17 / 17
戦争初期(1941~1942)
日米開戦四 決着
しおりを挟む
『リパルス』の乗員にとって、その衝撃は予想できない物であった。突如爆発音がしたかと思うと、船体が震え、傾き始めたのである。そう、七戦の放った魚雷が命中したのだ。
「魚雷命中!三本!」
見張員の報告を聞き、栗田少将は、妥当な数字だと思った。それと同時に、九三式魚雷の性能に疑問を抱かずにはいられなかった。
この魚雷が酸素を推進剤として使っていることで得られる利益は、炸薬量の大きさ(この魚雷は、他の物と比べると、倍近い炸薬量を誇っていた)や、航跡の不可視化だけではない。長大な航続距離をも、得ることができた。しかし、その命中率は他の魚雷と大差は無い(速力において大きい分、多少の増大はあるだろうが、誤差の範囲内であろう)。つまる所、この魚雷はその航続距離を活かしきれないのである。それが、この雷撃でハッキリした。
とは言え、先程も述べた通り、九三式魚雷の炸薬量は、他の魚雷を大きく引き離している。それを持って、命中率の低さを補う戦法は可能であろうが。一本で三軒の家が建つと言われている程、高価な魚雷に、それでは不経済である。やはり、何かしらの誘導装置は欲しい。
「提案してみるか」
栗田少将は、そうポツリと呟いた。
とはいえ、『リパルス』には、魚雷三本で十分だったようで、急激に速度を落とすと、右舷に傾いていった。総員退艦の命令が出たのか、甲板からは、次々と海に身を投げる人影が見られる。
「救助は、海戦が終わってからで良かろう。先ずは『プリンス・オブ・ウェールズ』だ」
栗田少将は、そう言い、戦隊に増速を命じた。
「『リパルス』轟沈!」
その報告は、『大和』『プリンス・オブ・ウェールズ』で、殆ど同時になされたが、その反応は見事に違っていた。
『大和』では、あからさまに安心した空気が流れ、『プリンス・オブ・ウェールズ』では、重苦しい空気が支配した。
しかし、小沢中将は、他の面々と違い、難しい顔をしている。
「先を越されたな」
その言葉は、小さかったが、艦橋を一瞬で沈黙に追いやる効果を持っていた。
「しかし、『大和』も命中弾は得ています」
首席参謀の言葉に、小沢中将はウン、と頷いた。
「どうやら、ここまでの様だな」
フィリップス大将は、静かにそう言った。Z部隊で無事なのは、最早この艦だけである。事態は明らかに劣勢であり、このまま海戦を続行すれば、文字通りの全滅すらあり得る。
「取舵!針路一九〇!最大戦速!」
しかし、『プリンス・オブ・ウェールズ』の舵が効き始めるより早く、『大和』の第一斉射が飛来した。
突如、第一砲塔が吹き飛んだかと思うと、前甲板が炎で包まれる。
「馬鹿な……たった一発で」
フィリップス大将は、驚愕に目を見開き、呆然としている。『大和』はそんなフィリップス大将には、関係なく、ドンドンと砲弾を打ち出す。
決定打となったのは、第三斉射であった。
この砲弾は、『プリンス・オブ・ウェールズ』の司令部を打ち抜き、その内部で炸裂した。
最早、『プリンス・オブ・ウェールズ』に、出港時の威厳は無い。艦橋は抉り取られ、砲塔はひしゃげ、甲板は焼け焦げ、炎がのたうち回っていた。その有様は、まるで廃墟だ。廃墟だ。
小沢中将は、『プリンス・オブ・ウェールズ』を鹵獲しようとしたが、同艦は、総員脱出の後に、急速に浸水を起こし、沈んでいった。これは、乗員がキングストン弁を抜いたからとも、『大和』の主砲の水中弾効果とも言われている。南遣艦隊は、軽巡以下の艦艇を使い、溺者の救助を行ったが、フィリップス大将を始めとする東洋艦隊司令部と及び『プリンス・オブ・ウェールズ』艦長リーチ大佐の姿は、その中には見えなかった。
とある英水兵が、フィリップス大将とリーチ大佐に、退艦を促したが、両者は「ノーサンキュー」と言い、艦と運命を共にしたと証言したが、艦橋が『大和』の砲撃で壊滅的被害を生じてきた事、リーチ大佐の平生の主張(彼は、艦長が艦と運命を共にする事に対して、否定的であった)から信憑性に著しく欠けるとされた。
かくして、一二月八日から九日にかけて行われた海戦は南遣艦隊の勝利で、終了した。この海戦は、後にマレー沖海戦と名付けられることになる。大本営発表は、(この機関としては珍しく)戦果をそのまま発表し、各新聞社の夕刊一面はこの海戦が占め、勇猛果敢な文字が躍っていた。
曰く、東洋艦隊撃滅。戦艦二撃沈ス。
我海軍は一二月九日未明、英艦隊と砲火を交え、その悉くを撃沈した。
国民は、このニュースに沸き立ったが、海軍の反応はそれとは違っていた。いや、勿論嬉しい知らせであるのだが、本番である米海軍との決戦を前にして、『大和』の砲口径がばれていないかという話である。結論から言うと、これは杞憂に終わった。海戦に参加した英兵は、その全てが帝国海軍の捕虜にされていた。更には、『プリンス・オブ・ウェールズ』の生き残りを尋問した結果、『大和』の口径について、彼らが気付いていないことが分かったのである。
「魚雷命中!三本!」
見張員の報告を聞き、栗田少将は、妥当な数字だと思った。それと同時に、九三式魚雷の性能に疑問を抱かずにはいられなかった。
この魚雷が酸素を推進剤として使っていることで得られる利益は、炸薬量の大きさ(この魚雷は、他の物と比べると、倍近い炸薬量を誇っていた)や、航跡の不可視化だけではない。長大な航続距離をも、得ることができた。しかし、その命中率は他の魚雷と大差は無い(速力において大きい分、多少の増大はあるだろうが、誤差の範囲内であろう)。つまる所、この魚雷はその航続距離を活かしきれないのである。それが、この雷撃でハッキリした。
とは言え、先程も述べた通り、九三式魚雷の炸薬量は、他の魚雷を大きく引き離している。それを持って、命中率の低さを補う戦法は可能であろうが。一本で三軒の家が建つと言われている程、高価な魚雷に、それでは不経済である。やはり、何かしらの誘導装置は欲しい。
「提案してみるか」
栗田少将は、そうポツリと呟いた。
とはいえ、『リパルス』には、魚雷三本で十分だったようで、急激に速度を落とすと、右舷に傾いていった。総員退艦の命令が出たのか、甲板からは、次々と海に身を投げる人影が見られる。
「救助は、海戦が終わってからで良かろう。先ずは『プリンス・オブ・ウェールズ』だ」
栗田少将は、そう言い、戦隊に増速を命じた。
「『リパルス』轟沈!」
その報告は、『大和』『プリンス・オブ・ウェールズ』で、殆ど同時になされたが、その反応は見事に違っていた。
『大和』では、あからさまに安心した空気が流れ、『プリンス・オブ・ウェールズ』では、重苦しい空気が支配した。
しかし、小沢中将は、他の面々と違い、難しい顔をしている。
「先を越されたな」
その言葉は、小さかったが、艦橋を一瞬で沈黙に追いやる効果を持っていた。
「しかし、『大和』も命中弾は得ています」
首席参謀の言葉に、小沢中将はウン、と頷いた。
「どうやら、ここまでの様だな」
フィリップス大将は、静かにそう言った。Z部隊で無事なのは、最早この艦だけである。事態は明らかに劣勢であり、このまま海戦を続行すれば、文字通りの全滅すらあり得る。
「取舵!針路一九〇!最大戦速!」
しかし、『プリンス・オブ・ウェールズ』の舵が効き始めるより早く、『大和』の第一斉射が飛来した。
突如、第一砲塔が吹き飛んだかと思うと、前甲板が炎で包まれる。
「馬鹿な……たった一発で」
フィリップス大将は、驚愕に目を見開き、呆然としている。『大和』はそんなフィリップス大将には、関係なく、ドンドンと砲弾を打ち出す。
決定打となったのは、第三斉射であった。
この砲弾は、『プリンス・オブ・ウェールズ』の司令部を打ち抜き、その内部で炸裂した。
最早、『プリンス・オブ・ウェールズ』に、出港時の威厳は無い。艦橋は抉り取られ、砲塔はひしゃげ、甲板は焼け焦げ、炎がのたうち回っていた。その有様は、まるで廃墟だ。廃墟だ。
小沢中将は、『プリンス・オブ・ウェールズ』を鹵獲しようとしたが、同艦は、総員脱出の後に、急速に浸水を起こし、沈んでいった。これは、乗員がキングストン弁を抜いたからとも、『大和』の主砲の水中弾効果とも言われている。南遣艦隊は、軽巡以下の艦艇を使い、溺者の救助を行ったが、フィリップス大将を始めとする東洋艦隊司令部と及び『プリンス・オブ・ウェールズ』艦長リーチ大佐の姿は、その中には見えなかった。
とある英水兵が、フィリップス大将とリーチ大佐に、退艦を促したが、両者は「ノーサンキュー」と言い、艦と運命を共にしたと証言したが、艦橋が『大和』の砲撃で壊滅的被害を生じてきた事、リーチ大佐の平生の主張(彼は、艦長が艦と運命を共にする事に対して、否定的であった)から信憑性に著しく欠けるとされた。
かくして、一二月八日から九日にかけて行われた海戦は南遣艦隊の勝利で、終了した。この海戦は、後にマレー沖海戦と名付けられることになる。大本営発表は、(この機関としては珍しく)戦果をそのまま発表し、各新聞社の夕刊一面はこの海戦が占め、勇猛果敢な文字が躍っていた。
曰く、東洋艦隊撃滅。戦艦二撃沈ス。
我海軍は一二月九日未明、英艦隊と砲火を交え、その悉くを撃沈した。
国民は、このニュースに沸き立ったが、海軍の反応はそれとは違っていた。いや、勿論嬉しい知らせであるのだが、本番である米海軍との決戦を前にして、『大和』の砲口径がばれていないかという話である。結論から言うと、これは杞憂に終わった。海戦に参加した英兵は、その全てが帝国海軍の捕虜にされていた。更には、『プリンス・オブ・ウェールズ』の生き残りを尋問した結果、『大和』の口径について、彼らが気付いていないことが分かったのである。
20
お気に入りに追加
93
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説

永艦の戦い
みたろ
歴史・時代
時に1936年。日本はロンドン海軍軍縮条約の失効を2年後を控え、対英米海軍が建造するであろう新型戦艦に対抗するために50cm砲の戦艦と45cm砲のW超巨大戦艦を作ろうとした。その設計を担当した話である。
(フィクションです。)

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)

小沢機動部隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。
名は小沢治三郎。
年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。
ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。
毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。
楽しんで頂ければ幸いです!
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。

皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

戦争はただ冷酷に
航空戦艦信濃
歴史・時代
1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…
1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。
蒼雷の艦隊
和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。
よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。
一九四二年、三月二日。
スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。
雷艦長、その名は「工藤俊作」。
身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。
これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。
これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
どこかで読んだ事のあるような…(´-ω-`)