塔の上の秘蜜 ~隣国の王子に奪われた夜~

玉水ひひな

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エピローグ

北の塔

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「本当にいいのか? クリスティーナ」


 抱き上げられた彼の胸に顔をうずめながら、クリスティーナは頷いた。

「は……、はい……。あ、あなたさえ側にいてくだされば、わたしは何も怖くありませんから」

 それでもなお、レスターにしがみつく手は、わずかに震えていた。クリスティーナは、彼の腕に抱き上げられながら、瞳を閉じて数日前のことを思い出した。


 ♢ 〇 ♢


 ――結婚式が終わり、正式に彼の妻となったクリスティーナに、レスターはある提案をしたのだ。
 クリスティーナが五年もの間捕らえられていた、パルセノス王宮の北の塔を取り壊そうと……。

「君を苦しめた場所を、このパルセノス王宮に……。いや、この世界に残しておきたくはない。だから、君が構わなければ、あの塔は壊してしまおうと思う」

 クリスティーナは戸惑った。
 自分を思ってくれる彼の優しさは嬉しかったが……。
 この歴史あるパルセノス王宮にそのような傷をつけてしまうのは申し訳ない。あの塔を壊さずとも、自分はレスターといられるだけで幸せだ。そう言ったのだが、その答えはレスターを満足させるものではなかった。
 だから、クリスティーナは少し考え、こう答えを変えたのだ。


「――北の塔には、わたしの大切なお友達がいます。何も言わずに、五年間ずっと側にいてくれたお友達が……」


 ずいぶんと子どもっぽい空想をする女だと思われただろうか。
 けれども、塔の上のあの部屋に閉じ込められている間、あの美しい姿で繊細に光の中を舞う物言わぬ友達だけが、ずっと変わらずクリスティーナのそばにいてくれたのだ。

「あの美しい細工の蝶には、きっとあの場所が一番似合います。塔の最上階のあの小さな部屋を飾るために、あの蝶は作られたんですもの」

 クリスティーナはそう言い、レスターに頼んだのだ。

「もしよろしければ、あなたもあの綺麗な蝶をご覧になってみてはくださいませんか? きっと実際に見ていただければ、あの小さな蝶には、北の塔の最上階の部屋が一番似合うと思っていただけるのではないかと……」

 言葉を切って、クリスティーナは愛しい人を見上げた。

「五年間もすごしていたんですもの。あの場所のことは、わたしが一番よく知っています。ご案内は、わたしがさせていただきますから」

 勇気を振り絞ったクリスティーナの申し出に、レスターはやがてゆっくりと同意したのだった。


 ♢ 〇 ♢


 塔の最上階へ続く、螺旋階段を、レスターはクリスティーナを抱いたまま登った。
 自分の脚で登れると固辞したのだが、聞いてくれる彼ではなかった。

 レスターは、この天空へ続くかのような螺旋階段を、汗一つ浮かべずにクリスティーナを抱いたまま登っていった。
 古い石を組み合わせて作られた階段を彼の靴が踏む音は、クリスティーナを閉じ込めた牢獄に辿り着くまでの時間が、砂時計から落ちる砂の音のようにして残りわずかになっていくことを知らせ続けているようだった。

 彼の足音が一つ耳に響く度に、クリスティーナの胸に落とされた恐怖という黒い沁みは濃く広がっていった。
 それでも……、クリスティーナは『戻りたい』とは言わなかった。
 長い長い螺旋階段が終わり、やがて二人は、クリスティーナが虜囚の日々をすごした、北の塔の最上階へと辿り着いた。

「あ……、ありがとうございました」

 呼吸の乱れた様子さえないレスターを見上げ、クリスティーナはそっと囁いた。
 この塔の上にやって来てしまうと、声を張ることさえ躊躇われてしまう。

 けれども、レスターは、クリスティーナをすぐには腕の中から解放しようとはしなかった。この忌まわしい場所の床をクリスティーナの足に触れさせることすらいとわしいとばかりに、腕にクリスティーナを抱いたまま、悲しい虜囚の部屋へと進んだ。

 ……すでに、クリスティーナを閉じ込めた冷たい格子は取り払われていた。
 けれど、部屋の隅にある古ぼけた本棚や、小さなベッド、そして、クリスティーナの左の足首をしっかりと鎖でつないでいた鉄製の円卓は、あの日々のままに残されていた。


 虜囚を失った牢獄は、今、尖塔に据えられた丸い天窓から差す温かなを受けて、光の粒をささやかに弾き返していた。
 質素な絨毯の上に丸く描かれた太陽の光の中に――クリスティーナが捕らえられていた五年間と変わらず、綺麗な蝶が舞っていた。


 天高くから差す光の中を舞う彼女は、どこまでも気高く、自由で、美しかった。
 クリスティーナが光の中の蝶に目を奪われていると、レスターが、ゆっくりとそのそばに腰をついた。そして、膝の上に妻を座らせると、クリスティーナが細工の蝶の落とす影へ手を伸ばすのをじっと見守った。

 自分の白い手の上ではねを休めた蝶の姿に、クリスティーナは呟いた。



「やっぱりとても綺麗です……。……一緒にすごしていた頃と変わらずに……」




---

 ここまでお読みくださって、本当にありがとうございます!
 いいねやお気に入り登録、しおりを挟んでいただきました皆様、とても嬉しかったです。
 励みになりました。

 また、エールをくださった方、ありがとうございます!
 同人活動の支えになります、凄く嬉しいです。

 次のエピソードで完結ですので、ぜひ最後まで読んでくださいませ。


 また、本日から新作も連載開始いたしましたので、今回とは公開形式が違うのですが、読んでいただけたら嬉しいです。
 今作とは違って大人のヒロインなので、今作では描けないような大人ならではの葛藤なども描いたつもりです。
 ご興味のある方はぜひぜひ読んでみてください。

 タイトル:【目が覚めたら世界が崩壊していて、女に飢えたイケメンアスリート達に助けられました】


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