那様の住んでいたところにもこんな雪は降りますか?」

「……ああ、こんこんと降るな。と言うより、積もる」

「積もる!? 雪がですか? いいですね。綺麗でしょうね。ね、旦那様。この降り積もる雪のように、私たちも時間を重ね、思い出を積もらせましょうね……私たちどちらかの命が尽きるまで」 

 人形のように綺麗な顔したアルヴィンがどこか悲しそうに微笑んだ。
 それはいつものアルヴィンじゃない。蒼い瞳の奥に悲嘆、苦悩、憂愁を織り交ぜ、その感情を隠しきれていない。

「どうした? アルヴィン」

「何が、ですか?」

 アルヴィンの瞳が、感情を遮断した。蒼い瞳が無機物のようなガラス玉に変わる。

「あ……いや」

 動揺した。
 初めてそんなアルヴィンを見て、何て言ったらいいのか、どうしたらいいのか分からず、気が付けば、アルヴィンの手をぎゅっと握りしめていた。
 触れる素肌。体温。
 ――離れたくない。
 それは純粋な感情だった。
 だが、アルヴィンとの別れは目に見えている。
 それを、アルヴィンに伝えなければ。

「旦那、様?」

 食い入るように見つめてくるアルヴィンの蒼い瞳に熱が生まれた。
 蒼い瞳の奥は感情を隠していない。すべてをさらけ出している。深愛の情が溢れている。
 吸い付けられるように、その瞳を見ていてると、何かが満たされていくようだった。
 それは幸福感だった。アルヴィンがそばにいるだけで幸せだと満ち足りる。
 稲光りのような衝撃が落ちた。
 空は雪雲。衝撃が落ちたのは心の中だ。
 伴侶。
 伴侶とは己の半身であり、半心だ。半分欠けて生まれるから相手をどこまでも求め、満たし、満たされたくなる。

「旦那様、そんな顔で私を見ないで。自分を。抑えきれなくなる」

 アルヴィンのシャープな顎のラインが傾く。顔が近づく。避けられない。避けたくない。
 唇が重なる。
 熱く、潤んで、柔らかく、心地がいい。

「旦那様」

 人形のように綺麗なアルヴィンが微笑む姿を見れば、天まで駆け上り、天使に会えたかのような錯覚を覚える。
 見ているだけで満たされて――――ずるりと。
 闇に落ちる。
 オヤジをひとりにはさせられない。

 アルヴィンの硬く鍛えられた胸板をそっと押し戻した。

「旦那様?」

「もうここに用はない。王都だろうが、クローディア城だろうが、早く神殿へとたどり着く方法を探そう」

 これ以上、アルヴィンを見ていれば別れが今以上、辛くなる。

「……はい、参りましょう。ですが旦那様」

 引き締まった腕で腰を引き寄せられ、熱いアルヴィンの唇と吐息が耳に触れる。全身が心臓になったようにおかしくなる。

「ですが旦那様、そんな誘うように弱々しく抵抗されたり、反応をされたら、男として黙っていられなくなるのですが」

 顎を掬われ、キスを避ければうなじにアルヴィンの熱い吐息が落ちる。
 振りほどこうとすれば、たくましいアルヴィンの腕、胸、腿を感じて、身の置き所がなくなる。

「アルヴィンっ! 離せ!」

「今、どんな顔で私を煽っているのか、ご自覚は?」

 もぞもぞとアルヴィンが俺の太腿に自身の昂ぶりを押し付けた。
 はぁはぁと熱い息。まるで変態だ。
 顔が人形のように綺麗だから救いはあるが、少し、気持ちが悪い。
 
「旦那様、旦那様、ああ……穴があったら、入りたい……」

 ふっと。
 憑き物が落ちた。
 ……どうして。
 この変態を自分の半身、半心だと、感じたのか。
 どうして。
 この変態のぬくもりを失うのが怖いと、感じたのか。 

「旦那様、旦那様、旦那様」

 マントの隙間からアルヴィンの熱い手がせかせかと忙しなく、入り込んでくる。
 指先は的確に乳首を狙っている。

「アルヴィン、離せ」

「ああ、触れれば離婚だと、仰らないのですね!? それは、こここここ、ここで、その、愛の営みに興じるということですか!? 初めてですよね!? 愛の営み。
 大丈夫です。雪の中でも旦那様を熱くたぎらせる自信はありますから、ささ、そうとなればその可愛らしい胸をまず、自分から出して。舐めて、とおねだりして」

 深く息を吐いて、吸う。
 どうせアルヴィンには力でかなわない。

「フィシア、この変態オヤジを迷える森に放り込め」

「オ、オヤジ……!?」

 ごうっ、と風が鳴る。

 迷える森まで、優雅に、華麗に、飛んでいくアルヴィンの姿はやはり美しかった。
 顔も、髪も、体型も、雰囲気も、仕草も、すべてが美しかった。
 残念な中身を除いて。

 アルヴィンはかなり飛んで行ったような気がしたが、しばらくすると何事もなかったかのように優雅な足取りで戻ってきたので、俺も何事もなくケレスの屋敷へと戻ろうと言った。



 ☆



 空間移動を済ませ、イグネイシャスの門を潜り、ケレスの屋敷に戻るまでの馬車の中。
 アルヴィンからクローディア城に着いての説明を受けた。

「クローディア城は今から600年前に建設され、代々、王族や貴族が住んでいましたが、
 最後の個人所有者、ユージーン、フィン、フィッツディラルド、アルファンガスが突如、行方不明になったことが原因で今現在はクローディア城保存魔法団が管理しています。
 ……どうされました? 旦那様?」

 ユージーン、フィン、フィッツディラルド、アルファンガス。
 サルヴァドール家に婿養子入りしたオヤジの旧姓じゃないか。

「何もない、続けてくれ」

「ええっと、前国王、オスカー三世の弟君でいらっしゃるユージーン殿下は色々と珍しい書物や魔術具を集める収集家だったそうです。そこで私は……旦那様? どうされました?」

「何でもない」

 収集家か。知らなかったオヤジのここでの生活がぼろぼろと出てくるな。

 アルヴィンは少し怪訝そうにしたあと、くすりと笑みを浮かべ、説明を続けてくれた。

「私はもう、王宮で管理されている迷える森について書かれてある書物を読み終えてしまいました。
 ですからクローディア城の珍しい書物の中から、迷える森について調べたいと思っています」

 俺はナサニエルの国の文字は読めない。
 読めたら読めたらで、アルヴィンやケレスに不審がられるのは目に見えているから、オヤジが俺にナサニエルの文字を教えなかったのは、結果として正解だと思うが。
 着いて行ったところで、アルヴィンの役には立てそうもない。

「それなら俺は待つ事にする」

 カタコトと小気味良く揺れる馬車の中。
 ぞくりと冷気が漂った瞬間。
 いきなりアルヴィンに肩を掴まれた。
 豪奢なクッションが積まれた馬車のソファに、ぼふっと、身体が埋まる。

「待つ、とはケレスのそばで、ですか?」

 ガタガタと揺れる馬車の中。
 振動音でアルヴィンが何を言っているのか聞き取れなかった。
 ただ、秀麗な美しさを誇るアルヴィンの顔が怒りに歪んでいるのが見える。
 そして、馬車の中に舞う、ダイヤモンドダストも。
 ありえないくらい。

「寒い!」

「感情をコントロール出来なくなるとこうなります。よくない癖なのは分かっていますが、抑えきれません」

「抑えろ! 寒い!」

 しかも綺麗な顔で真面目な表情。怖い。 

「無理です!!」

 アルヴィンが魂を引き裂くような悲痛な声をあげると、カタコトと揺れる馬車が止まった。
 ふっと、飛ぶような気配。
 馬車の窓から外を見れば、街中から人気のない街外まで馬車が空間移動していた。
 馬車の中の温度はそれでも下がったままだ。

「アルヴィン!?」

「旦那様はきっと、足りてないんです!」

「いや、待て、意味が分からない。話の筋道が通っていない。とりあえず気温を上げろ。寒い」

「いいえ、無理です。夫婦になればお互いが欲しくて欲しくてたまらなくなる。遠慮している私が馬鹿でした。旦那様が私だけで足りていないと仰るなら、溺れるほど与えるまで!」

「待て! 会話がつながっていないぞ。誰も足りてないとか、言っていない!」

 むしろ溺れかけている。
 凍えるほど寒いのに、無理やり押し倒されているのに、苦痛じゃない。嫌じゃない。
 アルヴィンがここにいるだけで充分だと思えてしまう。

「旦那様、ご覚悟を」

 アルヴィンの一言で馬車の中の室温が適温に戻り、ほっと胸を撫で下ろした。
 その瞬間。
 シャッと小気味良い音が響いて馬車の重厚なカーテンが閉まる。
 身体を起こそうとすれば、アルヴィンの指先が俺の胸にとん、と当たった。
 途端。
 衣服がすべて弾け飛んだ。
 全裸だ。真っ裸だ。
 馬車の中だと言うのに。
 ここまでくれば、アルヴィンが何を覚悟しろと言ったのか、想像出来る。
 さっと血の気が引いた。

「待て! 足りてないのはアルヴィンのほうだろう! 離せ!」

「ええそうです! 足りません! 全然足りていません! 激情に身を任せ、旦那様を愛せれば、どんなに、どんなに、満たされるか分かっているのに、私は嫌われることが怖くて前に進めない!」

「こんな強姦紛いなことで、前に進もうとするな! そんなことをすれば……!」

 俺はアルヴィンを
 嫌いになるだろうか。
 憎むだろうか。
 許してしまうだろうか。
 受け入れてしまうだろうか。
 怖い。

「離せ! 離せ! 離せ!」

 のしかかるアルヴィンを押しのけ、暴れに暴れた。
 だが抵抗も虚しく、アルヴィンはやすやすと俺の身体を組み敷き、片手で俺の両手首をひとつにまとめてくる。
 気が付けば、馬車にあつられてあるソファーが大きなベッドのような広がりを見せている。 

「アルヴィン! 普段魔法を使わないくせに、こんな時に限って、迷惑な魔法を使うな!」

「迷惑な魔法ではありません! 便利な魔法と言って下さい! 愛を営むには最適かつ、最高な魔法でしょう!?」

「黙れ! この状況でよくも最適かつ、最高だと言えるな!?」

「この場合、ことの終わりに私が旦那様に、最適かつ、最高だったな。と言わせればいいだけの話です!」

「言うか! どれほど自分に自信を持っているか知らないが。離せ」

「嫌です! 死んでも離しません!」

 最適かつ、最高のベッドの上で死に物狂いで暴れに暴れ、アルヴィンを拒みに、拒み、暴れに、暴れた。
 それでもアルヴィンの力には適わず、せめてアルヴィンの目から目を離さないようにした。
 アルヴィンも同じだ。
 お互いが次に起こすだろう相手の行動を待ち、次に起こすべき行動をお互いが模索している。

 アルヴィンの唇が俺の胸に狙いをさだめ、触れようと落ちてくる。
 俺はひとつにまとめられられた手首を振りほどこうとしながら、身をよじるが、身体能力の高いアルヴィンの前では無駄だった。
 易々と乳首にアルヴィンの情熱的な唇が落ちてくる。

「アルヴィン……! やめろ!」

 アルヴィンは何も言わず、俺の羞恥を煽るかのように、音を立てて乳首を吸った。

「……ん!」

 快感が走り抜ける。こんな状況だと言うのに、身体はアルヴィンの与える愛撫を悦んでいる。

「旦那様の身体……また前より……いやらしくなってる」

「違う!」

「違いません。旦那様の身体は私が触れるたびに、ほら、貪欲になっている」

 真っ裸で頭上に両手を拘束されたまま。
 ちゅくちゅくと。
 味わうようにアルヴィンの舌が、片方の乳首を弄び始めた。唇が与えられる快楽でわななく。
 滑るアルヴィンの指先がもう片方の乳首を捉え、弾き、捏ねる。
 もう片方の乳首はアルヴィンの指先で摘まれ、快感を引きずり出すように捏ねられる。
 くぐもった声が喉から漏れた。
 尖ったふたつの乳首を捕らえられ、細かく刺激されれば、途端、胸から甘い刺激が全身を巡り、たまらなくなる。
 ムカつくのは、こんな状況で触れられても嫌だと感じないこと。
 無理やりでなければとてもじゃないがアルヴィンを受け入れられない。男同士で睦み合えない。
 だからか。いいようにアルヴィンに蹂躙されたいと思うのは。

