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番外編
2-5
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素喜君が夢見心地で帰ってくる数分前のこと。
イライラしながら部屋を行ったり来たりした。
まさか、約束を忘れたりしないだろうか?
エッチは二十歳からだと約束したはずだ。
もし、約束を破ろうものなら、絶対に、今度こそ、別れさせてやる!
「もう、大介お兄ちゃん、大きな体でウロウロしないでよ~。どうしたの?」
「……な、何でもねぇよ!」
「素喜お兄ちゃんと何話したの?」
「こ、子供は聞くな!」
怒鳴った俺は、落ち着こうと末っ子美春を膝に抱いた。キャッキャッと喜ぶ美春のおかげで、少し気分が落ち着いた。背中に好一も抱き付いてくる。
大丈夫。
修治はちゃんと、約束を守る男だ。
例え大人のキスを許したとはいえ、流されたりはしないはずだ。
「俺も抱っこ~!」
「お、おう」
「美春が先~!」
好一と美春をそれぞれの腕に抱えながら、ガチャリと開いた玄関を振り返る。
「あら、早かったのね。お泊まりするのかと思ってたわよ」
母さんがにこにこしながら出迎えている。ぼうっとしている素喜は、ただいまも忘れて入ってきた。
そのまま部屋へフラフラ歩いていく。慌てて好一と美春を降ろした。
「おい、素喜! ちょ、皆、来るなよ!」
「え~、何? 何かあったの?」
「な、何でもねぇから! いいな、ちょっと素喜と話があるから、来るんじゃねぇぞ!」
部屋に入った素喜を追って、ドアをきっちり閉めた。
素喜は部屋の中央でぼうっと座っている。前に回り込み、肩を揺すった。
「おい! おいったら!? お前……まさか……!!」
「兄ちゃん……」
潤んだ瞳が見上げてくる。唇がやけに赤く感じた。
キュッと一度唇を引き結んだ弟素喜は、夢見心地で囁いた。
「大人って……凄いね」
と。
どこか違う世界を漂う素喜は、俺ではなく、離れている修治を思うかのように目をとろんとさせた。
わなわな手が震える。
素喜を置いて部屋を飛び出した。皆が驚く中、受話器を取り上げ番号を押した。
プッと繋がった相手に、開口一番怒鳴った。
「てめ――!! 素喜に何しやがった!? 大人のキスまでっつっただろうが!!」
どよめく家族を構っている暇は無かった。
修治に怒鳴り散らしてしまう。
ところが修治も負けてはいなかった。
【大介のせいだろう!? 僕がどんなに必死で我慢してると思ってるの!? それを……大人のキスまで許すなんて……!! 僕だって男だし!!】
「だからっててめー約束破ってんじゃねぇぞ!? 二十歳までエッチは駄目だっつっただろうが!!」
【エッチはしてないよ!! ちゃんと大人のキスだけで我慢したよ!! それがどんなに辛いか……!! ……ぶわぁか大介――!!】
俺の家族に聞こえるほど、怒鳴った修治に仰け反った。なおも叫んでいる。
【素喜君すっっごく可愛いんだよ!? たまんないんだよ!!? これ以上僕を煽らないでよ!!】
「お、おい……」
【何であんなに可愛いの!? 本当に……本当に……! 苦しいよ……!】
今度は小声で囁いている。仰け反った顔を戻しながら、受話器に耳を当てた。
息が上がっている。
なんとなく、想像ができて慌てた。
「わ、悪かった……。押し切られてよ……」
【頼むから……ちゃんとストッパーになってて。僕も精一杯我慢するから……】
「分かった。…………なんつーか……」
もう、許しても良いような気がした。
素喜がフラフラしながら帰ってきた時は、約束を破りやがってと怒りがこみ上げたけれど。
こうして一生懸命、約束を守っている修治を見ていると、二十歳までという制約なんか掛けなくても、この先素喜を不幸せにするようなことはないと、断言できる気がした。
修治がとても素喜を大事にしているのは、良く分かった。俺も男だ、我慢する辛さは分かる。
純とそういった関係になってから、体が制御できない時があり、ほとほと困ったりもしたから。
「あのさ……」
【二十歳まで、僕は絶対、我慢するから】
強い声に言葉を止めた。
【我慢して、素喜君が二十歳になって、そうしたら誰にも何も、言わせないよ。もちろん、大介にも】
「修治……」
【だから、我慢する。良いね?】
俺の言葉を先読みしたような、強い言葉に笑った。
「分かったよ。悪かった。俺ももう、押し負けねえから」
【うん。じゃあね……】
「ああ」
電話を切った俺は、頑固だな、とやっぱり笑った。俺が許そうとしているのに、修治からそれを封じるなんて。
頭を掻きながら振り向くと、母さんと、美雪の顔が近かった。
「……素喜お兄ちゃん……大人になっちゃったの!?」
「あらいやだわ! 男の子の成長って早いのね」
女二人、嬉しそうに騒いでいる。そんな二人の肩を押した。
「ちげーよ。約束継続中だ」
「でも、大人のキスまでしたんでしょ?」
「……子供が興味持つな!」
美雪の頭を小突き、抱っこをせがむ美春を抱き上げる。
「母さんはもう、許してあげても良いと思うんだけどね~。素喜があんなに恋してるんですもの」
「乙女よね~。素喜お兄ちゃん、どんどん可愛くなってくもん! 友達も皆言ってるよ! 格好良いお兄ちゃんと可愛いお兄ちゃんが居て良いねって!」
「折れねぇのは俺じゃねぇよ。修治の方だ」
頬を擦り寄せる美春に笑いながら、高い高いと持ち上げた。天井すれすれに持ち上がる美春が笑っている。
「あいつはぜってぇ約束、守るよ。その後は……好きにすりゃ良い」
「大介お兄ちゃんも、純さんに一目惚れだもんね!」
美雪の言葉に思わず美春を落としそうになる。慌てて胸に抱き留めた。
「ひ、一目惚れなんかじゃねぇ!!」
「やだ、この子ったら顔真っ赤!」
「お兄ちゃん、純情~!」
「母さん! 美雪! からかうんじゃねぇ!!」
怒鳴った俺に、美春が両手を上げて喜んだ。とうっと腰に好一が飛び込んでくる。
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