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6.眩い舞踏会の夜に

亡き父の真実

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「君は今夜肉親たちと会えたことをとても喜んでいるが、本当はもっと早くに出会えているのを知ってるか? ……俺だって、彼らよりもさらに遠いが、君と血の繋がりのある肉親だ。このクレフティス王国と俺のエルザス王国は、国境を隣合わせながら、ずっと良好な関係を築いてきたのだ。君を酷く虐げた、あのギデオンが王となるまでは」

 クリスティーナが顔を上げると、レスターは肩をすくめて微笑み、続けた。

「だが、あまりに血縁が近いと結婚もできなくなってしまうからな。君と結ばれるために、同じ国に生まれなくてよかったのだと思おう。俺より君に近い者がいるなどとは考えたくもないが……。結婚してしまえば、俺たちは誰より近くなる」

 レスターの言葉に、あらためて結婚が近いのだということを思い出す。
 思わずクリスティーナは、表情を曇らせていた。
 またも、本当に彼と結婚していいのかという不安が胸を占めたのだ。

 日を重ねるごとに、彼のことを一つまた一つと知るごとに、クリスティーナはどんどんレスターを好きになっていく。
 ……だけど、それにつれて、彼との結婚に対する躊躇ためらいも大きく強くなっていった。

 夜の闇に包まれた中庭の庭園には、今も異世界から響く音楽のように遠く舞踏会の華やかなざわめきが届いている。
 その中にまぎれ、虫の鳴き声や、小さな動物たちの立てる寝息までが聞こえてくるようだった。
 クリスティーナは、意を決してレスターに囁いた。

「……レスター様。わたしはあなたに、どうしても言っておかなければならないことがあります。あなたはわたしに対して、大変な思い違いをしています。それと知りながら、ずっと言うことができなくて、申し訳ございませんでした。けれど、どうか最後まで聞いてください。お怒りはどうぞ、そのあとで……」

 きっと、今浮かべてしまっている悲しい表情も、こらえようとしても勝手に湧いてきてしまう目の奥を鋭く痛める苦い涙も、夜の闇が隠してくれる。
 そう信じて、クリスティーナは続けた。

「――わたしでは、あなたと結婚しても、あなたがこの国を治めるためのお役には立てません。お父様は……。わたしにも、わたしの母にも、何の身分も与えてくださいませんでした。わたしは国王だった父の娘というだけで、クレフティス王国の王家の系譜に名も載らないただの庶子にすぎません。ですからどうぞ、今からでも結婚の件をお考え直しください。わたしなどと結婚しても、決してあなたのためにはなりません」

 精一杯気を張って、クリスティーナは最後の言葉を絞り出した。
 言ってしまったあとで、嗚咽おえつを引き起こすほどに熱く、涙の粒がいくつも流れ落ちた。
 こんなにも嬉しい夜だったのに、こんなにも素敵な夜だったのに――今夜は、レスターとすごす最後の夜となってしまうのだ。
 そう思うと、とてもとても涙をこらえることはできなかった。

「……」

 レスターは、しばらく黙ったまま、悲しい告白を終えたクリスティーナを見つめていた。
 沈黙が、耳に痛く感じる。
 それなのに今は、聞こえていたはずの大広間の喧騒も、虫や小動物の声もクリスティーナの耳にはもう聞こえない。
 代わりに、さめざめと輝く星の光の降り注ぐ音が、悲しくクリスティーナの胸に響いてくるようだった。

「……クリスティーナ」

 ふいに、レスターに名を呼ばれる。
 クリスティーナは、びくりと身をすくませた。

 何と言われるか恐れる一方で、これで彼に名を呼んでもらえるのは最後かもしれないと思うと、クリスティーナの耳には甘く聞こえる低く鋭いその声を、胸にしっかりと刻んでおこうと考えてしまう。

 ……しかし、続くレスターの言葉は、予想外のものだった。

「大変な思い違いをしているのは、君の方だ……」

 そう告げ、黙ったまま震えているクリスティーナの髪を、彼はそっと撫でた。

「亡き君のお父上が君に与えた身分が庶子だったことは初めから知っている。今夜あの大広間に集まった者たちも、俺がエルザス王国から率いてきた配下たちも、そして当然――この俺も」

「……⁉」

 レスターの告げた内容に、クリスティーナは大きく目を見開いた。
 どういうことなのか、彼が何を言っているのか――理解がついていかない。

(……このクレフティス王国のお姫様と結婚をするために、レスター様は動いていらしたんじゃなかったの……?)

