6 / 17
戦間期(1932〜1941)
『大和』建造一 駐在監督官
しおりを挟む
昭和一一年春、ドイツ駐在監督官に任じられた西島少佐は、ハンブルクとキールの造船工場を見学した。キールでは、駆逐艦が建造されていたが、これには溶接が多分に使われていた。しかし、その利点を使ったブロック建造はしておらず、鋲構造と同じやり方を用いているのを見て、鋼材と溶接棒の他はドイツにも遅れていないと考えた。
ドイツが使っていた鋼材はST五二というものであり、これの引っ張り応力は、日本が使っているD鋼より弱く、抗弾性に劣っていたが、溶接性は遙かに高かった。
「このST五二の謎さえ解ければ、日本の溶接は世界に劣らない物となるに違いない」
西島はそう考えていたが、ここで思わぬ邪魔が入った。
ベルリンオリンピックも終わった九月。ヒトラーはベルサイユ条約を破棄し、再軍備四カ年計画を宣言した。これにより、ドイツは国を上げた軍備生産の活性化へと突入していった。それだけではない。造船所や工場への外国人の立ち入りが禁止されたのである。
これには西島少佐も弱った。文献による調査を進めて見るも、実際的な運用法は見つからない。そこで彼は一計を案じた。彼は造船所を離れ、橋梁の現場に行ったのである。ここでは電気溶接が造船より遙かに広く使われており、西島少佐は満足することができた。
日本に残っている人物も、無為に時間を過ごしてはいない。福田少将は艦上機の爆弾投下による実験において、鋲接と溶接の標的を作り、それぞれに爆弾を投下させた。
結果は意外な物だった。鋲接鋼は爆発の衝撃によりリベットが飛び出し、隣接している区域にも被害が及んだのに対し、溶接鋼はその区域のみに限られていた。溶接は防御面においても優れているという面を見せつけたのであった。
それだけではない。ドイツより送られてきたST五二鋼と電気溶接棒の研究が開始されたのである。この時、特に注目されたのは溶接棒であった。従来の溶接棒では、溶接したときに小さな気泡が鋼材の内部に入ったり、金属が冷えるときに引っ張られて溝ができたり、へこみができたりしていて、これらが強度の弱さに繋がっていた。しかし、ドイツから送られてきた溶接棒ではそれが無くなっていたのである。福田はこれが溶接棒の堅さの違いによって生じる物であると断定。即座にドイツと同様の高圧をかけ、成型する方式への転換を指摘した。
他にも、ドイツの治金学は世界最高峰と言っても過言ではないほど進んでおり、西島少佐はそれらを貪欲に吸収していった。例えば、検査方法においてもドイツは優れていた。X線検査、疲労試験、その様な先進的取り組みが、官民問わず行われていた。
昭和一一年末、海軍は第三次海軍軍備補充計画、通称マル3計画を纏めた。これは、戦艦二隻、空母二隻を始めとした六〇隻を超える軍艦艇を、昭和一二年から一六年にかけての五ヵ年で建造するという計画である。他にも、陸上航空隊、艦載機の拡充も含まれている、約一〇億円の予算をかける物であった。
驚くべきは、この内の二億円近くがたった二隻の艦にかけられていることだろう。そう、A140型の二隻である。
当然、これの可否を巡って国会では議論が噴出した。何せ、友鶴事件や第四艦隊事件から然程歳月は経っていないのである。この二つの事件により生じた、艦艇の改修で予定外の出費、それも膨大な額の物が出されたばかりである。
しかし、国際情勢の緊張や軍部の台頭を受け、結局この案は承認された。昭和一七年二月の事である。
実はこれに先立って、A140の命取りになりかねない時間が起きていた。
機関の問題である。
この時の案では、タービンとディーゼルが二基ずつであり、設計もそれに従い進んでいた。
何故、全機をタービン乃至ディーゼルに統一しないのかと言うと、それには日本特有の問題があった。
従来、高速性能と信頼が要求される軍艦艇には、蒸気タービンが使われていた。ところが第一次大戦後、ディーゼル機関の燃費の良さが主に民間内で注目されてきた。
海軍も軍縮条約によって、保持できる軍艦艇のトン数に制限がかけられる様になり、その中での航続力上昇にディーゼル機関が有用とされた。
当初海軍は、大型のディーゼル機関を外国から導入し、技術を得ようとしていた。
しかし、これは費用の面で取りやめになってしまう。そこで、海軍は独自にディーゼル機関の開発に乗り出すのであった。これには数々の物語があった。艱難辛苦を味わいながら、しかし技術者の努力がそれを打ち破る。非常に残念であるが、これらの物語は本筋からずれるので割愛しておく。
さて、それが形になったのが昭和九年。一一号内火機械が完成したのである。
しかし、これが難物であった。
