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3.校内ベストカップル

もう一回、あの水族館

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 ++ 菜緒 ++



 二人の距離が近づいた夏休みが去って――、いつの間にか高校二年生の二学期が始まっていた。

 菜緒が心に渦巻うずまく不安を何とか翔真に打ち明けた後から、二人は少しずつ付き合っていることをまわりに明かすようになった。


 ……実は、翔真と付き合ってきたこの数か月――告白を断る時には、菜緒も『他に好きな人がいます』と言うようにしていたのだ。

 接点の少ない二人だったからか、最初はまわりにずいぶん驚かれてしまったらしい。

「――意外だったわ。日南さんって、桐生みたいなのが好みなんだ?」

 ふいに菜緒にそんなことを言ってきたのは、同じクラスの目立つ感じの男子だった。

「えっ? ええと……」

 菜緒はついおろおろして、でも、何とか頷いた。

「……うん。あの、そんなに意外かな?」
「いや……。ああいう地味でおとなしい奴でいいんだって思っただけ。日南さんって、もっと理想高いのかと思ってたから」
「……」

 その評に、……菜緒はまた軽くショックを受けた。
 どうも、菜緒は自分で思うより派手な女の子みたいだ。
 真面目な翔真とは、釣り合っていないと思われているのかもしれない。

「いやぁ……。そんなことないです……」

 菜緒ははにかんで、でも、何とか頑張って嬉しそうな顔を作った。
 数回そういうことがあると、それからは――そういう人達からは、もう何も言われなくなった。


 ♢ 〇 ♢


 翔真が練習休みの日に図書館の休館日が重なってしまった時には、……菜緒は勇気を出して、瑠衣と学校の先生しか知らないことを翔真にメッセージで打ち明けることにした。

〈――実はね。あたし、一人暮らしなんだ〉
〈え? そうなの?〉
〈パパとママ、本当はずっとイギリスにいるの。夏と年末年始には来るんだけどね。こっち戻ってきた頃はお祖母ちゃんと住んでたんだけど、亡くなってしまって……〉
〈そうだったんだ……。本当にいろいろ大変だったんだね〉
〈だから、もしよかったら、これからはうちで勉強する?〉
〈え、いいの? 菜緒ちゃん、無理してない?〉
〈平気。翔真君のこと、もうちゃんとわかってるし。あ、でも、家掃除しなきゃだけど!〉
〈掃除なんかしなくても大丈夫だけど。わかった、じゃあ、次は菜緒ちゃんの家で勉強しよう〉

「……いやいやいや。掃除しないわけにはいきませんよぉー。翔真君ってば」

 菜緒は、ニヤニヤしながら翔真から返信の来たスマホに話しかけた。
 翔真とのやり取りが終わると、菜緒は全室除菌ルームに仕立て上げる勢いで掃除しまくったのだった。



 約束当日、翔真に渡すために焼いた手作りクッキーを入念にラッピングしていると、ちょうど翔真が現れた。

「――えーと、じゃあ、お邪魔します。……やべー、マジで緊張するんだけど。菜緒ちゃんの家、綺麗だね」

 恥ずかしそうに菜緒の部屋に上がった翔真は、やっぱり今日もスポーツの練習でよく上着に使っているらしいジャージ姿だった。

 練習に明け暮れ、スポーツに集中する彼の日常が透けて見えるようで、内心でこっそり嬉しく思いながら、菜緒は翔真を迎えた。

「えへへ。掃除超頑張ったんだよー。……あとね。これ、クッキー焼いてみたの」
「えっ? 俺に? いいの?」
「うん。あ、でも、今は食べないで。寮で食べて……恥ずかしいから」
「わかった。ありがとう。凄く嬉しいよ」
「ほんとに? 手作りとか、引いてない?」
「いや、全然。マジで嬉しいです」
「じゃあよかった。……えっと、ではとりあえず、勉強始めます?」
「そうっすね。頑張りますか」


 そんな風に、二人はどんどん仲良くなった。
 菜緒がずっと一人で楽しんでいたイギリスのクラブチームの試合観戦も、時間が合えば一緒に菜緒の部屋でするようになった。

 翔真が何度菜緒の家を訪れても、二人の関係は本当に友達の延長線上みたいで、健全そのものだった。
 そのことも、……菜緒は凄く嬉しかった。



 ++ 翔真 ++



(……あー、やばい。今日超楽しかった)
 
 その日も菜緒から渡された手作りの可愛らしいお菓子を頬張(ほおば)りながら、翔真は何度も彼女と過ごした数時間を反芻(はんすう)した。

 一人暮らしの彼女の家に入ると、部屋の中にはいつもほんのりと菜緒の匂いが漂っていた。
 その密室の雰囲気だけで物凄く緊張して、胸が高鳴って、……興奮した。

 特に、今日ソファで隣に座ってスポーツ中継の試合観戦をしていた時は、やばかった。

 密かに股間が固くなってしまったし、それを悟られないようにするのに必死で、試合内容なんかとても頭に入ってこなかった。
 悪いと思いながらも――ソファで菜緒とセックスしているところをどうしても想像してしまう。

 菜緒が引くと思うからとても言えないが、……本当は、菜緒と手を繋いだだけで、翔真の股間はすぐに熱くなった。

 彼女は案外露出の多い服が好きなようで、デートの時には無邪気に丈の短いスカートを穿いてきたり、身体のラインが出る服を着てくるものだから、……翔真は耐えるのに必死だった。

(……早く結婚して、菜緒ちゃんとセックスがしたい)

 そして、菜緒を自分だけのものにしたい。
 素直にそう思ったが、結婚までの道のりはまだまだ遠い。

 しかし、菜緒にどんなに情欲をたかぶらされても、翔真は以前のように彼女の痴態を想像することはしなくなった。
 菜緒に恋する気持ちが深くなればなるほどに、……とてもそんなことはできなくなった。

 だから、どうしても我慢できない時は、彼女と会う前――中学時代に見たエロ画像や動画のことを思い出して、陰茎を慰めるのだけれど……。


『あぁん! そこ、そこぉ! 気持ちいいよぉ! もっと、もっと激しくしてぇ……』


 後背位で突かれて腰を振る淫乱な女――あれは有名なAV女優だった。
 彼女のいやらしい姿を思い出して射精を終えて欲情が冷めると、途端に菜緒への罪悪感が募る。

 菜緒の痴態を想像するのは気が引ける。
 菜緒以外の女で自慰をするのも申し訳ない。
 ……それでも、溜まるものは勝手に溜まる。
 翔真は、深々とため息を吐いた。

「はぁー……。まだ俺ら、高校二年生か……」

 未来が遠い。遠過ぎる。
 早く、一刻も早く、大人になりたかった。



 ++ 菜緒 ++



 ……いつの間にか――、菜緒と翔真が付き合い始めてから、一年が過ぎようとしていた。

(……今日のこと、翔真君、びっくりするかな……。……喜んでくれるかな……)

 高三になって、付き合ってから一年の記念日に、菜緒は勇気を出して――あの時の水族館に行こうと翔真をデートに誘ったのだった。

 隣に並んで――、あらためて翔真を見上げてみて、ふと菜緒は目を丸くした。

「……あれ? 翔真君、また背が伸びたんじゃない? 前はこんなに見上げなくてよかった気がする」

 すると、翔真は頷いて菜緒に答えた。

「この一年で十センチ以上伸びたからね。もう身長止まってんのかと思ってたから、俺もびっくりしたけど。でも、うちの父親はもっとデカいんだ」
「そうなの?」
「うん」
「そっかぁ……」

 高校二年生の一年間で、翔真の身長はみるみるうちに伸びた。
 今はもう、翔真の身長はあと数センチで百八十センチに届きそうなほどだった。
 スポーツの練習や筋トレを頑張って、日焼けした体躯には厚く筋肉がつき始めて、ずいぶん男らしくなっている。

 綺麗な二重(ふたえ)の瞳は優しげなままだけれど、練習の過酷さに耐えた日々を裏に秘めて、意志の強さがはっきりと表れていた。

 男は努力を重ねるほどに格好良くなる――と昔パパが言っていたけれど、……本当かもしれないと菜緒は思った。

 翔真は日に焼けているから、微笑んだ時に唇からかすかに見える白い歯が、余計に素敵に見えた。
 
 ……そんなだから、菜緒にとっては困ることに、翔真は女の子に滅法めっぽうモテるようになっていた。

 菜緒という公認の彼女がいるのに、平気で翔真に手紙やプレゼントを渡す女の子が後を絶たないのだ。中には、腹立たしいことに――過激な誘い方をする女の子までいて。

 そういうことができない菜緒としては、……どうしてもそわそわしてしまう。
 だから――呑気な菜緒にしてはめずらしく、今日のことを思い立ったのかもしれない。


 ♢ 〇 ♢


 ……二人であの室内展望台へ行くと、白いベンチに並んで座る。
 今はもう、菜緒と翔真の間にバッグの壁はなかった。


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