 しかし彼は、クリスティーナがこの国の姫ではないことを知っていたのだと言った。
 そして、今夜このパルセノス王宮に集まった誰もが知る周知の事実だったと……。
 
 では……、どうして今夜挨拶を交わしたこの国の諸侯たちは、クリスティーナにあそこまで優しく親切に接してくれたのだろう。

「クリスティーナ……。君は知らなかったのだな。――君のお父上は、君を自らのたった一人の娘として、王女の身分を与えようと確かに動いたのだ。そして、母君にも、国王の愛を受ける女性として相応そうおう待遇たいぐうをとお考えだった。……しかし、それは、子のなかった彼の正妃ロレッタと当時王太弟だったギデオンの強い反対に合い、阻まれることとなってしまった。お父上の代からこのクレフティス王国の財政は傾き、内治に滞りが出始めていたから、責を問われているさなかの君のお父上は、自らの正妃や弟の意見に強く反対をするすべを持たなかったのだ」

「……!」

 初めて聞く父の話に、クリスティーナは息を呑んだ。


(お父様が……、わたしのために……?)


 驚いているクリスティーナに、レスターは頷いた。

「失政の責を問われるままに、生前から王としての実権をほとんど正妃と実弟に奪われ、お父上は失意の中でお亡くなりになった。君と君の母君のことは、相当に心残りだったことと思う。……けれど、この国の財政が傾いた発端ほったんは、建国以来この国を支えてきた国土の東に連なる金銀を生み出す鉱山の涸渇こかつが原因だった。誰であっても、早期の財政再建は難しかった。――その証に、お父上亡きあとは、君も知っている通りだ。ギデオンとロレッタの敷いた悪政により、この国はますます窮地きゅうちへ追いやられ、国内には混乱が満ち……」

 一生懸命に耳を澄ませ、必死に彼の言葉を追っているクリスティーナに、レスターはゆっくりと説明した。
 レスターは、いつの間にか両手を合わせて握りしめてしまっていたクリスティーナの手を取り、そっとその大きな手で包んだ。

「君のお母上は……、君にこのことを話さなかったのだな。何か深い事情わけがおありだったのだろうが……。おかげで、ずいぶん君に心細い思いをさせてしまった。もっと早くに、俺が気づくべきだった」

 唇を切り結んだまま、無言でクリスティーナはふるふると首を振った。
 そのまま少し考え、優しく思いやりに満ちた母メアリーの内心に思い当たる。

 姫としての身分を与えられず、平民として生きることになった娘の人生に思いを馳せ――本来ならば姫となるべきだったなどとクリスティーナが尊大な思い違いをしないように、メアリーはこの事実を伏せたのだ。

 クライールの町で、普通の庶民の娘として、身の丈に合った人生を送れるように。――優しい彼女らしい配慮だった。
 わずかに瞼の端から涙を落とし、それからクリスティーナは顔を上げた。

「父について、大切なことを教えてくださってありがとうございました。まだ驚いているばかりで、整理がつきませんが……。自分が産まれた時のことを聞くことができたのは、きっと、これからのわたしにとって、とてもよいことだと思います」

 クリスティーナの口にした、『これからの』という言葉に、レスターはわずかに眉をひそめた。クリスティーナはまだ、自分とレスターが今夜別れる運命にあることに疑いの余地を持っていなかった。
 だから、クリスティーナはおずおずとレスターに告げた。

「ですが……。わたしの身分が庶子であることには変わりありません。わたしはやはり、あなたの妻には相応しくないでしょう。庶子のわたしとあなたが結婚するなど、このクレフティス王国の方たちからも、……そして、あなたのエルザス王国の方たちからも、支持があるとは思えません」

 すると、遮るようにして、レスターは首を振った。

「俺にとっては――いや、誰にとっても、君が姫であるか庶子であるかなど、些細なことだ。いいか……クリスティーナ。君は、この国の希望なのだ」




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 ここまでお読みくださって、本当にありがとうございます!
 ♥やお気に入り登録などなどいただけたら本当に嬉しいです。
 
 今日はもう一話更新する予定です!

 また、エールにて応援してくださった方、本当にありがとうございました……!
 自分は同人活動として動いておりますので、作品ごとにイラストの発注などもしておりまして、とても嬉しいです!!
 今後もできるだけ長く活動したいなと夢見ておりますので、励みにして頑張ります!!
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