艨艟の凱歌―高速戦艦『大和』―

芥流水

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戦争初期(1941~1942)

日米開戦四 決着

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 『リパルス』の乗員にとって、その衝撃は予想できない物であった。突如爆発音がしたかと思うと、船体が震え、傾き始めたのである。そう、七戦の放った魚雷が命中したのだ。

「魚雷命中!三本!」
 見張員の報告を聞き、栗田少将は、妥当な数字だと思った。それと同時に、九三式魚雷の性能に疑問を抱かずにはいられなかった。
 この魚雷が酸素を推進剤として使っていることで得られる利益は、炸薬量の大きさ(この魚雷は、他の物と比べると、倍近い炸薬量を誇っていた)や、航跡の不可視化だけではない。長大な航続距離をも、得ることができた。しかし、その命中率は他の魚雷と大差は無い(速力において大きい分、多少の増大はあるだろうが、誤差の範囲内であろう)。つまる所、この魚雷はその航続距離を活かしきれないのである。それが、この雷撃でハッキリした。
 とは言え、先程も述べた通り、九三式魚雷の炸薬量は、他の魚雷を大きく引き離している。それを持って、命中率の低さを補う戦法は可能であろうが。一本で三軒の家が建つと言われている程、高価な魚雷に、それでは不経済である。やはり、何かしらの誘導装置は欲しい。
「提案してみるか」
 栗田少将は、そうポツリと呟いた。

 とはいえ、『リパルス』には、魚雷三本で十分だったようで、急激に速度を落とすと、右舷に傾いていった。総員退艦の命令が出たのか、甲板からは、次々と海に身を投げる人影が見られる。
「救助は、海戦が終わってからで良かろう。先ずは『プリンス・オブ・ウェールズ』だ」
 栗田少将は、そう言い、戦隊に増速を命じた。

「『リパルス』轟沈!」
 その報告は、『大和』『プリンス・オブ・ウェールズ』で、殆ど同時になされたが、その反応は見事に違っていた。
 『大和』では、あからさまに安心した空気が流れ、『プリンス・オブ・ウェールズ』では、重苦しい空気が支配した。
 しかし、小沢中将は、他の面々と違い、難しい顔をしている。
「先を越されたな」
 その言葉は、小さかったが、艦橋を一瞬で沈黙に追いやる効果を持っていた。
「しかし、『大和』も命中弾は得ています」
 首席参謀の言葉に、小沢中将はウン、と頷いた。

「どうやら、ここまでの様だな」
 フィリップス大将は、静かにそう言った。Z部隊で無事なのは、最早この艦だけである。事態は明らかに劣勢であり、このまま海戦を続行すれば、文字通りの全滅すらあり得る。
「取舵!針路一九〇!最大戦速!」
 しかし、『プリンス・オブ・ウェールズ』の舵が効き始めるより早く、『大和』の第一斉射が飛来した。
 突如、第一砲塔が吹き飛んだかと思うと、前甲板が炎で包まれる。
「馬鹿な……たった一発で」
 フィリップス大将は、驚愕に目を見開き、呆然としている。『大和』はそんなフィリップス大将には、関係なく、ドンドンと砲弾を打ち出す。
 決定打となったのは、第三斉射であった。
 この砲弾は、『プリンス・オブ・ウェールズ』の司令部を打ち抜き、その内部で炸裂した。
 最早、『プリンス・オブ・ウェールズ』に、出港時の威厳は無い。艦橋は抉り取られ、砲塔はひしゃげ、甲板は焼け焦げ、炎がのたうち回っていた。その有様は、まるで廃墟だ。廃墟だ。

 小沢中将は、『プリンス・オブ・ウェールズ』を鹵獲しようとしたが、同艦は、総員脱出の後に、急速に浸水を起こし、沈んでいった。これは、乗員がキングストン弁を抜いたからとも、『大和』の主砲の水中弾効果とも言われている。南遣艦隊は、軽巡以下の艦艇を使い、溺者の救助を行ったが、フィリップス大将を始めとする東洋艦隊司令部と及び『プリンス・オブ・ウェールズ』艦長リーチ大佐の姿は、その中には見えなかった。
 とある英水兵が、フィリップス大将とリーチ大佐に、退艦を促したが、両者は「ノーサンキュー」と言い、艦と運命を共にしたと証言したが、艦橋が『大和』の砲撃で壊滅的被害を生じてきた事、リーチ大佐の平生の主張(彼は、艦長が艦と運命を共にする事に対して、否定的であった)から信憑性に著しく欠けるとされた。

 かくして、一二月八日から九日にかけて行われた海戦は南遣艦隊の勝利で、終了した。この海戦は、後にマレー沖海戦と名付けられることになる。大本営発表は、(この機関としては珍しく)戦果をそのまま発表し、各新聞社の夕刊一面はこの海戦が占め、勇猛果敢な文字が躍っていた。
 曰く、東洋艦隊撃滅。戦艦二撃沈ス。
 我海軍は一二月九日未明、英艦隊と砲火を交え、その悉くを撃沈した。

 国民は、このニュースに沸き立ったが、海軍の反応はそれとは違っていた。いや、勿論嬉しい知らせであるのだが、本番である米海軍との決戦を前にして、『大和』の砲口径がばれていないかという話である。結論から言うと、これは杞憂に終わった。海戦に参加した英兵は、その全てが帝国海軍の捕虜にされていた。更には、『プリンス・オブ・ウェールズ』の生き残りを尋問した結果、『大和』の口径について、彼らが気付いていないことが分かったのである。
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みんなの感想(1件)

chakunbo
2019.11.15 chakunbo

どこかで読んだ事のあるような…(´-ω-`)

解除

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