12 / 17
戦間期(1932〜1941)
開戦前夜一 仏印進駐
しおりを挟む
『大和』の竣工から、一月後、日本は南仏印に進駐した。これは、合衆国には、経済制裁を課す絶好の機会になったと見え、彼の国は直ぐに日本への石油輸出禁止を行なった。更には、連合国に名を連ねている国が次々とこれに続いた。
日本国内では、愈々開戦間近と見る声が高まってきた。これまでは、いつか世界とぶつかる時が来るだろう、という雰囲気だった物が、その時は今に変わっていた。軍部(特に陸軍)もこれに乗り気であり、海軍の中の親独派も同様であった。
時を同じくして、帝国海軍軍令部でも動きが見られた。
山本大将の唱える真珠湾攻撃の研究が、第一部に命じられたのである。とは言え、これを行なった嶋田大将自身が乗り気ではなく、不可能の為の確認といった面が強かった。
結果は嶋田大将の予想した通りとなり、可也の投機的作戦であること、リスクがリターンに対して高すぎることが理由となり、真珠湾攻撃は不可能であるとの結論に至った。
嶋田大将には、もう一つだけ動かなければいけない事があった。人事である。山本大将が本当に連合艦隊長官を辞める事になった場合、現在の情勢では、一瞬でもその席が空白になることは望ましくない。
彼は内密で人事部に、ポスト山本を出すように打診をしていた。
「で、この二人か」
人事部から提出された書類には、二人分の名前があった。
一人は、現在艦本部長の豊田副武中将。もう一人は、第二艦隊司令長官の古賀峯一中将である。
この二人では、豊田中将の方が兵学校で一期上である為、彼の方がより長官のポストには近いと言える。
しかし、問題は山本大将の立場である。彼は何かやらかした訳ではないので、更迭しにくい。それに、軍政方面に長けており、合衆国にも通じている数少ない人間である。
「可能ならば、そういうポストに付けても良いが」
軍事方面に口を出させてはいけない。それが彼の辞職の原因となるだけに。ならば、外交官にでもなったら、良いのだが。
「もし、及川さんが大臣を辞める事になれば、後に押してやるのも一興か」
そうすれば、嶋田大将自身にも軍政部方面への繋がりが持てる。それに、海軍中央から、陸へ少しだけ遠ざける事が出来る。
「今度はパナマを襲うなどと言い出されては堪らんからな」
「そうか…」
真珠湾攻撃が軍令部で不採用となった事を知らされた山本大将は、そう一言だけ答えた。
「俺は辞任を出すべきかな」
山本大将は、そう呟く。軍令部総長相手にあれだけ言ったのだ。それ位はすべきか?しかし、自分がいなくなった後に、誰が対米戦を指揮するのか、と言うと、これが不安であった。
海軍内で、航空主兵主義に目覚めている者の数は決して多くなく、しかも階級も平均して低い。その状態で、大艦巨砲主義の人間が長官になってみろ。航空兵器を十分に使いこなせずに敗退するに決まっている。必要なのは、空母の威力を最大限にまで高める事である。
何も、山本大将自身も空母で戦艦を撃沈出来るとは思っていない。それが出来るのは、よっぽど好条件下でないといけない。それが、港湾の奇襲である。
ならば、もう一度訴えるか?しかし、嶋田総長は一度決まった事を覆さないだろう。今度こそ辞任する羽目になる。その場合の後任は誰になる?
現役の海軍軍人で実戦で空母を十全に使える人物と言えば、最も階級が高い者で小沢治三郎中将であるが、彼はGF長官になるには若すぎである。
「いずれにせよ、今ここで辞める事は出来ぬ、か」
山本大将はため息を吐いた。
「よく来られました」
合衆国国務長官コーデル・ハルの目は、その言葉とは裏腹に冷ややかな物であった。
面倒な事になったな。駐米日本大使野村吉三郎は、そう思った。合衆国が日本の仏印進駐を快く思っていないのは、知っていたが、ここまでとは思わなかった。
「先日、貴国は我が国の度重なる忠告にも関わらず、南仏印へ兵を進めましたな。これは明確な侵略行為です。それを鑑みまして、先の措置に踏み切ったわけですが……」
「しかし、我が国にとって、石油の安定供給は死活問題です。それを分からぬ貴国ではありますまい」
両者の一言目は確認の様なものであった。本題に入りつつ、相手の腹を探る。
何とかして、落としどころを探らなくては。野村大使はそう、改めて決意する。しかし、それが可能かどうかは、分からなかった。
「それに、仏印への進駐はフランスの正式な要請を受けた上で行った物です。治安維持。進駐はその手段であって、我が国は決して仏印を併合しようという気はありません。それを侵略行為とは、余りにも飛躍してはいませんか」
「それが、本当のフランスなら、当然侵略にはさりません。しかし、それがフランスを騙る偽物であったなら、話は別です」
ハル長官は、あくまで丁寧な口調で語る。しかし、その裏には何か隠している物がある。野村大使は、外交官の直感でそれを見抜いていた。
ハル長官は続けて言う。
「治安維持が目的なら、当然期限があるのでしょうな。それは何時です?」
「残念ながら、ハル長官。治安維持には相手があります。その為に、それについてハッキリお答えすることは出来かねます」
「それは、無期限と言っているのと変わらないではありませんか」
ハル長官は、呆れたように言った。
日本国内では、愈々開戦間近と見る声が高まってきた。これまでは、いつか世界とぶつかる時が来るだろう、という雰囲気だった物が、その時は今に変わっていた。軍部(特に陸軍)もこれに乗り気であり、海軍の中の親独派も同様であった。
時を同じくして、帝国海軍軍令部でも動きが見られた。
山本大将の唱える真珠湾攻撃の研究が、第一部に命じられたのである。とは言え、これを行なった嶋田大将自身が乗り気ではなく、不可能の為の確認といった面が強かった。
結果は嶋田大将の予想した通りとなり、可也の投機的作戦であること、リスクがリターンに対して高すぎることが理由となり、真珠湾攻撃は不可能であるとの結論に至った。
嶋田大将には、もう一つだけ動かなければいけない事があった。人事である。山本大将が本当に連合艦隊長官を辞める事になった場合、現在の情勢では、一瞬でもその席が空白になることは望ましくない。
彼は内密で人事部に、ポスト山本を出すように打診をしていた。
「で、この二人か」
人事部から提出された書類には、二人分の名前があった。
一人は、現在艦本部長の豊田副武中将。もう一人は、第二艦隊司令長官の古賀峯一中将である。
この二人では、豊田中将の方が兵学校で一期上である為、彼の方がより長官のポストには近いと言える。