この一一号内火機械は、潜水母艦『大鯨』に搭載されたのであるが、燃料の完全燃焼が出来ず、馬力は所定値の半分程度しか出さず、それどころか、黒い煙がモクモクと上がる有様であった。
ドイツが使っていた鋼材はST五二というものであり、これの引っ張り応力は、日本が使っているD鋼より弱く、抗弾性に劣っていたが、溶接性は遙かに高かった。
「このST五二の謎さえ解ければ、日本の溶接は世界に劣らない物となるに違いない」
西島はそう考えていたが、ここで思わぬ邪魔が入った。
ベルリンオリンピックも終わった九月。ヒトラーはベルサイユ条約を破棄し、再軍備四カ年計画を宣言した。これにより、ドイツは国を上げた軍備生産の活性化へと突入していった。それだけではない。造船所や工場への外国人の立ち入りが禁止されたのである。
これには西島少佐も弱った。文献による調査を進めて見るも、実際的な運用法は見つからない。そこで彼は一計を案じた。彼は造船所を離れ、橋梁の現場に行ったのである。ここでは電気溶接が造船より遙かに広く使われており、西島少佐は満足することができた。
日本に残っている人物も、無為に時間を過ごしてはいない。福田少将は艦上機の爆弾投下による実験において、鋲接と溶接の標的を作り、それぞれに爆弾を投下させた。
結果は意外な物だった。鋲接鋼は爆発の衝撃によりリベットが飛び出し、隣接している区域にも被害が及んだのに対し、溶接鋼はその区域のみに限られていた。溶接は防御面においても優れているという面を見せつけたのであった。
それだけではない。ドイツより送られてきたST五二鋼と電気溶接棒の研究が開始されたのである。この時、特に注目されたのは溶接棒であった。従来の溶接棒では、溶接したときに小さな気泡が鋼材の内部に入ったり、金属が冷えるときに引っ張られて溝ができたり、へこみができたりしていて、これらが強度の弱さに繋がっていた。しかし、ドイツから送られてきた溶接棒ではそれが無くなっていたのである。福田はこれが溶接棒の堅さの違いによって生じる物であると断定。即座にドイツと同様の高圧をかけ、成型する方式への転換を指摘した。
他にも、ドイツの治金学は世界最高峰と言っても過言ではないほど進んでおり、西島少佐はそれらを貪欲に吸収していった。例えば、検査方法においてもドイツは優れていた。X線検査、疲労試験、その様な先進的取り組みが、官民問わず行われていた。
昭和一一年末、海軍は第三次海軍軍備補充計画、通称マル3計画を纏めた。これは、戦艦二隻、空母二隻を始めとした六〇隻を超える軍艦艇を、昭和一二年から一六年にかけての五ヵ年で建造するという計画である。他にも、陸上航空隊、艦載機の拡充も含まれている、約一〇億円の予算をかける物であった。
驚くべきは、この内の二億円近くがたった二隻の艦にかけられていることだろう。そう、A140型の二隻である。
当然、これの可否を巡って国会では議論が噴出した。何せ、友鶴事件や第四艦隊事件から然程歳月は経っていないのである。この二つの事件により生じた、艦艇の改修で予定外の出費、それも膨大な額の物が出されたばかりである。
しかし、国際情勢の緊張や軍部の台頭を受け、結局この案は承認された。昭和一七年二月の事である。
実はこれに先立って、A140の命取りになりかねない時間が起きていた。
機関の問題である。
この時の案では、タービンとディーゼルが二基ずつであり、設計もそれに従い進んでいた。
何故、全機をタービン乃至ディーゼルに統一しないのかと言うと、それには日本特有の問題があった。
従来、高速性能と信頼が要求される軍艦艇には、蒸気タービンが使われていた。ところが第一次大戦後、ディーゼル機関の燃費の良さが主に民間内で注目されてきた。
海軍も軍縮条約によって、保持できる軍艦艇のトン数に制限がかけられる様になり、その中での航続力上昇にディーゼル機関が有用とされた。
当初海軍は、大型のディーゼル機関を外国から導入し、技術を得ようとしていた。
しかし、これは費用の面で取りやめになってしまう。そこで、海軍は独自にディーゼル機関の開発に乗り出すのであった。これには数々の物語があった。艱難辛苦を味わいながら、しかし技術者の努力がそれを打ち破る。非常に残念であるが、これらの物語は本筋からずれるので割愛しておく。
さて、それが形になったのが昭和九年。一一号内火機械が完成したのである。
しかし、これが難物であった。
この一一号内火機械は、潜水母艦『大鯨』に搭載されたのであるが、燃料の完全燃焼が出来ず、馬力は所定値の半分程度しか出さず、それどころか、黒い煙がモクモクと上がる有様であった。
24
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる