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全然ちっとも、知りたくなかった
しおりを挟む〈もう話聞いたかもしれないけど……。俺、好きな人がいるんだ。何か変な感じになっちゃってごめん〉
グサッと、本当にナイフが胸に突き刺さるみたいに感じる文面だった。
本当に文字通り目を見開いて息を呑んで、息ができなくなって、……でもすぐには涙が出なくて。
やっと涙が出たと思ったら、後から後から塩辛い涙が湧いてきた。
まるで、涙の泉が瞳の奥にあるみたいだった。
泣き腫らしたまま寝落ちしそうになって慌てて起きて、史帆は震える指で、何とか短く返事を書いた。
〈わかった。ウチもごめん〉
そう桐生に送ると――史帆は自室のベッドに突っ伏した。
怒っている。嫌な思いをした。……そういう、精いっぱいのアピールを込めたつもりの、短くて素っ気ないメッセージだった。
桐生に弁解されて謝られて『全部誤解だ』と言って引き止めてほしかったけれど、……きっと無理だと、どこかでわかっていた。
……だって。
(……全然、既読もつかねーじゃん)
悔しくて悲しくてつらくて、胸が破れてしまいそうだった。
あの球技大会までは……いや、二人の雰囲気が悪くなるまでは、ここまで桐生が好きだったわけじゃなかったはずだった。
ただちょっと顔が格好よくて、史帆が押せば何とか付き合いそうな雰囲気の男の子――それがたまたま桐生だった、というだけのことだった。
たぶん、よく考えてみると、桐生の性格すら、史帆は本当はよく知らない。
史帆は、ただ顔が格好いい彼氏が欲しかっただけなのだ。
あぁ、なんていう馬鹿みたいな浅い理由で好きになる人を決めちゃったんだろう。
それなのに……。
手に入らないことが決定的になると、急に物凄く桐生を好きだった気がして、惜しくて泣けてくる。
『――桐生、マジで馬鹿だよ。見る目なさ過ぎ。史帆はこんなにいい子なのにさ……!』
「ありがとぉ……。イノちゃん、マジで優しい。ほんと感謝。イノちゃん話聞いてくれなかったら、もう学校行けなかったかも……」
『駄目だよっ、そんなの。あんな奴のためにそんなことしちゃ駄目。史帆には絶対もっといい男いるから! あたしが保証するから!』
何の根拠もないのに夜更けにかけた電話でイノちゃんが力強く請け負ってくれて、史帆は何度も頷いたのだった。
♢ 〇 ♢
……だけど、それだけでは終わらないのが、〈初恋〉、というやつなのだった。
正直、知りたくなかった。
全然ちっとも、知りたくなかった。
なのに、史帆は、それから数か月後、どうして桐生に振られてしまったのか、はっきりと思い知らされてしまった。
桐生は、付き合っているというのだ――あの『滅茶苦茶可愛い』と男子達がうるさく騒いでいる、日南さんと。
(日南さん……、だったんだ)
桐生の、〈好きな人〉、……は。
史帆は、急に自分が惨めに感じてきた。
そりゃ、日南さんなんかと比べられちゃったら、史帆なんか普通だ。
いや、ブスだ。
全然可愛くない。
身体だってデブだし、なのに、胸の大きさでは完全に負けている。
あんなに可愛い子がライバルじゃ、史帆なんか、絶対勝てるわけない。
相手にもならない。
同じ土俵にも上がれない。
日南さんがキラキラ光るダイアモンドなら、史帆はその辺に転がっている石ころだ。
少しも光らない。
勝負にならない。
話にならない。
頭の中で、そんな、自分を否定して卑下してこき下ろして叩きのめす罵倒ばかりが、思い浮かんだ。
見たくもないのに、その年の文化祭では、二人でまわっている桐生達を見かけてしまった。〈げっ……〉と思っていると、廊下の先で、二人は派手な感じの男子と女子に冷やかされ始めた。
「――うっわ、日南さんと桐生ってマジで付き合ってんだ」
「へー。……何ていうか、意外な組み合わせだよね」
……何だか小馬鹿にしているような、嫌な口調だった。
史帆が聞いても、桐生達を嘲笑しているのがわかる。
すると、久しぶりに見た須藤の奴がそこへ首を突っ込んでいった。
「――いやいやいや! どう見たって二人はお似合いっしょ! 日南さんってさ、桐生がやってるスポーツの大ファンなんだって。ねー? 日南さん」
急に須藤に話しかけられた日南さんが、目を白黒させて――悔しいくらいに可愛い顔で戸惑ってから、頷いた。
「う、うん。そうなんだ」
赤くなっている日南さんに、お調子者の須藤が頷く。
「だよね! うん、マジでお似合い! 羨まし過ぎるわー。二人ともおめでとー!」
はしゃいでいる須藤を見て、日南さんの隣に守るように立ってる桐生が笑う。
「おまえほんと声デカいって、須藤。ごめん、菜緒ちゃん」
「ううん。平気。……えっと、ありがとう、須藤君」
「おー、日南さんにお礼言われちゃった。やっべ、超嬉しいわ! 日南さん、桐生のことよろしくね! こいつマジでいい奴だから!」
「はいはい。じゃあ、また後でな。次の教室行こう、菜緒ちゃん」
「う、うん」
日南さんを連れている桐生が本当に嬉しそうで……、史帆はその場から動けなくなってしまった。
二人がこちらに来て、慌てて手近の空き教室に隠れると、……廊下を通る二人の会話の声を不覚にも間近で聞いてしまう。
「……ごめんね。翔真君。あたし、ああいう時、あんまり上手く話せなくて……」
「いや、俺もびっくりしたから。ああいう風に冷やかされるのって、結構恥ずかしいもんだね」
「うん……。……あの男の子、須藤君だったよね? 翔真君、仲良いんだね」
「まあ、お調子者過ぎるとこもあるけどね。言えばわかる奴だし、明るくて面白いよ」
「そっかぁ……」
……二人の互いを思いやるようなほのぼのとした声が、遠ざかっていく。
心が、どす黒いものでいっぱいだった。
(結局、顔かよ)
自分だってそうだったはずなのに、そんなことはすっかり忘れて、史帆は桐生を恨めしく思った。
あんなに嬉しそうな顔しやがって――あんな顔、いくら史帆が話しかけたって、見せたことなかったくせに……。
桐生どころか、日南さんにちょっと声をかけられただけの須藤まで本気で嬉しそうで、……史帆は心の底から腹が立った。
ちょっと顔が可愛いだけで、何でこんなに扱いが違うんだ。
男って何なんだ。
本当に最低で醜い自分勝手な生き物じゃないか。
そんなにブスが罪なわけ?
ブスで悪かったな。
とても立っていられなくなって、誰もいないその教室でしゃがみ込んで、史帆は歯を食いしばった。
ぎゅーっと胸が苦しくなって、史帆は、今になって初めて杉崎先生に振られた時のイノちゃんの気持ちがわかったと思った。
イノちゃんは、あの時、こんなにつらくて惨めな思いをしたんだ。
あの時は史帆なりに一生懸命に慰めたつもりだったけれど、……どこか他人事だった。
史帆は……、振られたことがなかったから。
「――史帆? 大丈夫?」
泣きながらSOSの電話をしたらすぐに駆けつけてくれたイノちゃんを見て、史帆は泣きついた。
「イノちゃん、今までごめん……っ。ウチ、ほんと何にもわかってなかった。イノちゃん、イノちゃんっ……!」
史帆がイノちゃんに抱き着いて何度も謝ると、理由を聞いてイノちゃんも泣いてくれた。
イノちゃんもまだまだ杉崎先生との失恋の傷が癒えていなくて、二人は泣きながら文化祭が終わるまでずっとその空き教室でお喋りしていた。
最後は、喋り過ぎて喉が枯れてしまうくらいだった。
それは、二人が〈本当の友達〉になった……初めての日だった。
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