「ア、アルヴィ……ん、ぅ」

 濡れる乳首を好き放題、舌と指先で愛撫してくるアルヴィンを制止しようと出した声が、自分でもどこか甘く、ねだっているように聞こえて、途中で声を押し殺した。

「声は我慢せず、聞かせて下さい。旦那様も自分の声で興奮して」

「だま、れ……!」

 アルヴィンを止めなければ、戻れないところまで連れて行かれれば、あとは、もう、この強姦じみた行為を最後まで受け入れてしまいそうな自分がいる。
 そう考えると、ゾッと肌が泡立つ。
 その泡だった肌にアルヴィンの指先がゆっくりと這う。
 首から胸へ。胸から腹へ。腹から性器へ。
 性器はいつの間にか、これから与えられる快楽に期待し、空を仰ぎ、はしたなく勃ち上がっていた。

「あ、ぁぁ……だ……嫌だ、やめろ……っ!」

「恥ずかしがらないで。瓶の蓋を開けるように理性を開いて。本能を暴き出して」

 そそり勃った性器がアルヴィンの手によって捕らえられ、巧みな指戯に背が仰け反る。
 先端から溢れる雫がアルヴィンの手を濡らし、根元から擦りあげられるたび、腰からゾクゾクとした快楽が全身を舐めるように這いあがってくる。

「う、うぅ、ぁ……あっ!」

「抗えないでしょう、逆らえないでしょう、旦那様の身体はこんなにも私を悦んで迎えて下さっている……! それなのに……! それなのに……! 旦那様はケレスと一緒に居たいと仰る!」

 じゅっと乳首を吸われて内太腿が痙攣した。

「ひ……ぁっ! ま、待て! 何でケレスの名前がここで出てくる!?」

「しらばっくれないで下さい! 旦那様は私をクローディア城に追いやり、ケレスとこんな風なことをするつもりでしょう!?」

「待て。アルヴィン。こんなこと、アルヴィン以外と考えられるはすが……」

 ない。
 と、言いかけて、口をつぐんだ。
 アルヴィンの秀麗な顔が、ハッと上がる。

「旦那様、今、何と……仰いました?」

 アルヴィンとなら俺はこんなことをしてもいいのか。いや……違うと思いたい。

「旦那様? 何と? もう一度仰って」

「…………ケレスに迷惑はかけられない。俺はアルヴィンがクローディア城に行っている間、野宿をするつもりでいた。ケレスは関係ないだろう」

「ですが夫婦になればお互いが欲しくて欲しくてたまらなくなります」

「それは分かっ……聞いた」

「ですからケレスと夫婦になった旦那様は、ケレスも欲しいんでしょう?」

「……呆れた。ケレスは男だぞ。欲しい訳があるか。それにケレスとはもう夫婦じゃない」

「えっと……」
 
「ブレスレッドはもう俺が引きちぎっただろう?」

「ですが……旦那様はまだケレスのことが好きでしょう?」

「は? 好き?」

「もしかして……旦那様はブレスレッドに縛られていない……?」

 パッとアルヴィンが俺の上から飛びのき、マズイ。といったように口元に手を当てながら、俺の顔色をおそるおそる見つめた。
 俺が白い目でアルヴィンを見つめ返してしまうのは仕方がない。アルヴィンは俺を強姦しようとしたのだ。
 だが、何をどう、勘違いすればケレスと、淫らなことを。と考えられたのか。
 ここはじっくりアルヴィンから謝罪の言葉を聞いた上で、説明してもらわなければ。

「アルヴィン、何でこんなことをしようとしたのか、教えろ」

 身体を起こして、乱れた髪をかき上げれば、ようやくアルヴィンが口を開いた。

「ええっと、そんなハシタナイ格好で、教えろと、ねだられると、私の理性の糸が切れそうになるんですが」

「アホか! 誰がこんなハシタナイ格好にしたと思っている!?」

 真っ裸。
 乳首はアルヴィンに舐めに、舐められ、てらてらと濡れ光っている。
 性器の状態は……どうなっているのか、あえて自分では確認したくない。
 ゴクリとアルヴィンの喉が上下した。

「えーっと、お辛そうですね。続き、されますか?」

「離婚する気があるならな」

 衝動的に、股でも開いてやろうかと思ったところで、アルヴィンの秀麗な顔が歪み、ばちんと音がして服が復元された。
 
「生、生殺し……生殺しです!」

「……何か言ったか?」

「いいえ、すみません。お騒がせしました。でも私は大事な旦那様に野宿させることは出来ません。旦那様、私と一緒にクローディア城へ行って下さいませんか?」
 
「だが行っても……」

 アルヴィンがこの世の終りとも思える表情を浮かべた。
 そんなに俺がケレスと留守番するのが嫌なのか。

「分かった。行く」

 もう、どうでも良くなってきた。

「それと、あの……」

 人形のように綺麗な顔をしたアルヴィンの顔がゆっくりと近づいてくる。
 唇が唇に触れる寸前。熱い吐息が唇に触れる。

「確認しても、いいですか? 旦那様はその、私以外と肌を重ねるなんて考えられないですか?」

「当たり前だ!」

 売り言葉に買い言葉。
 言ってから、はっとしてアルヴィンの鍛えれられた胸を押し戻すが、力強い腕で引き寄せられ、唇に熱い唇が押し付けられる。
 唇を割り、アルヴィンの舌が潜り込んでくる。
 とろり。
 意識が朦朧とする。
 アルヴィンの唾液には媚薬でも含まれているのか。
 逆らえない。
 思うさま口内を蹂躙したアルヴィンの舌と唇が離れると、ふたりの唇と唇の間に透明な糸が引いていく。

「そんな、うっとりとした顔をなさらないで。やめられなくなる」

 アルヴィンは指先で俺の耳の後ろをくすぐりながら、ゾクゾクする壮絶な妖艶さで熱い吐息をはいた。

 中途半端で抑え込まれたふたりの昂りと、妙に甘い空気で身の置きどころがどこだか分からなくなる。

「ま、間違えるな……アルヴィンとなら、こんなことをしてもいいとか、そんな意味じゃない」

「では、ケレスが……他の男が旦那様にこうして触れれば、旦那様はどうされます?」

 アルヴィンの手がするりと頬を撫でた。

「想像すら出来ないことを聞くな!」

「では」

 艶やかなアルヴィンの声が、耳元で響く。

「想像して下さい。私が旦那様に触れれば、旦那様はどう、なさるかを」

「そ、想像すら、出来ないことを……聞いてくるな!!」

 耳元で艶やかなアルヴィンの忍び笑いが聞こえた。
 治りきれない熱の中。
 どこまでも乱れる自分を、想像して、耳まで赤く染まっているのを感じる。
 アルヴィンもそれが分かっていて、あえて口にしてこない。

「私は旦那様の身体だけが、欲しいんじゃないんです。心も欲しい……抱いても、いいですか?」

 アルヴィンを見上げ、素直に頷きそうになった。
 身体だけじゃなく、心もすべてアルヴィンのものになりたいと思い、アルヴィンを俺のものにしたいと思った。
 だが、それは無理だ。
 オヤジが俺を待っている。
 だからアルヴィンにすべてあげられない。
 アルヴィンにそのことを伝えないといけない。
 一瞬、結ばれても、永遠ではないと。

「旦那様?」

 悲しいと言う感覚もなく、辛いと言う感覚もなく、頬に涙が伝った。気持ちがついていかない。
 アルヴィンがひどく傷ついた表情を浮かべた。
 俺がアルヴィンを受け入れられないとでも、思ったのだろうか。

「違う、アルヴィン、目に、ゴミが」

 そう言いかけて無意識のうちに腕が伸びていた。アルヴィンの身体を抱き寄せる。
 矛盾だらけだ。感情が追いつかない。
 もう、よく分からない。

「身体はやれない。行こう、アルヴィン。クローディア城へ」

「私が無理やり強姦まがいなことを……怖い思いを……させてしまって」

 消え入るアルヴィンの小さな声に、ゆるゆると首を振れば、馬車はまたカタコトと走り出した。
 お互い思うことがあるのか、終始無言だ。
 だが俺たちは穏やかな世界にいた。
 アルヴィンは固く俺を抱きしめ、時々、愛しそうに髪に唇を落としてくる。
 俺はそれが心地よくて、つかの間の安らぎに身を任せていた。
 さっきあった悶着が嘘のようだ。
 どうして自然にこんな関係になるのだろう。
 だが、俺が願いを叶ればオヤジの元に戻るつもりでいるとアルヴィンに伝えれば、アルヴィンは……。
 狡いと俺を罵るのだろうか。見限るのだろうか。
 言えない。
 今は恐くて言えない。
 いつか失うと知っていても、今は言いたくない。
 アルヴィンのこのぬくもりを、今は失いたくない。


 
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