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第3章 赤い炎に照らされて

瓦礫の街に輝く焚火の光

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 夕暮れの地上に出ると、沙織は目を瞬いた。


「――わあ……。火だ……」


 地上に出てみると、西島達は、橙色に煌々こうこうと輝く焚き火を囲んでいた。
 ぱちぱちと火が爆ぜ、茜色の夕焼けに染められた廃墟の街に、煙や木材の焼ける匂いが漂っている。
 その文明の匂いが無性に懐かしくて、沙織は感動した。
 沙織が落ち着いているのを見ると、西島がほっとしたように微笑んだ。

「そう。その辺に落ちてる木材集めてさ、できる時は焚き火すんの。ライターとかも、いくらでも手に入るからね。木も紙も、瓦礫からすぐ見つかるし。
 宮代さんは、火見るのってやっぱり久しぶり?」


「はい。うわ、やばい。泣くかも……凄い嬉しいです」


 気がつくと、沙織はまた涙目になっていた。
 
 人間らしい文明に久しぶりに触れた気がして、沙織は西島達が用意してくれた焚き火をじっと見つめた。
 瓦礫の街に灯るだいだい色の炎は、まさに希望の光に見えた。
 焚き火に近づいて、その暖かな橙色の炎に手をかざした時には……沙織はもう泣いていた。

「ごめんなさい。また泣いちゃって」

「無理しないで。泣くの、我慢しなくていいから。宮代さん、ずっと一人だったんだもん。女の人一人じゃ、こんな馬鹿できないっしょ。
 もう俺ら、この状況に自棄(やけ)になっちゃってさ。やりたい放題だから」

 男達が、三人で笑っている。
 まるで長いキャンプにでも来たみたいで、楽しそうだった。
 なるほど。道理で、西島達の誰一人として沙織みたいな悲壮感に包まれていないわけだ。
 アスリート思考だからなのか、仲間がいるからなのか、それとも単純に男だからなのだろうか?
 肉体的にも強いが、彼らは精神面でも沙織よりもずっと強く、前向きなようだった。

「ほら、あったかいコーヒー飲んで。お湯沸かしたからさ」

 佐伯に湯気を立てた紙コップを手渡され、沙織はまた感動した。
 大好きだったコーヒーの香ばしい香り。
 口をつけてみると、熱くてほろ苦くて、本当に美味しかった。
 今まで飲んだコーヒーの中で、最高の味だった。

「ありがとうございます……。温かいコーヒーがまた飲めるなんて……」

「嬉し?」

 甘く整った顔立ちの佐伯が、泣いている沙織の顔を覗き込んできて、沙織は、……ほんの少しどきっとした。

 なんだか、悪戯いたずらっ子みたいな表情だった。

 あの悪戯坊主の息子達が大きくなったら、こんな風になるのだろうか? ……いや、こんなに格好良くはならないだろう。夫と自分の息子だもの。

(でも、人間、顔じゃないし)

 沙織の夫は決してイケメンとか女にモテるというタイプではないけれど、温かで優しい木漏れ日のような男だ。

 だから、沙織も彼をパートナーに選んだのだ。
 穏やかな夫の息子なだけあって、子供は二人ともとてもいい子だった。

 ……いや、もちろんいろいろ言いたいことはあるし、将来を考えると頭が痛いことばかりだったのだけれど。
 それでも、こうして離れた今は家族のいいところばかりが思い返された。
 家族の懐かしい面影を温かく思い出して、それからまた少し泣いて、沙織は素直に佐伯に頷いた。

「滅茶苦茶嬉しいです。なんて言うか……」
「うん」
「人間に戻ったって感じです」

 沙織が泣き笑いで言うと、西島達も笑ってくれた。
 西島と佐伯に挟まれて座って、永瀬が作ってくれた即席麺を食べると、もうお腹の底から温かくなった。
 世界の偉い人に、この即席麵を開発した食品メーカーにノーベル平和賞をあげてほしいと切に思った。


♢ 〇 ♢


 その夜は、四人でコンビニで見つけた一番高い缶ビールを開けて乾杯することになった。
 でも、沙織はお酒に弱いことにして、口をつけるだけにした。

 ……飲みたい気持ちと飲みたくない気持ち、半々だった。

 だって、ビールなんかガンガン飲んだら、際限なくトイレに行きたくなってしまう。
 今は駅舎に下りればトイレはあるけれど、今後も飲めると思われたら大変だ。

 沙織だって自棄(やけ)になって開き直ってしまいたい気持ちももちろんあったけれど、自制せざるを得なかった。

 初(しょ)っ端(ぱな)から悪酔(わるよ)いしたり吐いたりして失態しったいさらしでもしたら、面倒な女だと思われて明日早々に置いていかれる羽目になるかもしれない。

 もう一人ぼっちはごめんだったし、沙織はただ偶然遭遇しただけのおまけで、彼らの友達でも何でもないのだ。

 三人の楽しい空気に水を差さないように気をつけながら、沙織はそれぞれの身の上話に耳を傾けた。

「穂高はさぁ――。新婚なんだよ、な? 結婚したのって、いつだっけ」

 酔って砕けた口調になった西島が、ビールを飲みながら訊く。

「去年の夏」

 永瀬が答えると、今度は佐伯が会話を引き取った。

「そうそう。穂高とは、今のプロチームに入ってから知り合ったんだけど。修二と俺はもっと前……学生時代から顔見知りでさ。同じ競技やっててここまで来ると、まあ大抵そうなんだけど」
「彰人とは、今のチームで初めて一緒にやるようになって……。そっからもう、七年? 八年目だっけ」

 今度は西島が相槌(あいづち)を打って、佐伯が首を傾げる。

「忘れた。でも、付き合い長いよなあ」
「俺と彰人は一歳違いなんだ。彰人が一番年下」

 そう言ったのは、西島だ。
 目まぐるしく身上を説明されて、三人の会話を追うだけで沙織は精いっぱいだった。


 西島にしじま――修二しゅうじ
 佐伯さえき――彰人あきと
 永瀬ながせ――穂高ほだか


 どうやら沙織は、彼らの下の名前も早々に覚えなくてはならないらしい。

「ね、宮代さんは? 何してる人だったの?」





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読んでいただいてありがとうございました!
もし本作の続きが気になってくださった方がいらっしゃいましたら、引き続きぜひぜひ読んでみてください!
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