SweeT&BitteR ~甘く甘く 時に苦く 僕らは恋をする~

樹々

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初恋トルネード

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 やがてパトカーが到着し、幾つか質問を受けた。正直に答え、二台目のパトカーが停まると犯人を乗せている。

 お婆さんに付き添って、証言人になった純も一緒に行くようだ。俺には仕事に戻れと胸を押してきた。

「じゃあね!」

「……ああ。あんま無茶すんなよ。んで熱出すな」

「……うん。気を付けるよ。お前も仕事、頑張れよ!」

「おう」

 パトカー二台が走っていく姿を見送った俺は、頭を掻きながら現場に戻った。パトカーが帰ったことで、見物していた人々も散っていく。その中に、追っかけが居たようだが、気にせず帰った。

 見て見ぬ振りが多い世の中になった。関わり合いになって、恨まれるのを恐れるあまり、手が出せない世の中。

 それを跳ね返すだけの力を持つ男が減っている。自分の身も、家族の身も、守れるだけの男が。

「……素喜と好一、でっかくなってっかな」

 強い男であってほしい。素喜の好きな奴が男というのは未だ釈然としない部分もあるけれど、大事なものを守るために立ち向かう力は失ってはいなかった。今はそれで納得しよう。

 現場に戻った俺は、すぐにガテン系の先輩達に囲まれた。皆が皆、顔が近い。顔が引きつってしまう。背中や腕を思い切り叩かれた。

「噂通りのイケメンじゃねぇか! 似合ってるぜ!」

「……は?」

「おめーちゃんと恋してんじゃねぇか!」

「ピンチに駆けつける彼氏って感じだったぜ!」

「あの兄ちゃんも根性あるしよ。見所充分だぜ!」

 わいわい騒ぐ先輩達。何の事なのか、俺だけがさっぱり分からなかった。

 そんな俺の目の前に、携帯電話が突き出される。その画面に、ある写真が映し出されている。

「……いつ撮った!?」

「うふん! このメロメロ~って感じの大介ちゃん、超可愛い!」

 社長令嬢の携帯画面には、俺と純が近い距離で笑い合っている画像が映し出されている。咄嗟に壊そうとした手は、先輩によって阻まれた。

 なんとかあの写真だけでも消去したい。俺の願い虚しく、残りの女二人が走ってくる。

「現像できたよ~!」

「ナイス!」

「はい、大介ちゃんにもあげる!」

 あげる、と差し出されたのは、携帯画面と同じ場面の写真だった。

「…………!!」

 どうやって現像したのだろう。パニックになった俺を先輩二人が後ろから羽交い締めにしている。暴れる前に抑えられ、足だけが空を切った。

「おちょくってんじゃねぇぞ!! ああ!?」

「落ち着け、大介!」

「離して下さい!! 全部消す!!」

「何で?」

 社長令嬢がヒラヒラと写真を振って見せた。その写真を俺の腰に差し込むように挟めている。

「これは紛れもなく、大介ちゃんの素直な顔じゃない。アタシだってね~、超悔しい感じなんだけど?」

 細い腕を組み、仰け反った社長令嬢は長い髪を顔を振る事で後ろに流している。

「何度好きだって言っても本気にしてくれないし、名前すら覚えてくれないし? せめて目の保養に来てるけど、やっぱり恋愛対象に入れてくれなかったし?」

「……あんた……ふざけてるだけじゃねぇか」

「本気よ? でも、見てくれないし? そんな大介ちゃんが、こ~んな顔して笑うなんてあり得ないし?」

 携帯画面を突き出される。

「……恋してる顔じゃない。この画像は永久保存版ね?」

「イケメンズって新鮮よね~」

「目の保養がまたできたね!」

 パンッ手を打ち合った社長令嬢とその友達二人は、さっさと踵を返してしまった。あの携帯電話だけでも叩き割りたい俺は、先輩二人を振り払う。失礼ながら押し退け、走った。

「消せよ!」

「消すのは画像? それとも大介ちゃんへの想い?」

 振り返った社長令嬢。細い体から、言い様のないプレッシャーを感じた俺は、自然と足が止まった。

「……んだよ、それ」

「どっちか一つしか消してあ~げない。知ってる? アタシが大介ちゃんと結婚したいって言ったら、するしかないんだよ?」

「……は?」

「でも、そんなのは嫌。でも諦めるにも決め手が足りないの。この人とちゃんと向き合って? そしてあつ~いキスしてきたら、諦めてファンだけに留めてあげる」

「……おい、ちょ、マジで話が見えねぇって!」

「じゃあね~」

 ヒラヒラと、小さな手が振られた。追い掛けようとした腕は再び先輩達に絡め取られた。今度は三人がかりなので、さすがに外れない。

 意味が分からない。どうして俺に、あの女との結婚話が持ち上がっているのか。

 我がままな社長令嬢に舌打ちした俺の頭を、親方が軽く叩いた。

「前々からな、お前と結婚させようって、社長が乗り気でな。でもお嬢様がそんなのは嫌だと突っぱねた。自分を見てくれない相手と結婚したくないってな。でもお前のことが好きだから、こうして汗くさい現場まで足運んでたんだ」

「……んなこと……言われても……」

「家族のために働いてるお前のことも、お嬢様は知っていた。だから何も言わずにファンとして、お前に会いに来てたんだな。健気じゃねぇか!」

 バシバシと痛いくらいに背中を叩かれた。拘束されていた腕が外れ、一歩飛んだ俺の頭を背伸びをしながら掻き回してくる。

「恋愛音痴もここまでくると罪だぞ。てめーの中の答え、てめーで見つけてこい。そうしたらお嬢様も納得されるさ」

「……んなこと言われても……」

「じっくり考えろ」

 もう一度俺の頭をこねくり回した親方は、手を二度打った。

 それが仕事に戻る合図だった。

 俺は項垂れそうになる顔を持ち上げ、前を向いた。

 仕事は仕事。

 とにかく今できることを放り投げることはできない。純のことも、社長令嬢のことも、後で考える。

 持ち場に戻りながら、ズボンに差し込まれた写真を手にして一瞬、考えそうになったけれど。ズボンの後ろポケットに詰め込んで、思いを打ち消した。

 現場は再び、血の気の多い男達の仕事場へと戻っていった。
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