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1.塔の上にしまい込まれた乙女

侍女達の迎え

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 ――それから、数日経ったある日のことだった。

 その日、塔の最上階には、クリスティーナの他に誰もいなかった。
 こんなことは初めてだ。
 クリスティーナは、天窓の向こうを見つめた。

 外はよく晴れているようだ。
 クリスティーナの白い足の甲には、今日も彫刻の蝶はそっとはねを休めてくれている。

 しかし、どうしたのだろう。
 いつもの老番兵も、今日に限って姿を現さない。
 ギデオンが監視を外したことなど、クリスティーナを塔へ閉じ込めてから一度もなかったのに……。

 誰もいないと、この高い塔の上には音が絶えて聞こえなくなる。
 日が中天へと進むまで、クリスティーナは絨毯の上に膝を抱え、最後にいつ日に焼けたかもわからないほどに白い自らの足の上で、ゆっくりと動いていく蝶の姿をでていた。


 一人でいる間中ずっと、心細さとともにわずかな開放感がクリスティーナを包んだ。


 心優しい番兵や侍女たちは、クリスティーナが気を張り詰め通しにならないように配慮してくれている。
 それでもやはり、一人になってみると、自分が始終しじゅう緊張きんちょうしていたことがわかった。

 外で何か異変が起きているのかもしれないという不安はあったが、この部屋にいては、いくら考えてみても何もわからない。
 だから、クリスティーナは、努めて平静に時間をすごすよう心がけた。

 
 翌日もその翌日も、誰も部屋には訪れなかった。
 番兵や侍女がこんな時に備えてこっそり隠してくれていた食事や水を口にして、クリスティーナは時を待った。




 ♢ 〇 ♢




 そして――その運命の時が来た。

 その日、……太陽が傾き出した頃になって、塔への螺旋らせん階段を登ってくるいくつもの足音が聞こえてきた。
 普段ならば聞こえない靴音が、静まり返った室内におかしいほどに大きく響く。
 少し怯えながら、それでも覚悟を決めてクリスティーナは来訪者を待った。


「……」


 クリスティーナがわずかにごくりと喉を鳴らす音さえ、塔の上の小さな部屋に低く響き渡るようだった。

 ――部屋へ入ってきたのは、揃いのお仕着せに身を包んだ見慣れない侍女たちだった。
 彼女らは格子の前に膝を着くと、代表の一人がクリスティーナに挨拶をした。


「お迎えに上がりました、クリスティーナ様。わたくしどもがお手伝いいたしますので、どうぞ謁見えっけんのご準備にお入りください」


 その言葉に、クリスティーナは固まった。


「え……?」


 事情が呑み込めず、クリスティーナが目を瞬いていると、その前で彼女たちはクリスティーナを閉じ込めていた格子を開け、足枷を外した。

 ずっとクリスティーナをこの塔のてっぺんに縛りつけていたそれらを、そう……、いとも簡単に。

 クリスティーナは、ただ目を丸くして、彼女たちの姿を見つめていた。
 見知らぬ侍女達は、クリスティーナの戸惑いには構わず、てきぱきと動いた。

「あ、あの……」

 侍女たちに引き立てられるようにして、あっという間に――難なくクリスティーナは塔の上の小さな部屋から連れ出された。

 女の穢れを嫌うギデオンに命じられて使っていたいつもの浴室とは違う大きな部屋で湯に浸かり、薔薇ばらの香りのする精油でマッサージを受け、真珠貝を砕いたパウダーで肌に艶を出して仕上げ、クリスティーナは真新しいコルセットに身を優しく締められた。

 何だか他人がされているのを見るような気持ちで、クリスティーナはただ侍女達の指示に従って姿態したいを飾られていった。
 クリスティーナの長い銀髪が、こてでいくつもカールを作られては、綺麗に結い上げられていく。
 柔らかな甘い香りが、クリスティーナの鼻孔を優しく包んだ。

 用意されていた淡いラベンダー色の清楚なドレスは、やはりクリスティーナが身に着けるためのものだった。
 流れるような手つきでその美しいドレスを着せられ、クリスティーナは緊張に息を詰めた。

 細かな刺繍ししゅうが施され、フリルで飾られたそのドレスは、クリスティーナの体を優しく包んだ。
 さり気ない光沢のある絹の生地が光を弾き、日焼けあとの一切ないクリスティーナの肌をいつもよりさらに白く見せているようだった。

 ここまでは我慢していたが、赤い天鵞絨ビロードを張った宝石箱からきらきらと輝く大粒のアメジストをあしらったネックレスやイヤリングが現れると――。

 クリスティーナは、侍女の一人を呼び止めた。

「あ、あの、これはいったいどういうことなのですか? 陛下のご命令なのでしょうか……」

 すると、その侍女が、目を伏せて答えた。

「陛下ではなく、殿下のご命令でございます」

「は、はぁ……」

 よくわからないままに、クリスティーナは小首を傾げた。
 ……ギデオンに、弟や子息はいなかったはずだ。
 それとも、彼の王妃はクリスティーナが塔の上へ閉じ込められている間に子を成したのだろうか?

 詳しく訊こうにも、侍女たちはせわしなく動きまわるばかりなので、クリスティーナはそれ以上口を挟めずにいた。
 揃いのネックレスとイヤリングをつけたクリスティーナに、侍女が言った。

「目をお閉じください、クリスティーナ様」

「え……?」

「長い間虜囚りょしゅうの身だったクリスティーナ様に、外の光は強すぎるかもしれません。目を保護するため、目かくしをさせていただきますので、どうかお願いします」

「……はい、わかりました」

 言われるままに、クリスティーナは長い睫毛まつげを伏せ、瞼を閉じた。

 これもきっと、このクレフティス王国のためにクリスティーナがしなければならないことなのだろう。
 柔らかな布地が目元に当てられ、後ろでそっと縛られるのがわかった。


「さあ、参りましょう」


 侍女に声をかけられて立ち上がると、クリスティーナは手を引かれるままに歩き出した。
 いったい、どこへ行くのだろうか……?

 気がつけば、いくつもの息遣いや足音に囲まれていて、クリスティーナにそれをたずねることはできなかった。






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 そちらは、現代舞台の逆ハー物です。
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