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3.胸に秘めた、甘い追憶
淡い夢
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……クリスティーナは、その時、夢を見ていた。
それは、今も密かに慕い続けている、初恋の若者の夢だった。
夢の中で、クリスティーナは――十四歳の少女に戻っていた。
♢ 〇 ♢
――そこは、クレフティス王国とエルザス王国の国境沿いにある、クライールという辺境の小さな町だった。
街道からかなり離れた小高い丘の上に位置するクライールの町の片隅に、クリスティーナの暮らすハンフィ救貧院はあった。
ハンフィ救貧院は小規模ながらも歴史があり、赤い煉瓦の外壁は褪せて味のある色合いをしていた。
親しみやすい雰囲気に溢れるこのハンフィ救貧院の建物が、クリスティーナは好きだった。
赤ん坊の時に母とともにこの救貧院に預けられ、クリスティーナは、十四歳となったこの頃までずっと修道女たちの手伝いをして暮らしてきた。
国王サイラスの寵愛を受けた果てに打ち捨てられたメアリーとクリスティーナ母娘を、ハンフィ救貧院の人々は暖かく迎え入れてくれた。
母のメアリーは、二年ほど前に病で亡くなってしまった。
もともと働き者の質だった母は、クリスティーナのためにとこのハンフィ救貧院でもずいぶん熱心に働いたのだ。
クリスティーナの行く末を心配するあまり、周囲が止めるのも聞かずに働きすぎてしまい、身体を壊したのが病の発端だった。
クリスティーナも一生懸命看病したのだが、治ることはなく、母は逝った。
十四歳になったばかりのクリスティーナは、今でもまだ時折母を思い出して涙することがある。
……けれども、ハンフィ救貧院で暮らしているのは、身寄りのない子供達ばかりなのだ。
クリスティーナばかりが、我が身を嘆いてはいられない。
二年の月日が経って、少しずつ悲しみを思い出に変え、クリスティーナはハンフィ救貧院で一生懸命働いていた。
むしろ、働くことで、クリスティーナの中の悲しみが思い出に変わっていったのかもしれなかった。
このクライールの町で修道女となり、人生のすべてを神に捧げて生きていく。
自分はきっとそういう人生を歩むのだろうと、クリスティーナは思っていた。
それが、亡き父と――そしてこのクレフティス王国が、クリスティーナに求めた生なのだから。
♢ 〇 ♢
そんなある日のことだった。
夕方近くになり、クリスティーナが焼いたバタークッキーを礼拝堂の卓子に並べて冷ましていると、ハンフィ救貧院でともに暮らす子供達がばたばたと階下へ降りてきた。
「わあ、いい匂い! これ皆、クリスティーナが焼いたの?」
「僕、お腹空いてきちゃった。お願い、ちょっとだけ味見してもいいでしょ? これ、貰いっと」
「あたしも!」
自分を取り囲む子供達のうち数人が、湯気を立てる一口大のクッキーへすばやく手を伸ばそうとした。
クリスティーナは、腰に手を当てて怖い顔を作った。
「こらっ。駄目でしょ、皆」
「だってぇ、クリスティーナ」
「あんまり美味しそうなんだもん」
止められた子供達は、一様に唇を尖らせた。
その顔があんまり可愛くて、クリスティーナは苦笑した。
「もう、いけない子たちね。わかってるでしょう? コニー、シリル、それにグレッグも。我慢なさい。これは、巡礼に来た方や旅の人に渡すものなんだから。それに、あなたたちはもうすぐ夕食の時間でしょう」
すると、孤児たちの中でも少し背の高い女の子が、腰に手をやって胸を張った。
「そうよそうよ。だから、駄目だって言ったでしょう? あんたたち、クリスティーナを困らせないの!」
それは、孤児たちの中でも成長が早くてちょっぴりおませな性格のキャサリンという少女だった。
キャサリンは、ハンフィ救貧院で暮らしている子供達の中でもしっかり者で、クリスティーナや修道女たちをよく助けてくれている。
「夕食の時間まであとちょっとなんだから、そのくらい我慢しなさいよ」