しかし、問題は山本大将の立場である。彼は何かやらかした訳ではないので、更迭しにくい。それに、軍政方面に長けており、合衆国にも通じている数少ない人間である。
「可能ならば、そういうポストに付けても良いが」
軍事方面に口を出させてはいけない。それが彼の辞職の原因となるだけに。ならば、外交官にでもなったら、良いのだが。
「もし、及川さんが大臣を辞める事になれば、後に押してやるのも一興か」
そうすれば、嶋田大将自身にも軍政部方面への繋がりが持てる。それに、海軍中央から、陸へ少しだけ遠ざける事が出来る。
「今度はパナマを襲うなどと言い出されては堪らんからな」
「そうか…」
真珠湾攻撃が軍令部で不採用となった事を知らされた山本大将は、そう一言だけ答えた。
「俺は辞任を出すべきかな」
山本大将は、そう呟く。軍令部総長相手にあれだけ言ったのだ。それ位はすべきか?しかし、自分がいなくなった後に、誰が対米戦を指揮するのか、と言うと、これが不安であった。
海軍内で、航空主兵主義に目覚めている者の数は決して多くなく、しかも階級も平均して低い。その状態で、大艦巨砲主義の人間が長官になってみろ。航空兵器を十分に使いこなせずに敗退するに決まっている。必要なのは、空母の威力を最大限にまで高める事である。
何も、山本大将自身も空母で戦艦を撃沈出来るとは思っていない。それが出来るのは、よっぽど好条件下でないといけない。それが、港湾の奇襲である。
ならば、もう一度訴えるか?しかし、嶋田総長は一度決まった事を覆さないだろう。今度こそ辞任する羽目になる。その場合の後任は誰になる?
現役の海軍軍人で実戦で空母を十全に使える人物と言えば、最も階級が高い者で小沢治三郎中将であるが、彼はGF長官になるには若すぎである。
「いずれにせよ、今ここで辞める事は出来ぬ、か」
山本大将はため息を吐いた。
「よく来られました」
合衆国国務長官コーデル・ハルの目は、その言葉とは裏腹に冷ややかな物であった。
面倒な事になったな。駐米日本大使野村吉三郎は、そう思った。合衆国が日本の仏印進駐を快く思っていないのは、知っていたが、ここまでとは思わなかった。
「先日、貴国は我が国の度重なる忠告にも関わらず、南仏印へ兵を進めましたな。これは明確な侵略行為です。それを鑑みまして、先の措置に踏み切ったわけですが……」
「しかし、我が国にとって、石油の安定供給は死活問題です。それを分からぬ貴国ではありますまい」
両者の一言目は確認の様なものであった。本題に入りつつ、相手の腹を探る。
何とかして、落としどころを探らなくては。野村大使はそう、改めて決意する。しかし、それが可能かどうかは、分からなかった。
「それに、仏印への進駐はフランスの正式な要請を受けた上で行った物です。治安維持。進駐はその手段であって、我が国は決して仏印を併合しようという気はありません。それを侵略行為とは、余りにも飛躍してはいませんか」
「それが、本当のフランスなら、当然侵略にはさりません。しかし、それがフランスを騙る偽物であったなら、話は別です」
ハル長官は、あくまで丁寧な口調で語る。しかし、その裏には何か隠している物がある。野村大使は、外交官の直感でそれを見抜いていた。
ハル長官は続けて言う。
「治安維持が目的なら、当然期限があるのでしょうな。それは何時です?」
「残念ながら、ハル長官。治安維持には相手があります。その為に、それについてハッキリお答えすることは出来かねます」
「それは、無期限と言っているのと変わらないではありませんか」
ハル長官は、呆れたように言った。
10
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
蒼雷の艦隊
和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。
よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。
一九四二年、三月二日。
スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。
雷艦長、その名は「工藤俊作」。
身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。
これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。
これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。
蒼海の碧血録
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。
そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。
熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。
戦艦大和。
日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。
だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。
ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。
(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
永艦の戦い
みたろ
歴史・時代
時に1936年。日本はロンドン海軍軍縮条約の失効を2年後を控え、対英米海軍が建造するであろう新型戦艦に対抗するために50cm砲の戦艦と45cm砲のW超巨大戦艦を作ろうとした。その設計を担当した話である。
(フィクションです。)
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
江戸時代改装計画
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
戦争はただ冷酷に
航空戦艦信濃
歴史・時代
1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…
1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる