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2.ちょっとだけ、友達以上な二人

恋愛感情って、時に理不尽で

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(……あ。日南さんだ……)


 廊下の向こうから歩いてくる日南の姿を目にすると、自然と背筋が伸びる。
 日南と目が一瞬合って、翔真が軽く会釈をすると、……彼女も会釈を返してくれて。

 そのささやかな瞬間が、翔真は何より幸せで嬉しかった。

(日南さん、今日も可愛いな……)

 ほんの少し口角を上げて微笑む日南の顔が、キラキラと後光ごこうが差しているみたいに見えた。

 彼女の姿を見かけるだけで、まるで恋の落とし穴に引きずり込まれるように、どんどん彼女を好きになっていく。

(……いや、俺やばくね? 駄目だって、こんなん……)

 自分でも、自分自身に呆れる。
 まだ何にも始まっていないのに一方的にこんなに好きになってしまっては――……、上手くいくものもいかなくなる。
 そう思うのに、日増しに強くなっていく気持ちはどうしても止められなかった。

(……日南さんと、また喋りたい)

 焦れたようにそう思って動きまわっても、空まわりするばかりだった。
 彼女が図書委員だと知って当番の日に図書室へ行ってみたのは、つい昨日のことだった。
 けれど、肝心の彼女は奥で何か作業していて、……受付うけつけ係は男子で。

 その日の図書室内には、日南目当てなのかどうか、男子が不自然なほどたむろしていた。自分も同じことを考えていたはずなのに、翔真は眉をひそめた。


(早く、もっとちゃんと仲良くならないと……!)

 
 日南を密かに狙っている男子なんて、山のようにいる。
 クラスが違うのだから、せめて連絡先の交換だけでもしないと話にならない。
 
 話しかけられない間に、彼女が好きだと言っていたイギリスリーグについて調べて――イギリスリーグは有名チーム揃いで憧れていたから翔真だってチェックしていたが、彼女がガチ勢だった場合に備えてきっちり調べることにしたのだ――スマホを弄っていると、……翔真はふいにクラスメイトの女子のイノちゃんこと井上に捕まった。


「――ちょっと桐生! どういうつもり?」
「え? えっと……」


 急に廊下で怒り交じりの声をかけられて、翔真は目の前の女子を見つめた。
 彼女の表情を見て、最近返信を遅くしたり未読を何時間も続けたりしてフェイドアウトを図っていた――、……佐々木史帆のことだと察する。

 井上が、眉をひそめて翔真をにらみつけた。

「……史帆が可哀想じゃん。あんなに仲良くていい感じだったのに、何で急に冷たくすんの? 史帆泣いてたよ。謝りなよ」
「あ……、いや……」

 困り果てて、翔真はスマホをポケットにしまって頭を掻いた。

 そろそろ向こうから察して諦めてくれないか――と思っていたが、……それはさすがに、ムシが良過ぎたらしい。

 翔真も、佐々木には結構気を持たせた。
 それは、否めない。

(……だって、前は佐々木と付き合ってもいいと思ってたし)

 でも、今は無理だ。
 翔真はもう、日南のことが完全に好きになっていた。

 佐々木と変に噂になったりして、それが日南の耳に届いたらと思うと、翔真は否応もなく佐々木を避けるようになっていた。

 ……それでも、佐々木に対して罪悪感がないわけじゃなかった。

 だから、翔真はなるべく自分をいい風に飾ってしまったりしないように、正直に気持ちを打ち明けた。

「……ごめん。俺、他に好きな子ができたんだ。そういう気持ちなのに、他の女子と話したり仲良くすんのってどうかなって思ってしまって……」

 佐々木が告白してきたら、きっぱり断るつもりだった。……でも、友達を使ってくるとなると、こう言わざるを得ない。

「好きな子って、誰?」
「言いたくない。言う必要もないと思う」
「何それ。最低」
「ごめん。でも、その人を好きな気持ちに嘘つけないから」

 どうして、『最低』とまで言われて、こちらが謝らなければならないんだろう――愛の告白だとか恋愛感情というのは、時に理不尽りふじんだ。

 でも、日南のことを思うと校内での評判を落としたくなかったし、……佐々木を不必要に傷つけたくないという気持ちもあった。

 だから、自分にできる限りの謝罪をしようと思って、翔真はきちんと頭を下げた。

「佐々木がもし俺に何か思ってくれてたなら、本当に申し訳ないけど。でも、他に好きな人がいます。その子と上手くいくかはわからないけど……。その人のこと以外、今は考えられない」

 翔真がはっきり言うと、井上は黙り込んだ。
 顔を上げて、翔真は井上に訊いた。

「……佐々木にも、伝えた方がいいかな?」

 井上に伝えてもらう方がいいのか……、翔真が言うべきか。どちらの方が佐々木を傷つけないのか――すぐにはわからなかった。
 すると、井上がさらに怒気を強めた。

「そんなの、自分で考えればっ⁉ ていうか、気ぃ持たせ過ぎ! あんなに遊ばないでやんなよ、それならさ」
「……ごめん。佐々木のこと、明るくていい子だなとはずっと思ってたから。けど、駄目なんだ。その子を好きな気持ちは自分でも変えられない。ごめんなさい」

 翔真が誠意を込めて謝ると――、……井上はやがて諦めたように去っていった。



 ……その後で、翔真が入っている男子寮に戻って夜を待って佐々木宛のメッセージを作った。
 翔真なりに一生懸命考えて、自分が佐々木の立場だったら、……友達経由で聞くより、相手に直接言われたいと思ったから。

〈もう話聞いたかもしれないけど……。俺、好きな人がいるんだ。何か変な感じになっちゃってごめん〉

 そう送ると、何時間も経ってから既読がついて、返信が来た。

〈わかった。ウチもごめん〉

 と、だけ。

(あー……。やっぱり、佐々木っていい子なんだな……)



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