SweeT&BitteR ~甘く甘く 時に苦く 僕らは恋をする~

樹々

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初恋トルネード

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***


 自分の身に起こった災難に、結局そのまま眠ることができなかった俺は、フラフラしながら台所に立った。青いエプロンを身に着け、習慣になった朝飯作りにとりかかる。

 豆腐を切りながら、もやもやと頭が混乱している。



 何故、純が出てくるのか。



 どうして、彼を抱き締めたりするのか。



「……ちげーよ、ぜってーちげーって……!」

 ダンッとネギに包丁を叩き付けて唸った。頭を激しく振って映像を追い出すと、トントンと刻んでいく。鍋に投下した豆腐に火が通る頃、味噌を入れて味を確かめ、火を止めた。

 溜息は止まらないけれど、朝飯は作らなければ。浸けていたキュウリを取り出し、適当な大きさに切り分け皿に盛った。

 鮭を焼き、海苔を出して用意を整えた頃、炊飯ジャーがピーッと鳴る。ご飯と味噌汁も注いで用意を終えた俺は、パンッと自分の頬を叩いて気合いを入れた。

 親方である三男と、その息子蓮司を叩き起こしに行く。親方の目覚めは良い方だけれど、蓮司は寝起きが悪い。二階まで上がって襖を開け放ち、布団にしがみ付いて眠っている蓮司をゆり起こす。

「朝飯できたぞ」

「……ねみぃ~よ~」

「おら、起きろ!」

 布団ごと引っ張り起こした。しぶしぶ起きた蓮司がぼ~っとしている間に一階に降りていく。もう、顔まで洗って待っていた親方は、ニッと笑っている。

「休みの日まですまねぇな」

「良いっすよ。習慣みたいなもんすから」

「蓮司のバカはまだ寝てんのか」

 時計は六時半を指している。今日は日曜日で、蓮司は休みだが。朝食は家族揃ってとる、が親方の方針なので、休みの日でも朝六時半に朝食を取るのが大塚家の唯一の家訓だった。

 欠伸を交えながら蓮司が降りてくる。眠たい目を擦る彼に親方が笑っている。

「今日はやけに眠そうだな」

「兄ちゃんのせいだよ~」

「大介の? 何かあったのか?」

「あ、いや……べ、別に……」

「兄ちゃんが朝立ちしてさ~、一人絶叫すんだもん」

 あふっと欠伸をした蓮司に狼狽えた。何てことをさらっと言うのか。

 慌てる俺に、親方が顔を向けた。

「へ~、大介は堅物だと思ってたが、そうか。おめーも男だったんだな! それでこそ男だ! 立派に立たせろよ!」

「……褒める意味が分かんねぇっす」

 バシッと背中を叩かれた俺は、溜息と共に席に着いた。

 三人で朝食を取り、親方は仕事場へ、蓮司は部屋に引っ込んでいく。後片づけをするため台所に立った俺は、今日は休みをもらっていた。

 基本、家事というものをしない男二人だった親方と蓮司は、俺が来るまでは、ギリギリまで掃除をしない二人だった。住み込みで働かせてもらっている上に、家賃も食費も親方もちにしてもらっている俺は、極自然と家の事をするようになっていた。

 蓮司などは、シャツが毎日ちゃんと洗われているのに感動したほどだ。溜まった洗濯物は、週一回、近所のコインランドリーに持っていっていたらしい。

 今では俺が毎日、洗濯している。蓮司も畳んだりするのは手伝ってくれた。少し前までは食器も一緒に洗っていたのだけれど。

 彼は手荒い。すぐに皿を割ってしまう。そのため、食器の洗い方は、彼がもう少し手先が器用になってから教えようと思った俺だった。

 食器を洗い終え、さて、洗濯だ、と忙しく働いた。家事を一通り終えたら、少し外に出ようと思っている。せっかくの休みだ、長い散歩を楽しもうと思っている。工事現場に出ていなければ、追っかけも来ないだろう。帽子を被れば見つかるまい。

 浅草門まで歩いていくのも良い。天気予報では良く晴れると言っていたし、お金も掛からない。大量の洗濯物を洗濯機に詰め込んだ俺は、掃除機を手にした。

 時計は八時を回っている。九時には出られそうだと隅の方まで掃除機を掛けていた。

「お~い、大介! まだ居るか~?」

 掃除機の騒音を押し退けながら、親方の声が玄関から響いている。掃除機を止め、玄関まで歩いた俺は、ピタリとその足を止めた。

「お、良かった。まだいやがったか。ほれ、お客さんだ。ダチなんだろう?」

 そう言って、親方が男を一人、手招きしている。

 少し長い黒髪と、やや垂れた瞳。細そうに見えて意外にがっしりしている体を持つ立川純が、にこりと笑っている。

「や、久しぶり。来ちゃった」

「…………な……な……!」

「てか、エプロン、あんまり似合わないね~。もうちょっと大きなサイズなかったの? 小さいよ」

「………………!」

 にこにこ、にこにこ、純が笑っている。

 彼の声が玄関に響いている。

 彼が一歩、踏み出した。

 俺の足は、一歩、後ずさっていた。

「……てこら! 大介! どこ行きやがるんでい!」

 一歩どころか俺の足はどんどん、後ずさっていく。クルリと反転し、階段を駆け上がっていた。
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