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エピローグ

愛の花の上に蝶が舞う ★

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「やっぱりとても綺麗です……。……一緒にすごしていた頃と変わらずに……」

 繊細な蝶の翅を見つめたまま、クリスティーナは続けた。

「……わたしは、天窓に刻まれたこの蝶の彫刻を見て思ったのです。きっとこの部屋は、虜囚を閉じ込めるためだけはなく、太陽の光の美しさと力強さを、どこよりも空に近い場所で知るために造られたのではないかと……。己の身に何が起ころうとも、太陽は変わらずまた空高く昇るとわたしに教えてくれたのは、この蝶でした」

 言って、クリスティーナはレスターを見上げて微笑んだ。

「だから、わたしはこの身をクレフティス王国のために躊躇いなく捧げようと思えたのです。父も母も、わたしにこの国の姫として生きろとは言いませんでした。けれど、この蝶だけは、わたしの体に流れるクレフティス王国の王家の血を知り、信じ、応援してくれていたように思います」

 クリスティーナの微笑を黙って見つめていたレスターだが、やがて優しく目を細め、妻たる人の頬に手を伸ばした。


「クリスティーナ……。気高い君は、生まれながらの姫だ」

「!」

「君は、この塔に捕らえられていた間――いや、きっと、ハンフィ救貧院にいた頃から、ずっと一人戦ってきたのだな。このクレフティス王国の王家の血を引く者として」

 虚を衝くような彼の言葉に、クリスティーナは目を見開いた。
 そんなクリスティーナに、レスターは、囁くように言った。

「――君の身分は、俺が回復した。亡きお父上の遺志は、君をこのクレフティス王国の姫とすることだった。俺はただ、このクレフティス王国の統治者として、心ある先の王の遺志を代わって遂行し、君をこの国の姫としたまでだ。クレフティス王国の王家の系譜にはすでに、君の名が刻まれている。この国の姫として――そして、俺の妻として」

 レスターの言葉に、クリスティーナは目を瞬いた。
 ふっと苦笑し、レスターはクリスティーナの頬をそっと撫でた。

「……結婚式の際に、大司教がその旨伝えていたはずだが、君の耳には入っていなかったようだな」

「っ……!」

 目を丸くして、クリスティーナは息を呑んだ。
 ようやく自分の身の上に何が起こったのかを知ると、クリスティーナは慌てて夫となった人に謝った。

「わ、わたし、ごめんなさい。緊張してしまって、結婚式の時のことを、ほとんど憶えていなくて……」

「いいや。俺もとても緊張したから、同じだ。心から愛する人と本当に夫婦になることができるのか、本当に最後まで邪魔が入らないのか、式が終わるまでは気が気でなかった」

 優しく笑んだまま首を振り、レスターは言った。
 そして、まだ戸惑いの去らないクリスティーナを、そっと抱きしめた。

「君は、俺にとって世界でたった一人の姫だ。他の誰が君をどう思うと、関係ない。だが……、君という女性に相応しい身分は、この国の姫だと思った。だから、そうした。――けれど、クリスティーナ。公式に姫となっても、あの約束は反故ほごにしないでほしい」

「え?」

 クリスティーナが首を傾げると、レスターは間近でクリスティーナの瞳を見つめた。

「舞踏会の夜に交わした約束だ。君は優しすぎる人だから、姫という身分を持てば、きっと必要以上に気負ってしまう。だが、これから先も、君には身分にこだわらずに生きてほしい」

「レスター様、それは」

 彼はこの国の統治者としての責任を負って、これから生きていく。
 それなのに、クリスティーナだけがそれを放り出すわけにはいかない。
 そう思って首を振ろうとしたのだが、レスターの手に阻まれ、唇を塞がれてしまう。
 
 優しいキスがいくつも交わされ、レスターの甘い舌がクリスティーナの歯列をなぞり、口腔を舐めていく。
 愛と慈しみに溢れたそのキスにさえも――、クリスティーナの体は、だんだんと熱を持ってきてしまった。

