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7.悲しき愛の誤解
わたしが愛しているのは、レスター様だから
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「嘘をおつきにならないで。クリスティーナ様、どうかもうご無理はやめてください。せっかくあの悪王が死んだというのに、あなたが不幸になるなんてあたしには耐えられませんっ‼」
鼻息も荒くそう叫ばれ、クリスティーナはますます困ってしまった。
いったいどう言えば、わかってもらえるのだろう。
確かにあの塔の上の部屋から連れ出された当初は、ハンフィ救貧院で出逢ったあの左利きの男性の姿がクリスティーナの胸にはあった。
だが、レスターに接し、彼がこの国の諸侯たちに認められ、支持されていることを知り――。
彼に尽くすために、左利きのあの人のことは忘れることに決めたのだ。
それに、今は――。
(わたしが愛しているのは、レスター様だから……)
彼がこの国の統治者として優秀なばかりでなく、心優しく温かな人だということを知っていくうちに、クリスティーナはいつの間にかレスターを深く愛するようになっていったのだ。
……けれど、それを口にするのは躊躇われた。
自分が本当に思っていることを口に出すと言うことに、クリスティーナは慣れていない。
不安になってしまうのだ。
この優しい侍女であっても、クリスティーナがレスターに想いを寄せていると知ったら、『なんと恥知らずで身のほど知らずな娘だろう』と軽蔑するのではないかと……。
塔の上に捕らわれていた間ずっと親身になってクリスティーナのことを心配してくれた彼女に失望されるのは、悲しい。
迷った末に、クリスティーナは言った。
「わ……、わたしの気持ちよりも大事なことが、この国にはあるわ。先日、このパルセノス王宮で開かれた舞踏会にわたしも出席させていただいたの。レスター様に、格別のご配慮をいただいて……。その時にあの方は、お父様がわたしを庶子としてただ切り捨てたわけではないと言ってくれたわ。もし、それが真実なら……。……いえ、真実ではなかったとしても、わたしはお父様の娘として、与えられた役目を果たしたいの。それだけが、亡くなってしまったお父様とお母様と繋がる、わたしに遺された最後の術だと思うから」
それは、確かにクリスティーナの本心だった。
たとえこの心がレスターに奪われていなかったとしても、自分が結婚することがこのクレフティス王国のためとなると言われたらクリスティーナが抗うことはない。
初めてレスターがこの寝室を訪れた夜、ほとんど混乱状態にありながらも、クリスティーナはそう思って彼の言うままに従ったのだ。
すると、優しい侍女は、クリスティーナを見つめたまま固まってしまった。
「クリスティーナ様……」
悲しげに眉根を寄せた彼女に、クリスティーナはにこっと笑って明るい声で続けた。
「それにね。前にも言った通り、あの方はわたしのことなんてもう憶えていないわ。今さら訪ねていったところで、迷惑がられるだけよ。そうなったら、わたし、恥ずかしくていられないわ」
冗談にしてしまおうと赤い舌を出して見せたクリスティーナに、侍女は『まさか』とばかりに目を丸くした。
「そんなことはありません。あなたのように美しくて心優しい女性を、簡単に忘れられる男性なんておりませんわ! このあたしが保証いたします」
「あなたも贔屓目がすぎるわ。その方、本当にとっても素敵だったもの。たった一度会っただけで、恋をしたことのなかったわたしさえも夢中にさせてしまうくらいにね。きっと女性の方が放っておかないでしょうし、わたしなんかが相手にされるわけないわ。だから、もういいの。お願いだから、今さらわたしに恥をかかせないで。ね?」
「そんな……、でも……」
返答に詰まった侍女の手を、今度はクリスティーナが握り返した。
「せっかく今日からあなたとまた一緒にすごせるというのに、あなたがそんな顔をしていたら悲しいわ。塔の上にいた時みたいに、楽しい話をまたいっぱいしてほしいの。わたし、あなたのしてくれる話が大好きよ。それから、時々作ってくれる美味しいお菓子もね」
――あのつらかった虜囚の日々を今こうして笑って話せるのは、他ならぬレスターのおかげだ。
心の中でレスターに感謝しながら、クリスティーナは微笑んだ。
瞳を潤ませていた侍女だったが、やがて目を瞬いて涙を強引に乾かしてから答えた。
「そうですね……。あなたがそうもおっしゃるなら……。そういたしましょう。あたしなんかのくだらない話でよけりゃ、いくらでもお聞かせしますわ」
顔中いっぱいに明るい笑顔を作って、侍女は続けた。
「それからもちろん、お菓子もね。クリスティーナ様の今にもぽっきり折れてしまいそうなほど細い足腰は、塔から出ても変わりませんわね。これはもう、腕によりをかけて張り切らないといけませんね。あなたをもう少し太らせるのが、あたしの大事な役目なんですから!」
ようやく笑ってくれた侍女に、クリスティーナも笑みを返した。
「ありがとう。楽しみだけれど少し怖いわね。ついつい、食べすぎてしまいそうで……」
♢ 〇 ♢
二人の女が、目を見合わせて明るい笑い声を立て合ったところで――。
ふいに、寝室に別の人間の声が響いた。
「――楽しい話とやらはひと段落着いたか? クリスティーナ」
---
ここまでお読みくださって、本当にありがとうございます!
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励みになっています。
また、エールを新たにくださった方、ありがとうございます!
本当に嬉しいです。
5/26~次作もアップ開始予定ですので、ぜひ読んでみてください!
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いったいどう言えば、わかってもらえるのだろう。
確かにあの塔の上の部屋から連れ出された当初は、ハンフィ救貧院で出逢ったあの左利きの男性の姿がクリスティーナの胸にはあった。
だが、レスターに接し、彼がこの国の諸侯たちに認められ、支持されていることを知り――。
彼に尽くすために、左利きのあの人のことは忘れることに決めたのだ。
それに、今は――。
(わたしが愛しているのは、レスター様だから……)
彼がこの国の統治者として優秀なばかりでなく、心優しく温かな人だということを知っていくうちに、クリスティーナはいつの間にかレスターを深く愛するようになっていったのだ。
……けれど、それを口にするのは躊躇われた。
自分が本当に思っていることを口に出すと言うことに、クリスティーナは慣れていない。
不安になってしまうのだ。
この優しい侍女であっても、クリスティーナがレスターに想いを寄せていると知ったら、『なんと恥知らずで身のほど知らずな娘だろう』と軽蔑するのではないかと……。
塔の上に捕らわれていた間ずっと親身になってクリスティーナのことを心配してくれた彼女に失望されるのは、悲しい。
迷った末に、クリスティーナは言った。
「わ……、わたしの気持ちよりも大事なことが、この国にはあるわ。先日、このパルセノス王宮で開かれた舞踏会にわたしも出席させていただいたの。レスター様に、格別のご配慮をいただいて……。その時にあの方は、お父様がわたしを庶子としてただ切り捨てたわけではないと言ってくれたわ。もし、それが真実なら……。……いえ、真実ではなかったとしても、わたしはお父様の娘として、与えられた役目を果たしたいの。それだけが、亡くなってしまったお父様とお母様と繋がる、わたしに遺された最後の術だと思うから」
それは、確かにクリスティーナの本心だった。
たとえこの心がレスターに奪われていなかったとしても、自分が結婚することがこのクレフティス王国のためとなると言われたらクリスティーナが抗うことはない。
初めてレスターがこの寝室を訪れた夜、ほとんど混乱状態にありながらも、クリスティーナはそう思って彼の言うままに従ったのだ。
すると、優しい侍女は、クリスティーナを見つめたまま固まってしまった。
「クリスティーナ様……」
悲しげに眉根を寄せた彼女に、クリスティーナはにこっと笑って明るい声で続けた。
「それにね。前にも言った通り、あの方はわたしのことなんてもう憶えていないわ。今さら訪ねていったところで、迷惑がられるだけよ。そうなったら、わたし、恥ずかしくていられないわ」
冗談にしてしまおうと赤い舌を出して見せたクリスティーナに、侍女は『まさか』とばかりに目を丸くした。
「そんなことはありません。あなたのように美しくて心優しい女性を、簡単に忘れられる男性なんておりませんわ! このあたしが保証いたします」
「あなたも贔屓目がすぎるわ。その方、本当にとっても素敵だったもの。たった一度会っただけで、恋をしたことのなかったわたしさえも夢中にさせてしまうくらいにね。きっと女性の方が放っておかないでしょうし、わたしなんかが相手にされるわけないわ。だから、もういいの。お願いだから、今さらわたしに恥をかかせないで。ね?」
「そんな……、でも……」
返答に詰まった侍女の手を、今度はクリスティーナが握り返した。
「せっかく今日からあなたとまた一緒にすごせるというのに、あなたがそんな顔をしていたら悲しいわ。塔の上にいた時みたいに、楽しい話をまたいっぱいしてほしいの。わたし、あなたのしてくれる話が大好きよ。それから、時々作ってくれる美味しいお菓子もね」
――あのつらかった虜囚の日々を今こうして笑って話せるのは、他ならぬレスターのおかげだ。
心の中でレスターに感謝しながら、クリスティーナは微笑んだ。
瞳を潤ませていた侍女だったが、やがて目を瞬いて涙を強引に乾かしてから答えた。
「そうですね……。あなたがそうもおっしゃるなら……。そういたしましょう。あたしなんかのくだらない話でよけりゃ、いくらでもお聞かせしますわ」
顔中いっぱいに明るい笑顔を作って、侍女は続けた。
「それからもちろん、お菓子もね。クリスティーナ様の今にもぽっきり折れてしまいそうなほど細い足腰は、塔から出ても変わりませんわね。これはもう、腕によりをかけて張り切らないといけませんね。あなたをもう少し太らせるのが、あたしの大事な役目なんですから!」
ようやく笑ってくれた侍女に、クリスティーナも笑みを返した。
「ありがとう。楽しみだけれど少し怖いわね。ついつい、食べすぎてしまいそうで……」
♢ 〇 ♢
二人の女が、目を見合わせて明るい笑い声を立て合ったところで――。
ふいに、寝室に別の人間の声が響いた。
「――楽しい話とやらはひと段落着いたか? クリスティーナ」
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