上 下
6 / 43
2.真夜中の訪い、初めての恍惚

王子の訪れ

しおりを挟む
 目が覚めると、……いつの間にかクリスティーナは、天蓋てんがいのついたベッドに寝かされていた。

 塔の上のあの部屋に戻されたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
 この優美なベッドは、あの部屋にあった小さなベッドとは似ても似つかない。

 ラベンダー色のドレスは脱がされ、いつの間にかクリスティーナは、胸のところに切り返しのある絹のナイトガウンに着替えさせられていた。
 体に塗り込まれた精油の薔薇の香りが、今もクリスティーナの全身を包んでいる。

 ベッドから身を起こすと、寝かされていた部屋の美しい装飾にクリスティーナは目をみはった。

 気を失っていたクリスティーナへの配慮か、天井から下がったクリスタルのシャンデリアには光がなく、室内に火の灯された燭台は少ない。

 それでも、この寝室がとても豪奢ごうしゃなものであることはよくわかった。

 ふかふかとした赤い絨毯には金の刺繍がちりばめられ、長椅子には光沢のある天鵞絨ビロードが張られている。
 マホガニー材で作られた本棚や鏡台などの家具は、精緻せいちな彫刻が施され、落ち着いた色合いながらも華やかで美しかった。
 大きく取られた窓に引かれているのは、薔薇の刺繍が施された厚い金襴のカーテンだ。
 光が微塵みじんも漏れ出ていないところを見ると、もう夜なのだろうか……?


 ――窓。


 クリスティーナは窓を見つめ、動きを止めた。
 あの向こうには、五年間一度たりとも見ることのできなかった、外の世界が広がっているのだろうか……?

 恐れと期待が入り混じり、クリスティーナが躊躇ためらっていると、寝室へのおとないを告げる音が響いた。
 扉が開く。

 入ってきた人物を見て、クリスティーナは息を呑んだ。


「……!」


 寝室にやってきたのは、エルザス王国王子、――レスターだった。


 ただでさえ長身の男が現れたことでこの広い部屋が狭くなったように感じるのに、……レスター王子の存在感は圧倒的だった。
 部屋のささやかな光が、まるで彼だけを照らしているように感じられた。


「……起きていたのか」


 少し驚いたように、レスターはクリスティーナを見た。

 ただ一声投げかけられただけなのに、クリスティーナはびくりと身を縮めた。
 レスターの威厳に満ちた鋭い瞳は、見る者を委縮させる力があった。

 クリスティーナは、戸惑った。
 起きた時のまま、クリスティーナは薄手のナイトガウン一枚の姿だった。
 下着も身に着けておらず、体の線は薄い絹地にくっきりと浮き出している。
 このような姿で彼の前に出るのは無礼なのではないかと思い当たると、……酷く不安になる。

(……王子様は、怒っていらっしゃるかしら……)

 自分が、あまりに見苦しい姿をしているから……。
 長い間虜囚りょしゅうの身だったクリスティーナは、怒鳴られ責められることに慣れきっている。

 だからこのレスターも、当然自分を責めに現れたのだと判じていた。
 
 クリスティーナは、怯えながらレスターを見つめた。
 レスターの放つ視線が、いぶかるようなものに変わる。

 その瞳を見て、クリスティーナはようやく思い出した。


『――この国の諸侯たちの要請を受け、エルザス王国はクレフティス王国へと攻め込んだ。その時起きた戦争により、君の叔父のギデオンは戦死した』

 
 レスターは、謁見をした時、確かにそう言ったのだ。
 そして、この国の支配者がレスター王子となったことと――クリスティーナが彼の妻になると告げられたことも。

 ……つまりは、国内の諸侯たちによって、国王であるギデオンへの反乱が起きたのだ。
 憎まれていようが邪魔者として扱われていようが、主としてかしずき、命令に従うべきギデオンは、もうこの世にいない。

 隣国の王子が我がもの顔でこのパルセノス王宮を使っているのだから、彼の言葉は冗談などではないのだろう。
 捕らえられてからも蔑まれ続けてはいたが、たった一人残った肉親さえも亡くしてしまった衝撃に、クリスティーナは動揺した。

(わたし、どうしたらいいの……?)

 このレスターに対し、どのような態度を取ることが、このクレフティス王国のためとなるのだろうか?
 クリスティーナには、皆目わからなかった。

「あ、の……」

 アイスブルーの瞳から目を逸らし、クリスティーナはわずかに口を開いた。
 もじもじとしているうちに目が捕らえたのは、ちょこんと揃えられて絨毯を踏む自分の白い爪先だった。
 戸惑いながらも、胸によみがえった事実を目の前の男に確認する。

「へ、陛下は……。わたしの叔父は、戦場で亡くなってしまったのですね……?」

 視界の端で、レスターが頷くのが見える。
 クリスティーナは、歎息たんそくとともに小さく声を床に落とした。

「そうですか……」

 あらためて叔父の死を胸に受け止め、クリスティーナは唇を噛んだ。
 あの叔父によくしてもらった思い出など、一つもない。
 それでも、亡くなってしまった事実には深い悲しみを覚えた。

(陛下は……ギデオン叔父様は、自ら戦地に赴かれるほどに、追い詰められておられたのね……)

 クリスティーナの前に立つ叔父は、いつも恐ろしい形相ぎょうそうをしていて、誰よりも強く尊大そんだいだった。
 何者も、王たる彼に敵うことなどないのだとクリスティーナは思っていた。
 あの叔父がそこまで追い詰められる様子など、クリスティーナには今も想像もつかない。

 ……しかし、叔父が亡くなってしまった以上、クリスティーナは自分の判断で動かねばならない。
 クリスティーナは、がたがたと震える小さな手をきゅっと握りしめた。

「あの……、殿下」

「俺のことか? なら、名で呼んでくれ。レスターと」

「は、はい。……では、レスター様」

 その命令を、疑問に思う余裕はなかった。
 命じられたままに王子の名を呼び、クリスティーナは顔を上げた。

 政治のことなどわからないし、前国王だった亡き父の記憶もほとんどない。
 だが、母の遺した言葉がある。



 ――『あなたは国王たるお父様の子なのだから、この国のために尽くしなさい』。



 クリスティーナは、レスターにたずねた。


「このクレフティス王国の諸侯たちは、あなたを支持しているのですね……?」

 ややあって、レスターは頷いた。

「その通りだ。彼らの協力なくしては、挙兵からこれほどまでに短期間でこのパルセノス王宮へ辿り着くことはできない」

「……」

 このクレフティス王国とエルザス王国の王家は、家系図を遡れば血縁関係にある。
 クレフティス王国内にも王家の血を継ぐ有力な貴族はいるはずだが、彼らの支持があるのであれば、レスター王子による治世には正当性がつく。

(それでは、やっぱり……。本当にこれからは、このレスター王子がクレフティス王国を治められるのね……)

 けれどもまだ、一つ大きな疑問が残っている。
 おずおずと、クリスティーナは重ねて訊いた。


「あの……。それではなぜ、あなたとわたしが結婚する必要があるのですか……?」


 その問いを口にした瞬間、レスター王子の眉間がわずかに寄せられた。
 何か彼の機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのかと、クリスティーナは再び不安を覚えた。

 ギデオンに長く虐げられ続けた日々は、クリスティーナの心身の奥まで恐怖と服従を浸み込ませていた。

 自分は、向かい合う者を不快にしてしまう人間なのだ。

 ギデオンに罵られ続けるうちに、クリスティーナはいつもどこかでそう思っていた。
 眉間を寄せたまま、レスターはクリスティーナに問い返した。



「……なぜ、そのようなことを訊く?」





---


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
 もしよろしければ、♥やお気に入り登録などなどをいただけたら大喜びします!
 今後の活動の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。

 今日は8話分アップしようと思っていたんですが、それだと凄く中途半端なところで終わってしまうので、やっぱり10話分アップすることにしました!

 お時間がありましたら、ぜひお付き合いください。


 また、5/26~別作品のアップも開始する予定ですので、そちらも読んでいただけたら嬉しいです。
 そちらは、現代舞台の逆ハー物です!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

【R18】魔法使いの弟子が師匠に魔法のオナホで疑似挿入されちゃう話

紅茶丸
恋愛
魔法のオナホは、リンクさせた女性に快感だけを伝えます♡ 超高価な素材を使った魔法薬作りに失敗してしまったお弟子さん。強面で大柄な師匠に怒られ、罰としてオナホを使った実験に付き合わされることに───。というコメディ系の短編です。 ※エロシーンでは「♡」、濁音喘ぎを使用しています。処女のまま快楽を教え込まれるというシチュエーションです。挿入はありませんがエロはおそらく濃いめです。 キャラクター名がないタイプの小説です。人物描写もあえて少なくしているので、好きな姿で想像してみてください。Ci-enにて先行公開したものを修正して投稿しています。(Ci-enでは縦書きで公開しています。) ムーンライトノベルズ・pixivでも掲載しています。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

処理中です...