 そのことに気づき、クリスティーナは慌てて顔を伏せようとした。しかしそれを、レスターの力強い手に阻まれてしまう。
 再び唇が重なった時には、キスは激しく求めるようなものに変わっていた。
 深々と唇を交わし、舌を絡め、唾液をすすり合ううちに、クリスティーナの唇から甘い喘ぎが漏れてくる。

「あぅ、やぁ……」

 清らかな処女だった頃の友である蝶に、今の淫らな自分の姿を見られたくない。

 そう思って、クリスティーナはレスターから離れようとした。
 その拍子に、クリスティーナの腰がレスターの膝から床に敷かれた絨毯の上にすとんと落ちる。
 そのまま絨毯の上に背を預けるようにして身を引いたのだが、レスターの熱い体が追いかけてくる。
 レスターはクリスティーナを抱きしめ、さらに甘いキスをその全身に落とした。

「あっ、ふぁ……。……ぁん、駄目……」

 疼くように痺れ出した体を震わせ、クリスティーナは彼の腕の中で必死に首を振った。ようやく彼の唇がクリスティーナから離れた時には、ほとんど一糸纏わぬ姿になっていた。
 かーっと真っ赤になって、クリスティーナは自らの体を腕で抱いて隠した。

「こ、ここでは、恥ずかしいです……。わたし、この塔の部屋でいつもそばで支えてくれたお友達に、軽蔑されてしまいます」

 すると、レスターはふっと笑って天窓を見上げた。

「大丈夫さ。今の君の美しい姿を見て、軽蔑など誰がするものか」

 それから、クリスティーナの白い体に目を戻すと、絹のようにきめ細やかな肌を撫でた。

「もし君が俺の妻となれて本当に幸せだと思ってくれているなら、その姿を君の無口な友達にも見せよう。なあ、クリスティーナ」

 自らの体を隠すクリスティーナの両手を優しく解くと、彼はまた甘く優しい愛撫をその肌に落としていった。

「そんな……、あっ、んん……」

 肌の上を彼の熱い手と唇が滑り出すと、クリスティーナの体からはすぐに力が抜けてしまった。
 彼によって言いようもない悦楽を刻まれてしまったこの体を、恥じる必要など少しもないというように、レスターは熱くクリスティーナの体を愛した。
 レスターは、クリスティーナの体の上で自分の愛を表現しながら囁いた。


「かつて君を傷つけたこの部屋を、これからは愛の記憶で埋めていこう……。クリスティーナ、愛しい人。心から君を愛している」


 その熱く真摯な声は、しかしもう、ほとんどクリスティーナの耳には届いていなかった。
 ――やがて、薄赤い愛の花の散るクリスティーナの白い肌の上で、天窓の蝶が美しく舞い出す。
 クリスティーナは、夫となった男に夢中になりながら、これほどまでに幸福となっても、変わらず地上を照らす太陽の光に感謝したのだった。




---

 今作はこのエピソードで完結です。
 最後までお読みくださって、本当にありがとうございました。
 更新を始めたばかりの頃から考えると信じられないような数のいいねやお気に入り登録、しおりを挟んでいただきました皆様、凄く嬉しかったです。

 エールをくださった方も、ありがとうございます!
 同人活動の支えになります、凄く嬉しいです。

 
 本作も電子書籍版とPDF版をpixivのBOOTHにて出品しております。
 表現の微修正等は行いましたが、ほぼ内容は公開版と同じですので、もしご興味を持ってくださる方がいらっしゃいまいたら、コンテンツ購入というよりかは、買い切り版のPixivのFANBOXのような感じで、書き手を支援するというような気持ちで購入を検討していただけたら幸いです。

https://tamamizuhihina.booth.pm/items/5774514



 また、本日から新作も連載開始いたしましたので、今回とは公開形式が違うのですが、読んでいただけたら嬉しいです。
 今作とは違って大人のヒロインなので、今作では描けないような大人ならではの葛藤なども描いたつもりです。
 今作動揺力を込めて書きましたので、ご興味のある方はぜひぜひ読んでみてください。

 タイトル:【目が覚めたら世界が崩壊していて、女に飢えたイケメンアスリート達に助けられました】
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