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戦間期(1932〜1941)
『大和』建造六 竣工
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結局の所、艦本部員との喧々囂々とした議論の結果、『大和』竣工は三ヶ月早められる事となった。しかし、翌年(昭和一六年)の三月になると、再び繰り上げの要請が来た。今度は海軍省からの物で、命令に等しかった。そこで、更に工事を繰り上げ、結局の所予定していたよりも五ヶ月早い昭和一六年七月末に竣工が決定された。
さしもの西島大佐といえども、これには閉口し、必要とあれば徹夜工事も辞さじ、と褌を新しく締め直した。
この時点で、『大和』の司令部の改装をも行おうとしていたらしいが、軍令部内でも『大和』の扱いに結論が出ていない状態であったので、それは見送られている。というのも、旧来であれば『大和』は連合艦隊の旗艦とするのが定石であるのだが、『大和』の三〇ノットを超える高速力がそれを難しくさせていた。
具体的に言うと、『大和』を機動部隊の直掩隊に加えるだとか、遊撃部隊として金剛型と任務を同じくさせるという話が、軍令部内でも上がっていたのである。その為、司令部の改装は三番艦以降の物とするという事に決定していた。その為、『長門』が以降も連合艦隊旗艦として使えるように、横須賀にて司令部の改装を行っていた。
昭和一六年六月某日。山本大将は、赤煉瓦の一室である人物を待っていた。その顔は険しく、少なくとも世間話をしに来たわけではなさそうである。
「待たせたな」
山本大将は扉が開かれるなり、そんな声をかけられた。
「いえ、そちらも何かと忙しいでしょうに。面会に応じてくれただけでも感謝しております。軍令部総長殿」
その慇懃無礼な言葉を、皮肉とでもとったのか、入ってきた人物は無言で答え、着席を勧めた。
「それで、用件というのは何だ」
軍令部総長、嶋田繁太郎大将は開口一番にそう切り出した。その目は、山本大将に負けず鋭い。
「実は、連合艦隊はある作戦を考えていましてね。それを聞いていただきたいのです」
「聞くだけなら、良いだろう。話してみろ」
「真珠湾には、米軍の主力艦隊が集結していることは、ご存じですか?」
「ああ。それがどうした」
「それが、一挙に排除出来る作戦があるのです」
山本大将はそう切り出した。彼の暖めてきた真珠湾攻撃の利点を余すことなく伝える。
日米開戦と同時に、敵の本拠地である真珠湾を奇襲。そこに居並ぶ艦艇の悉くを、撃沈破しようというものである。
「一航戦参謀の源田実中佐や、大西瀧治郎少将も交えた討論の結果、作戦の遂行は可能であるとの結論に至っています」
嶋田大将は山本大将の言葉を全て聞いた後に尋ねた。
「それで、想定される被害の程は?」
「……空母一隻の沈没。それに航空機の約一割程度」
「それは、奇襲に成功した場合の物だろう。強襲になった場合や、気取られた場合はどうなる?」
嶋田大将の言葉に、山本大将はグッと言葉に詰まる。そして、しばらくの沈黙の後、とうとう観念したと見えて、答えた。
「気取られた場合には引き返します。前日に存在が察知され、強襲になった場合には、航空機の被害は三割程度に高まると思われます」
「当然、航空基地から空母への反撃もあるだろう。その場合はどうなる?」
「……恐らく、空母の半分は沈むかもしれません」
嶋田大将は、したりと笑みを浮かべる。
「その様な投機的作戦に、主力空母を全て投入するのか?」
「しかし、それをやらねば勝算は無きに等しい」
山本大将は余裕を欠いているのか、言葉遣いが乱雑になっている。
「どうしても、無理ですか」
ああ、と嶋田大将は答える。
「かくなる上は、こんな案を出すGF長官は辞めるしかないのでしょうかな」
「何が言いたい」
「この作戦が認められないようなら、私は辞任する」
「冗談は、よせ」
「冗談ではありません」
山本大将をなだめようとする、嶋田大将だが、それは叶わないようであった。山本大将の目は本気の者のそれであった。
「しかし、後任はどうする。アテは有るのか?」
嶋田大将の質問に山本大将は物怖じせずに答える。
「米内さんが適任でしょう」
この男、本気だな。嶋田大将はそう確信した。
両者はしばし、にらみ合う。先に折れたのは、嶋田大将であった。
「分かった。この段階で辞められては人事に関わる。軍令部の会議で上げてみよう」
しかし、山本大将は引き下がらない。
「いえ、是非ともここで認めて欲しいのです」
「それは、無理だ。いかなる作戦であろうと、それを取り仕切るのは軍令部だ。連合艦隊ではない」
ここらが潮時か。これ以上食い下がっても、嶋田大将は頷いてくれないであろう。会議で上げると約束させただけでも、十分か。山本大将は軍政畑を歩んできた男で有り、この辺りの引き際は心得ているつもりであった。
山本、嶋田両大将がやりあった一月後の七月一五日、この日遂に戦艦『大和』が竣工した。
五月から公試運転が始まり、その最中に瀬戸内海の周防灘で、主砲の射撃試験が行われた。その威力や凄まじく、轟音が周囲に響き渡ったが、主砲はびくともせず、周囲の装置や船殻も歪みや狂いは見られなかった。
さしもの西島大佐といえども、これには閉口し、必要とあれば徹夜工事も辞さじ、と褌を新しく締め直した。
この時点で、『大和』の司令部の改装をも行おうとしていたらしいが、軍令部内でも『大和』の扱いに結論が出ていない状態であったので、それは見送られている。というのも、旧来であれば『大和』は連合艦隊の旗艦とするのが定石であるのだが、『大和』の三〇ノットを超える高速力がそれを難しくさせていた。
具体的に言うと、『大和』を機動部隊の直掩隊に加えるだとか、遊撃部隊として金剛型と任務を同じくさせるという話が、軍令部内でも上がっていたのである。その為、司令部の改装は三番艦以降の物とするという事に決定していた。その為、『長門』が以降も連合艦隊旗艦として使えるように、横須賀にて司令部の改装を行っていた。
昭和一六年六月某日。山本大将は、赤煉瓦の一室である人物を待っていた。その顔は険しく、少なくとも世間話をしに来たわけではなさそうである。
「待たせたな」
山本大将は扉が開かれるなり、そんな声をかけられた。
「いえ、そちらも何かと忙しいでしょうに。面会に応じてくれただけでも感謝しております。軍令部総長殿」
その慇懃無礼な言葉を、皮肉とでもとったのか、入ってきた人物は無言で答え、着席を勧めた。
「それで、用件というのは何だ」
軍令部総長、嶋田繁太郎大将は開口一番にそう切り出した。その目は、山本大将に負けず鋭い。
「実は、連合艦隊はある作戦を考えていましてね。それを聞いていただきたいのです」
「聞くだけなら、良いだろう。話してみろ」
「真珠湾には、米軍の主力艦隊が集結していることは、ご存じですか?」
「ああ。それがどうした」
「それが、一挙に排除出来る作戦があるのです」
山本大将はそう切り出した。彼の暖めてきた真珠湾攻撃の利点を余すことなく伝える。
日米開戦と同時に、敵の本拠地である真珠湾を奇襲。そこに居並ぶ艦艇の悉くを、撃沈破しようというものである。
「一航戦参謀の源田実中佐や、大西瀧治郎少将も交えた討論の結果、作戦の遂行は可能であるとの結論に至っています」
嶋田大将は山本大将の言葉を全て聞いた後に尋ねた。
「それで、想定される被害の程は?」
「……空母一隻の沈没。それに航空機の約一割程度」
「それは、奇襲に成功した場合の物だろう。強襲になった場合や、気取られた場合はどうなる?」
嶋田大将の言葉に、山本大将はグッと言葉に詰まる。そして、しばらくの沈黙の後、とうとう観念したと見えて、答えた。
「気取られた場合には引き返します。前日に存在が察知され、強襲になった場合には、航空機の被害は三割程度に高まると思われます」
「当然、航空基地から空母への反撃もあるだろう。その場合はどうなる?」
「……恐らく、空母の半分は沈むかもしれません」
嶋田大将は、したりと笑みを浮かべる。
「その様な投機的作戦に、主力空母を全て投入するのか?」
「しかし、それをやらねば勝算は無きに等しい」
山本大将は余裕を欠いているのか、言葉遣いが乱雑になっている。
「どうしても、無理ですか」
ああ、と嶋田大将は答える。
「かくなる上は、こんな案を出すGF長官は辞めるしかないのでしょうかな」
「何が言いたい」
「この作戦が認められないようなら、私は辞任する」
「冗談は、よせ」
「冗談ではありません」
山本大将をなだめようとする、嶋田大将だが、それは叶わないようであった。山本大将の目は本気の者のそれであった。
「しかし、後任はどうする。アテは有るのか?」
嶋田大将の質問に山本大将は物怖じせずに答える。
「米内さんが適任でしょう」
この男、本気だな。嶋田大将はそう確信した。
両者はしばし、にらみ合う。先に折れたのは、嶋田大将であった。
「分かった。この段階で辞められては人事に関わる。軍令部の会議で上げてみよう」
しかし、山本大将は引き下がらない。
「いえ、是非ともここで認めて欲しいのです」
「それは、無理だ。いかなる作戦であろうと、それを取り仕切るのは軍令部だ。連合艦隊ではない」
ここらが潮時か。これ以上食い下がっても、嶋田大将は頷いてくれないであろう。会議で上げると約束させただけでも、十分か。山本大将は軍政畑を歩んできた男で有り、この辺りの引き際は心得ているつもりであった。
山本、嶋田両大将がやりあった一月後の七月一五日、この日遂に戦艦『大和』が竣工した。
五月から公試運転が始まり、その最中に瀬戸内海の周防灘で、主砲の射撃試験が行われた。その威力や凄まじく、轟音が周囲に響き渡ったが、主砲はびくともせず、周囲の装置や船殻も歪みや狂いは見られなかった。
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