キャサリンの指摘に、男の子たちはますますぶすくれた。
「ちぇー。キャサリンの奴、クリスティーナの前だとすぐいい子振るんだからな」
そう言ったのは、グレッグだ。
赤毛の髪とそばかすが、やんちゃで悪戯な彼の性格をよく表している。
「何か言った⁉ グレッグ」
「べ、別に」
キャサリンににらまれると、グレッグはさっと口をつぐんだ。
そんなグレッグを見て、コニーやシリルたちはにやにやと笑っている。
「グレッグは、キャサリンに弱すぎなんだよ」
「そうそう。すぐ折れるくせに、毎回つっかかってくんだよな」
しかし、そんな風に囃した男の子たちも、キャサリンがひとにらみすると黙ってしまった。
子供達の様子を見て、クリスティーナはくすくすと笑った。
すると、孤児たちの中でも一番幼いジョンが、クリスティーナのスカートにぎゅっとしがみついてきた。
まだ七歳になったばかりで、身体も弱く風邪などを引きやすい体質のためか、ジョンはクリスティーナや年長のキャサリンにいつもくっついてまわっているのだ。
「どうしたの? 甘えん坊さん」
すると、ジョンは榛色をしたまん丸な瞳でクリスティーナを見上げた。
「……お客さんが来たみたいだよ、クリスティーナ」
「お客様……?」
顔を上げて入口の方を見てみると、いつの間にか扉が開いていて――ハンフィ救貧院に夕日の光が差し込んでいた。
確かにそこには、見知らぬ男が立っていた。
少し時間が早いが、……きっとあの人は夕方の祈りを捧げにこのハンフィ救貧院へやってきたのだろう。
子供達に裏へ戻るように伝え、クリスティーナは客人のもとへ歩み寄った。
それは、くしゃくしゃに乱れた金髪――いや、ブラウンの髪をなびかせた若い青年だった。
褪せたスタンド・カラーのコートの中に、短いウエストコートを身に着けている。
モスリンのクラバットと穿き慣れた感じのスラックスは、背の高い彼によく似合っていた。
大きな怪我を負ったのだろうか、がっしりとした左腕には痛々しく包帯が巻かれ、首から吊るされていた。
怪我を負った人がその日の食事を求め、救貧院を訪れることはよくあることだ。
……けれど、包帯よりも、もっと印象的なものがあった。
見る人を射抜くような、鋭い瞳だ。
彼の視線の鋭さに一瞬目を瞠り、クリスティーナは動きを止めた。
(綺麗な人……!)
これまでクリスティーナが出逢った人の中で一等美しいのは、なんといっても母のメアリーだった。
銀髪の髪と夕暮れ色の瞳は、病床にあってもきらきらと輝き、見る者を魅了していた。
……しかし、この目の前の男性は別格のようだ。
人の目を惹きつける端整な顔立ちは、まるで――神話に登場する神か英雄のようだった。
(……あっ、いけない。見惚れてる場合じゃないわ)
ついぼーっとしてしまったことにはっと気がつき、クリスティーナはそっと首を振った。
冬の寒い北風の中、怪我人をのんびりハンフィ救貧院の入口へ立たせておくわけにはいかない。
「……す、すみません。寒いですよね。当ハンフィ救貧院へようこそ。どうぞ、奥へお入りください」
すると、彼は無言で頷き、クリスティーナについて、ハンフィ救貧院の中へと入ってきた。
このハンフィ救貧院に訪れるのは、クライールの町に住む人々ばかりだ。
若い男の旅人や巡礼者というのも珍しく、彼の来訪はまだ十四歳になったばかりのクリスティーナには新鮮な体験で、胸がどきどきと高鳴った。
救貧院の扉を閉めて小さな礼拝堂の長椅子に案内すると、クリスティーナは彼の前に膝を着いた。
そして、腰かけた彼と目線を合わせて訊く。
「あの、包帯の方はお取り替えしますか? もしご必要なら、用意してきますが」
「いや、結構だ。お気遣いありがとう」
よく通る、張りのある声だ。
なぜか目の前の青年は、おかしいくらいに熱心にクリスティーナの顔を見つめていた。
小首を傾げ、クリスティーナは彼に訊ねた。
「……わたしの顔に、何かついてます?」
「いいや」
またも簡潔な答えだ。
しかし、その鋭い瞳は変わらずクリスティーナの顔に釘づけされている。
(どう、したのかな……?)
ここまでまっすぐに見つめられると、こちらが恥ずかしくなってきてしまう。
クリスティーナの頬に、ぽーっと熱が集まってきた。
そんな自分自身にも困惑して、クリスティーナはどぎまぎと言った。
「あ、そうだわ。体が冷えてるんじゃありません? 今、温かいお茶を入れてきますね」
今度は返事を待たずに、クリスティーナは立ち上がった。
礼拝堂の裏手にある炊事場へ向かうクリスティーナの背を、来訪者の鋭い瞳が追いかけてくる。
全身に視線を浴びていることがクリスティーナにもわかり、なんだか自分の動きがいつもよりわざとらしい気がした。
……おかげで、慣れているはずのお茶の用意にもすっかり手こずってしまった。
それでもなんとかお茶の用意をし、先ほど焼いたばかりのバタークッキーを添えてクリスティーナは礼拝堂へと戻った。
「お待たせしました。お腹が空いていらっしゃったらと思って、クッキーも持ってきてみたんですが……。お一つ、いかがです?」
「ああ、ありがとう。君は優しいのだな。クリスティーナ」
バタークッキーの芳ばしい香気のせいだろうか。
初めて、青年が微笑んだ。
その笑顔の優しさに、クリスティーナの頬はますます熱くなった。
恐ろしいほどに整った顔立ちをしているが、……笑うと可愛らしい人だ。
「それに、この救貧院にいる他の子供達のこともよく面倒を見ているみたいだな。ここで働くのは、大変ではないのか?」
「い、いえ、働くのって、楽しいですから。それに、子供達も素直な子ばかりで、とっても可愛いんですよ。面倒を見ているというよりも、一緒に遊んでいるようなものなんです」
戸惑いながらも、クリスティーナは答えた。
そして、彼の前にお茶とバタークッキーをそっと置く。
(……あれ? でも、どうしてわたしの名前を知っているんだろう……?)
---
ここまでお読みくださって、本当にありがとうございます!
♥やお気に入り登録などなどいただけたら本当に嬉しいです。
活動の励みになりますので、ぜひよろしくお願いします。
なるべく毎日更新しようと思ってますので、展開ゆっくりめですが、もしよろしければぜひお付き合いください。
それは、今も密かに慕い続けている、初恋の若者の夢だった。
夢の中で、クリスティーナは――十四歳の少女に戻っていた。
♢ 〇 ♢
――そこは、クレフティス王国とエルザス王国の国境沿いにある、クライールという辺境の小さな町だった。
街道からかなり離れた小高い丘の上に位置するクライールの町の片隅に、クリスティーナの暮らすハンフィ救貧院はあった。
ハンフィ救貧院は小規模ながらも歴史があり、赤い煉瓦の外壁は褪せて味のある色合いをしていた。
親しみやすい雰囲気に溢れるこのハンフィ救貧院の建物が、クリスティーナは好きだった。
赤ん坊の時に母とともにこの救貧院に預けられ、クリスティーナは、十四歳となったこの頃までずっと修道女たちの手伝いをして暮らしてきた。
国王サイラスの寵愛を受けた果てに打ち捨てられたメアリーとクリスティーナ母娘を、ハンフィ救貧院の人々は暖かく迎え入れてくれた。
母のメアリーは、二年ほど前に病で亡くなってしまった。
もともと働き者の質だった母は、クリスティーナのためにとこのハンフィ救貧院でもずいぶん熱心に働いたのだ。
クリスティーナの行く末を心配するあまり、周囲が止めるのも聞かずに働きすぎてしまい、身体を壊したのが病の発端だった。
クリスティーナも一生懸命看病したのだが、治ることはなく、母は逝った。
十四歳になったばかりのクリスティーナは、今でもまだ時折母を思い出して涙することがある。
……けれども、ハンフィ救貧院で暮らしているのは、身寄りのない子供達ばかりなのだ。
クリスティーナばかりが、我が身を嘆いてはいられない。
二年の月日が経って、少しずつ悲しみを思い出に変え、クリスティーナはハンフィ救貧院で一生懸命働いていた。
むしろ、働くことで、クリスティーナの中の悲しみが思い出に変わっていったのかもしれなかった。
このクライールの町で修道女となり、人生のすべてを神に捧げて生きていく。
自分はきっとそういう人生を歩むのだろうと、クリスティーナは思っていた。
それが、亡き父と――そしてこのクレフティス王国が、クリスティーナに求めた生なのだから。
♢ 〇 ♢
そんなある日のことだった。
夕方近くになり、クリスティーナが焼いたバタークッキーを礼拝堂の卓子に並べて冷ましていると、ハンフィ救貧院でともに暮らす子供達がばたばたと階下へ降りてきた。
「わあ、いい匂い! これ皆、クリスティーナが焼いたの?」
「僕、お腹空いてきちゃった。お願い、ちょっとだけ味見してもいいでしょ? これ、貰いっと」
「あたしも!」
自分を取り囲む子供達のうち数人が、湯気を立てる一口大のクッキーへすばやく手を伸ばそうとした。
クリスティーナは、腰に手を当てて怖い顔を作った。
「こらっ。駄目でしょ、皆」
「だってぇ、クリスティーナ」
「あんまり美味しそうなんだもん」
止められた子供達は、一様に唇を尖らせた。
その顔があんまり可愛くて、クリスティーナは苦笑した。
「もう、いけない子たちね。わかってるでしょう? コニー、シリル、それにグレッグも。我慢なさい。これは、巡礼に来た方や旅の人に渡すものなんだから。それに、あなたたちはもうすぐ夕食の時間でしょう」
すると、孤児たちの中でも少し背の高い女の子が、腰に手をやって胸を張った。
「そうよそうよ。だから、駄目だって言ったでしょう? あんたたち、クリスティーナを困らせないの!」
それは、孤児たちの中でも成長が早くてちょっぴりおませな性格のキャサリンという少女だった。
キャサリンは、ハンフィ救貧院で暮らしている子供達の中でもしっかり者で、クリスティーナや修道女たちをよく助けてくれている。
「夕食の時間まであとちょっとなんだから、そのくらい我慢しなさいよ」
キャサリンの指摘に、男の子たちはますますぶすくれた。
「ちぇー。キャサリンの奴、クリスティーナの前だとすぐいい子振るんだからな」
そう言ったのは、グレッグだ。
赤毛の髪とそばかすが、やんちゃで悪戯な彼の性格をよく表している。
「何か言った⁉ グレッグ」
「べ、別に」
キャサリンににらまれると、グレッグはさっと口をつぐんだ。
そんなグレッグを見て、コニーやシリルたちはにやにやと笑っている。
「グレッグは、キャサリンに弱すぎなんだよ」
「そうそう。すぐ折れるくせに、毎回つっかかってくんだよな」
しかし、そんな風に囃した男の子たちも、キャサリンがひとにらみすると黙ってしまった。
子供達の様子を見て、クリスティーナはくすくすと笑った。
すると、孤児たちの中でも一番幼いジョンが、クリスティーナのスカートにぎゅっとしがみついてきた。
まだ七歳になったばかりで、身体も弱く風邪などを引きやすい体質のためか、ジョンはクリスティーナや年長のキャサリンにいつもくっついてまわっているのだ。
「どうしたの? 甘えん坊さん」
すると、ジョンは榛色をしたまん丸な瞳でクリスティーナを見上げた。
「……お客さんが来たみたいだよ、クリスティーナ」
「お客様……?」
顔を上げて入口の方を見てみると、いつの間にか扉が開いていて――ハンフィ救貧院に夕日の光が差し込んでいた。
確かにそこには、見知らぬ男が立っていた。
少し時間が早いが、……きっとあの人は夕方の祈りを捧げにこのハンフィ救貧院へやってきたのだろう。
子供達に裏へ戻るように伝え、クリスティーナは客人のもとへ歩み寄った。
それは、くしゃくしゃに乱れた金髪――いや、ブラウンの髪をなびかせた若い青年だった。
褪せたスタンド・カラーのコートの中に、短いウエストコートを身に着けている。
モスリンのクラバットと穿き慣れた感じのスラックスは、背の高い彼によく似合っていた。
大きな怪我を負ったのだろうか、がっしりとした左腕には痛々しく包帯が巻かれ、首から吊るされていた。
怪我を負った人がその日の食事を求め、救貧院を訪れることはよくあることだ。
……けれど、包帯よりも、もっと印象的なものがあった。
見る人を射抜くような、鋭い瞳だ。
彼の視線の鋭さに一瞬目を瞠り、クリスティーナは動きを止めた。
(綺麗な人……!)
これまでクリスティーナが出逢った人の中で一等美しいのは、なんといっても母のメアリーだった。
銀髪の髪と夕暮れ色の瞳は、病床にあってもきらきらと輝き、見る者を魅了していた。
……しかし、この目の前の男性は別格のようだ。
人の目を惹きつける端整な顔立ちは、まるで――神話に登場する神か英雄のようだった。
(……あっ、いけない。見惚れてる場合じゃないわ)
ついぼーっとしてしまったことにはっと気がつき、クリスティーナはそっと首を振った。
冬の寒い北風の中、怪我人をのんびりハンフィ救貧院の入口へ立たせておくわけにはいかない。
「……す、すみません。寒いですよね。当ハンフィ救貧院へようこそ。どうぞ、奥へお入りください」
すると、彼は無言で頷き、クリスティーナについて、ハンフィ救貧院の中へと入ってきた。
このハンフィ救貧院に訪れるのは、クライールの町に住む人々ばかりだ。
若い男の旅人や巡礼者というのも珍しく、彼の来訪はまだ十四歳になったばかりのクリスティーナには新鮮な体験で、胸がどきどきと高鳴った。
救貧院の扉を閉めて小さな礼拝堂の長椅子に案内すると、クリスティーナは彼の前に膝を着いた。
そして、腰かけた彼と目線を合わせて訊く。
「あの、包帯の方はお取り替えしますか? もしご必要なら、用意してきますが」
「いや、結構だ。お気遣いありがとう」
よく通る、張りのある声だ。
なぜか目の前の青年は、おかしいくらいに熱心にクリスティーナの顔を見つめていた。
小首を傾げ、クリスティーナは彼に訊ねた。
「……わたしの顔に、何かついてます?」
「いいや」
またも簡潔な答えだ。
しかし、その鋭い瞳は変わらずクリスティーナの顔に釘づけされている。
(どう、したのかな……?)
ここまでまっすぐに見つめられると、こちらが恥ずかしくなってきてしまう。
クリスティーナの頬に、ぽーっと熱が集まってきた。
そんな自分自身にも困惑して、クリスティーナはどぎまぎと言った。
「あ、そうだわ。体が冷えてるんじゃありません? 今、温かいお茶を入れてきますね」
今度は返事を待たずに、クリスティーナは立ち上がった。
礼拝堂の裏手にある炊事場へ向かうクリスティーナの背を、来訪者の鋭い瞳が追いかけてくる。
全身に視線を浴びていることがクリスティーナにもわかり、なんだか自分の動きがいつもよりわざとらしい気がした。
……おかげで、慣れているはずのお茶の用意にもすっかり手こずってしまった。
それでもなんとかお茶の用意をし、先ほど焼いたばかりのバタークッキーを添えてクリスティーナは礼拝堂へと戻った。
「お待たせしました。お腹が空いていらっしゃったらと思って、クッキーも持ってきてみたんですが……。お一つ、いかがです?」
「ああ、ありがとう。君は優しいのだな。クリスティーナ」
バタークッキーの芳ばしい香気のせいだろうか。
初めて、青年が微笑んだ。
その笑顔の優しさに、クリスティーナの頬はますます熱くなった。
恐ろしいほどに整った顔立ちをしているが、……笑うと可愛らしい人だ。
「それに、この救貧院にいる他の子供達のこともよく面倒を見ているみたいだな。ここで働くのは、大変ではないのか?」
「い、いえ、働くのって、楽しいですから。それに、子供達も素直な子ばかりで、とっても可愛いんですよ。面倒を見ているというよりも、一緒に遊んでいるようなものなんです」
戸惑いながらも、クリスティーナは答えた。
そして、彼の前にお茶とバタークッキーをそっと置く。
(……あれ? でも、どうしてわたしの名前を知っているんだろう……?)
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