SweeT&BitteR ~甘く甘く 時に苦く 僕らは恋をする~

樹々

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初恋トルネード

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***


 日が落ちる頃、純の熱はずいぶん下がっていた。家に帰っても大丈夫だ、という医者の言葉に従い、彼を連れ帰る。幸い、熱は高かったけれど咳がそれほど出ていなかったため、肺炎にはならずに済んだようだ。

 抗生物質をたっぷりもらい、タクシーで大塚家まで戻る。順番を代わってもらった親切な少女に会うことができなかったのが残念だ。もう一度、ちゃんとお礼を言っておきたかった。

 家に帰り、純を抱え上げて玄関をくぐれば、仕事から戻っていた親方と、遊びから帰っていた蓮司に出迎えられた。

「おう、どうだった」

「肺炎一歩手前って感じでしたよ」

「うわ~! マジで? 彼氏それでおかしかったのか」

「……彼氏じゃねぇ」

 一発頭を叩いてやりたくても、あいにく純を抱え上げているためできなかった。その状況を把握しているのか、蓮司がニヤニヤ笑っている。

 まったく、困った弟が一人増えた気がしてならない。

 二階まで純を運ぶ俺の後ろから、親方も蓮司も付いてくる。襖を開けてくれた蓮司に礼を言いながら、敷かれた二組の布団に戸惑った。

「これ……」

「お客さん用の布団。今日、干したから大丈夫だよ。兄ちゃんのも干したからちょい熱いかも」

「……サンキュー。助かった」

「へへ~。俺ってお利口でしょ?」

「さすが俺の息子だ!」

 バシッと親方に背中を叩かれ、蓮司も叩き返している。二人の親子漫才を背中に感じながら、客用の布団に寝かせてやった。

 呼吸はだいぶん落ち着いている。明日一日、安静にさせるよう言われているため、親方を振り返った。

「こいつ、明日まで預かって良いっすか?」

「おう、構わねぇよ。一人も二人も一緒だ」

「俺、耳栓して寝るから!」

「……電話しますんで、ちょい出てもらって良いっすか?」

 親方と、蓮司が、ニヤリと笑っている。ごゆっくり、なんて言いながら出ていった。

 やれやれだ。純の携帯電話を拝借し、いろいろとボタンを押して修治の電話番号を探した。携帯電話を持った事がないため、番号を押して通話を押すことしか知らない俺には未知の世界だった。

「くそ……どうやって掛けんだよ」

 訳が分からず押し続けていると、メモのような物が出てきた。俺の住み込み先である大塚家の住所が書かれている。

 どこで調べたのだろう。素喜だろうか。思いつつ、必死に修治の番号を探した。もしくは純の家の電話番号だ。

 押し続けていると、今度は写真が出てきてしまう。彼が取った写真だろうか。

「……つか、いつ撮ったんだよ」

 俺の写真が出てきた。横顔だ。不機嫌そうに眉根を寄せている。

 撮られた瞬間を全く知らない。彼に会っていた時は、素喜と修治を別れさせることで頭がいっぱいだったから。

 こんな写真を持っているなんて。

 俺の写真なんか持っているなんて。


『好きだ』


 言われた言葉を思い出し、唇を噛み締めた。彼は俺に、答えを求めなかった。

 グッと携帯を握り締め、頭を振って番号を探した。適当に押していると、ようやく修治、という名が出てきた。

 恐る恐るボタンを押してみる。何か発信しているような音がし、すぐに電話は繋がった。

【もしもし、純?】

「……俺だ、大介」

【大介が電話してるってことは、純は寝てるの?】

「ああ。こいつ、肺炎になりかけてやがった」

【……ええぇ!? それで?】

「とりあえず帰って良いって言われたから連れて帰った。明日、飛行機に乗せるの危ねぇから、もう一日だけ面倒みてやる」

【でも仕事は?】

「職場とそんな離れてねぇから。時々様子を見に帰るさ」

【ありがとう。大事にしてくれて】

 意味深な言葉に、ムッとなる。

「誤解すんなよ。ダチとしてだな」

【それでも良いんだよ。ありがとう】

 もう一度言われ、頭を掻いて次の言葉を飲み込んだ。



 俺は違う。



 俺は男に惹かれたりしない。



 そう言おうとして止めた。なんとなく、止めた。

【申し訳ないけど、もう一日お願いするね。明後日、僕がそっちに迎えに行くから】

「お前が?」

【場所が分からないだろうし、事情知ってる僕の方が良いかと思って】

「事情って何だよ」

【……分かるでしょう?】

 修治の言葉に、無言で答えた。

 彼も数秒、無言になる。

 お互い、無言の時を共有した。

 先に無言の時を破ったのは、修治だった。

【じゃ、宜しくね。また何かあったら連絡して】

「……ああ」

【純を宜しくお願いします】

 まるで頭を下げている修治が思い描けるほど、丁寧にお願いされてしまった俺は、どう答えて良いのか分からなかった。そっと通話を切り、眠っている純を見下ろした。

 額から滲み出た汗が、流れ落ちていく。思わず、手で受け止めた。

 熱い額は、次の汗を滲ませていた。
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