塔の上の秘蜜 ~隣国の王子に奪われた夜~

玉水ひひな

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8.二人の真実

まるで夢の中にいるような

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「ああ。コニーにシリル、赤毛のグレッグ、キャサリンと――。それから最後は、彼らとは少し歳の離れたジョンがいたな」


 クリスティーナとともに、このパルセノス王宮から遠く離れたあの地を思い出すようにして、レスターは呟いた。
 目を瞬いて、クリスティーナはレスターを見つめた。
 クリスティーナの視線を受けたまま、レスターは続けた。


「コニーとシリルは今、クライールの町で山羊を飼う者たちのもとで見習いとして働いている。それから、グレッグはずいぶんと体が大きくなって、町の自警団じけいだんとして活躍しているそうだ。何でも、ずっと想いを寄せていたとかで、今年に入ってついにキャサリンと婚約を交わしてな。――それから、一番小さなジョンだが、病弱だった体も今はすっかりよくなり、ハンフィ救貧院に残って修道女たちの手伝いをしている。グレッグが、親身になってジョンを鍛えたんだ。ジョンは、将来は神父になりたいと言って、今は神学の勉強に励んでいるよ。敬虔けいけんで聡明な優しい子だ」


 ハンフィ救貧院の名前どころか、預けられていた孤児たちのことまでよく知っているレスターに、クリスティーナは目を丸くした。

 今からクリスティーナが可愛い彼らについて説明しようと思っていたのに、蓋を開けてみれば、レスターの方がずっと詳しかった。

 クリスティーナは、おずおずと訊いた。

「もしかして……。レスター様も、あの町に行かれたことがあるのですか?」

「ああ。――初めに行ったのは、五年前だった。それからいろいろあったが、ギデオンと戦う準備をする傍ら、ハンフィ救貧院の子供達とはずっと手紙を交わし合っていた」
 
 その答えに、目を伏せてクリスティーナは呟いた。

「五年前ですか……。わたしも、そのくらいまではあの町で暮らしておりました。その頃、わたしたちもお逢いしていてもおかしくなかったかもしれませんね」


 レスターと、もっと早くに逢っていたかった。


 そう思うと、クリスティーナの胸はちりちりと痛んだ。
 そんなクリスティーナを見つめ――。
 レスターはしばしの間黙って何か考えているようだったが、やがて、ふいに口を開く。


「……君は、ハンフィ救貧院にいる子供達のこともよく面倒を見ているようだったな。あそこで働くのは、大変ではなかったのか?」


 突然の質問に、クリスティーナは戸惑った。
 けれども、すぐに心に浮かんだ言葉をそのまま正直に口にする。


「い、いえ、働くのって、楽しかったですから。それに、一緒にすごした子供達も素直な子ばかりで、とっても可愛かったんですよ。面倒を見ているというよりも、一緒に遊んでいたようなもので……」


 そう言ってから、クリスティーナはふと、目を瞬いた。



(……え?)



 ――何気なく交わしたその会話が、どこか胸に引っかかったのだ。
 何が引っかかるのか、その原因を知ろうと、クリスティーナは彼の瞳をまじまじと見つめた。
 すると、レスターは続けた。


「……その綺麗な瞳でじっくり見つめられると、照れてしまうな。俺の顔に何かついているか、君に訊ねなくてはならないようだ」


 どこか読み上げるようなレスターの言葉に、クリスティーナは自分が酷く不躾な視線を彼に送ってしまったことに気がついた。慌てて、首を振って謝る。


「す、すみません! 違うんです。あなたの顔に、何もついてなんていません」

「そうか、安心した。君のような美しい人の前で、見苦しい姿をしていたくはないからな」


 レスターの返事に、クリスティーナは見開いていた瞳をますます大きくまん丸くした。



(嘘……。何、これ……?)



 ――どんどん、どんどん、胸に感じる不思議な感覚が、強さを増していく。

 まるで、夢の中でレスターと会話をしているような、そんな錯覚をクリスティーナは覚えた。
 クリスティーナの唇は、勝手にこう喋っていた。


「そ、そんなこと……、ありません。美しいとか、綺麗な瞳とか、わたしみたいなのが、そんな……」


 すると、クリスティーナの言葉を待ちかねていたように、レスターが応えた。


「君はまだ、自分の美しさを知らないのだな。俺は、こんなに愛らしい人を初めて見た。君と出逢えた幸運を、神に感謝するよ」


「……」


 クリスティーナは、口をぽかんと開けたまま、今度こそ黙りこくってしまった。
 黙ったままのクリスティーナを置いて、レスターは先を続けた。


「俺は幸運だな。君の美しさを、この世で初めて称賛した男になれるとは。ますます、神に感謝しなくてはならないようだ」


 言ってから、レスターはそっとクリスティーナの銀髪に手を伸ばした。
 固まったまま彼の手に髪を絡め取られたクリスティーナに、レスターは微かに苦笑した。


「今日は……、君は俺の手を避けないのだな」


 それからレスターは、クリスティーナの髪から手を離し、を続けた。


「すまない、不躾な真似をした。あまりに綺麗な髪だから、つい……」


 わずかに俯いて首を振ったあとで、顔を上げ、レスターはクリスティーナの瞳をまっすぐに見つめた。


「――あの時君は、髪が銀色だから、白髪みたいに見えるのかもしれないと俺に言ったな。そして俺は、こう答えた。そんな綺麗な髪を白髪と間違える者なんて、いるわけがない。星の光を孕んだような、美しい輝きだ。君に似合う、とても綺麗な髪だ、クリスティーナ……と」


 瞬きも忘れて目を見開き、自分を見つめているクリスティーナに、彼は訊いた。


「……少しは思い出してくれたか? クリスティーナ。俺は、君と出逢ったあの日のことを、あの日君と交わした会話を、一日たりとも思い返さない日はなかった。ずっとずっと、君を想っていた」


「レスター、様……」


 彼の名を呼ぶ、声が震えた。

 このパルセノス王宮の北の塔に閉じ込められている間、ずっと反芻はんすうしてきた、ささやかだけれど、温かな淡い初恋の想い出。

 もう、とっくに自分のことなど忘れていると思っていた、左利きの王子様。
 
 彼は今、……クリスティーナの目の前に立っていた。


 ――いや、『今』ではない。


 ずっと前、あの塔のてっぺんからクリスティーナを救い出したあの日から、彼はずっと、クリスティーナの前に立ってくれていたのだ。

 クリスティーナには、……ずっと気づくことができなかったけれど。


「必ず君を迎えに来るから俺を待っていてくれと約束したのに、助けに行くのが遅れてしまって済まなかった。五年も待たせては、君が俺を忘れ、他に好きな男を作ってしまっていても、無理はない……」

 すぐに、クリスティーナは首を振った。
 その拍子に、ぽたぽたと瞳から熱い涙が零れ落ちる。


「わた、しも……。ずっと、忘れたことはありませんでした。あの日の、こと……」




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