1 / 43
プロローグ
プロローグ
しおりを挟む燭台の灯す明かりが、ちらちらと揺れている。
息をつめたような沈黙の中――……。
クリスティーナは、その訪問者の視線を全身に受けていた。
身に纏っているのは、肌に貼りつくような薄絹のナイトガウン一枚だけ。
こんな姿では、彼の視線の前では酷く無防備に感じられる。
厚く引かれた金襴のカーテンは、窓の向こうにあるはずの月光を通すことはない。
煌びやかな調度品の影が室内に揺れ、まるで、無数の監視者に見張られているような錯覚を覚えた。
ずっとすごしてきたあの小さな部屋よりも、……この豪奢な寝室は圧迫的に感じられる。
怯えて震えているクリスティーナを見据え、彼は忌々しげに眉をひそめている。
どうやら、……酷く苛立っているようだ。
(どうして、怒っていらっしゃるの……?)
怖かった。
しかし、戸惑い怯えるばかりで、クリスティーナには何もできなかった。
すると、黙ったままでしばらくクリスティーナを見つめていた男が、ふいに口を開いた。
……つい今しがた交わした会話の、続きの言葉を。
「――わかっているな、クリスティーナ。君は今夜、この部屋で俺のものとなるのだ」
「!」
ほとんど命令的なその言葉に、……心臓がどくんと跳ねる。
この部屋で、このまま彼のものになる。
それがどういう意味かは、まだ男に触れられたこともない十九歳のクリスティーナにもさすがにわかった。
口を開いて、許しを乞こいたい。
何とか見逃してもらえるように。
……しかし、その権利は、クリスティーナには与えられていなかった。
クリスティーナは、『嫌です』と答える代わりに、薄桃色の唇を小さく開いた。
「は……、はい……」
微かに顎を引き頷いたクリスティーナに、男が近づく。
思わず何歩か後ろへあとずさったクリスティーナの体を、男の腕が強引に絡め取った。
「……逃げるなよ。俺に抱かれたいんだろう?」
低く響く、鋭い声。
その声の主は、隣国エルザス王国の王子であり、今はこのクレフティス王国の支配者でもある男――レスター・キャリアスト・アーベルだ。
ダークブロンドの艶めく髪に、冷え冷えとしたアイスブルーの瞳。整った白皙はいっそ青ざめてさえ感じられ、彼の怜悧な顔立ちを造り物のように見せていた。
通った鼻筋も薄い唇も、……クリスティーナの知らないものだった。
「……それは……。あっ……」
何か言おうとする前に、クリスティーナの唇は塞がれていた。
きつく強く、まるで噛みつくように唇を吸われる。
ほとんど厚みのないナイトガウンの布地越しに、体に密着するようなレスターの熱い体温を感じ――それでも、クリスティーナに抵抗するという選択肢はなかった。
激しいキスを受けたまま、クリスティーナは、レスターによって無理やりベッドへと連れられ、押し倒されてしまった。
「っ……」
シーツの海にうずまった衝撃と驚きに、クリスティーナの呼吸が止まる。
戸惑うクリスティーナの肢体に、容赦なくレスターの重く熱い体が上に圧し掛かってきた。
しかし、それ以上手を進めることはせず、レスターはクリスティーナを見つめたまま、囁いた。
「クリスティーナ……。俺は君を愛している」
……一瞬、何を言われているのかわからない。
けれども、少し考え、自分が言わなければならない『台詞』に気がつく。
「――わ……、わたしも、あなたのことを、愛して、います……」
……嘘だった。
声には存分に震えが交じり、それが真実でないことを如実に物語っている。
彼は、その返答にふっと笑った。
笑って、言った。
「では、俺達は、愛し合う二人というわけだな」
嘲笑うような声が、彼の喉から響く。
しかし、否定するわけにもいかず、クリスティーナは頷いた。
「そ……、そのように思います……」
彼の意のままに、彼の意に添うように。
彼の心がどこにあるのかわからないままに、クリスティーナはただ目の前の王子に従っていた。
「そのままいい子にしていろ、クリスティーナ。この国の支配者であるこの俺に従うことこそが、この国の先代王の娘たる君の務めなのだから……。君は、俺だけの姫だ」
その声に、クリスティーナははっと目を見開いた。
……彼は間違っている。
戸惑いよりも先にそう思い、クリスティーナは制止の声を上げた。
「まっ、待って……。わ……、わたし……、違っ……」
――自分は姫ではない。
そう思ったが、また唇をキスで塞がれ、意味あることを口にすることはできなかった。
「王族ならば、国の危急にその身を差し出すのは当然のことだ。君の生まれたこの国を守りたいのなら、俺の子を産むんだ。……クリスティーナ」
……観念して、クリスティーナは体から力を抜き、ぐったりと柔らかなシーツに沈み込んだ。そして、そっと唇を噛む。
――こんなことまで、自分はしなくてはならないのか。
この国が、自分にいったい何をしてくれたというのだろう。
熱い涙がまなじりを伝い、シーツの海へと落ちていった。
---
読んでいただいてありがとうございました!
まだ活動を始めたばかりでおたおたしまくってますが、評価やお気に入り登録などなどよきリアクションをいただけたら泣いて喜びます!
続きも読んでいただけたら嬉しいです。
5/17追記:5/26~公開予定の次作なのですが、やはりR18女性向け小説(逆ハー、現代舞台、大人ヒロイン)のみにすることにしました!
R18男性向け小説につきましては、調べてみましたところ、ここまで直球な内容はアルファポリス様では少ないようでして…!
活動を参考にしている同人作家様がこちらでもアップしていたので、自分もやってみようと思っていたのですが、やはり類似ジャンル作品が多いノクターン等でまずは活動してみることにしました。
255
お気に入りに追加
557
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる