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初恋トルネード
プロローグ
しおりを挟む僕・榎本修治の頬は緩みっぱなしだった。テーブルに俯せて眠ってしまった可愛い恋人・山本素喜君。新聞配達が終わってから僕の家に戻ってきた彼は、テレビを見ているうちに、うとうとと眠ってしまった。
柔らかい黒髪が少し伸びている。顔に掛かるその髪をどかしていると、幸せだな~と感じた。
僕の家のベッドには、クリスマスにあげた動くパンダのぬいぐるみと、彼が買ったふわっふわのパンダのぬいぐるみが置かれている。二匹は静かに僕達を見守っている。
起こすのがもったいなくて、見守り続けて三十分。玩具屋のアルバイトに行くまで、ベッドに寝かせてあげた方が良いかなとようやく離しがたい手を離した。抱き上げようと腰を浮かし掛けた僕は、テレビから流れてくる映像をなんとなく視界に入れた。
≪はい! こちらイケメン探偵団です! 今日のイケメンは、大工さん! 長身で、男気溢れるイケメンと聞いています!≫
「……大工」
まさかね、と素喜君の肩に手を置いた。でも、とテレビから視線が外せない。
リポーターはカメラマンと一緒に工事現場へと足を向けている。早い時間からトンテンカンテン、忙しそうに働いているガテン系の男達がたくさん居た。高い位置まで組まれた足場で、建設途中のビルを囲んでいる。
≪すみませ~ん! こちらに超イケメンな大工さんが居ると聞いてお伺いに来たのですが~!≫
リポーターは若い女性だった。手前に居たムキムキの大工に声を掛けている。テレビが来たと気付いた大工は、被っていた黄色いヘルメットを急いで脱いだ。
≪おう! 俺のことか!?≫
≪お兄さんもステキですね。でも、読者投稿では、二十歳くらいの青年だって聞いているのですが≫
≪心は若いぜ!≫
≪素敵なことですね! それで、心当たりの方はいらっしゃらないでしょうか?≫
そわそわしている大工を軽く受け流すリポーターは、なかなか場数を踏んでいるようだ。ムキムキの大工に全く動じていない。
二人が話していると、他の大工も集まってきた。皆、三十前後で、ムキムキしている。囲まれたリポーターは、どの人がそうなのかと探しているようだが、お目当ての青年は居ないようだった。
≪他にはいらっしゃらないのでしょうか?≫
≪やっぱ、あいつの事じゃねぇのか?≫
≪か~~! あいつが素直に出るかよ≫
≪だよな。嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。とっとと帰った方が良いぜ≫
ムキムキ大工達は、リポーターに帰った方が良いと説得し始めている。だが、彼女にもプロ根性があるようだ。引き下がらない。
≪お願いです! お茶の間の若い女性が待っているんです!≫
≪まあ、呼んでやらねぇことはねぇけどな≫
≪放送できなくなっても知らねぇぜ?≫
渋る大工達。僕はハラハラしながら見守った。
これは生中継なのだろうか、録画だろうか。素喜君から離れた僕は、無意識に携帯を手にしてしまう。親友の立川純の番号を押そうかどうしようかと、迷ってしまう。
大工の一人が奥に声を掛けるため怒鳴っている。ビリビリと大きな声量に思わずリポーターが耳を塞いだ。
≪大介!! ちょいこっちこい!!≫
大介、そう言った。
僕は急いで発信ボタンを押した。
≪……何すか? つか、何やってんすか?≫
長身の、引き締まった男が小走りに近付いてくる。僕の携帯電話はコールを鳴らし、繋がった。
【もしもし? どうしたんだ……】
「て、テレビ! テレビ見て!!」
【テレビ?】
純がテレビを点けている音がしている。チャンネルを教えると、あ、と声が漏れている。
≪親方が待ってますよ。……てか、あんたら、誰だ? 部外者はすっこんでな。危ねぇぞ≫
黄色いヘルメットを被っていたけれど。凄みをきかせる声は健在だ。ヘルメットの奥から鋭い目が睨んでいる。
≪イケメン探偵団だってよ≫
≪は? つけ麺?≫
≪ば~か! イケメンだよ、イケメン! お前のことだよ!≫
先輩大工なのだろう、山本大介のヘルメットに手を掛けている。無理矢理脱がせた男は、カメラの前に大介の顔を突き出させた。
≪いてーっすよ! 何すか!≫
≪全国美少女のみなさ~ん! 昔気質のイケメンで~す!≫
≪現在彼女無しのピチピチ二十歳! 俺の背中に付いてこい! をモットーに彼女募集中です!≫
≪ぜひ、付いていきたいそこのあなた!≫
≪大塚大工店までどうぞ~!≫
先輩大工は、軽く大介を抑え込んでいる。
僕は急いで素喜君の肩を揺さぶり、起こしていた。眠たそうな顔が起き上がり、無言でテレビを指差す僕を見た後、小さく呟いた。
「兄ちゃん……何でテレビに出てるの?」
「イケメン探偵団だって……全国ネットで彼女募集しちゃったよ」
「……ぇ」
画面では、イライラした大介が暴れるように先輩達を押し退けた。すかさずリポーターがマイクを突き出している。
≪お名前は? 身長高いですね! 何センチですか? 好みの女性は? あ、もしかして先輩に内緒で付き合ってたりする? モデルとかしないの? 期待以上のイケメンでびっくりしちゃった!≫
大介の眉が吊り上がった。突き付けられたマイクを握り締めている。
≪ごちゃごちゃうっせーんだよ!! あ!? 刻むぞてめー……ふがっ!!≫
≪は~い! シャイボーイな大介君でした!≫
≪ぜひ、ご用の際は大塚大工店へ!≫
≪ちなみに俺も彼女募集中! ムキムキな体で待ってます!≫
≪あ、ずりーぞ! 俺も募集中~!≫
≪俺も!≫
≪俺もだよ!≫
先輩大工の一人に引きずり降ろされた大介の前に、ムキムキの男達が群がった。画面いっぱいがガテン系のムキムキで埋め尽くされている。
リポーターが必死に後ろから叫んでいる。
≪い、以上! 今日のイケメンでした! また来週も見てね~!≫
≪待ってるよ~!≫
≪彼女欲しい~~!!≫
ブッと、画面が切れるとCMに突入してしまった。呆然と見ていた素喜君が恐々と僕を振り返っている。
「……兄ちゃん、切れてないかな」
「いや、もう切れてたと思うよ。でも先輩大工さん、強そうだし、大丈夫じゃないかな……」
たぶん。
不安は大きいが、ムキムキな男がいっぱいだ。殴り掛かったりはできないだろう。
ほうっと濃い数分間に脱力した僕は、手にした携帯がまだ通話中だったのを思い出す。
「純? 見てた?」
返事は無かった。微かに聞こえるテレビの音は、僕達が見ている物と同じだから、見ていたはずなのに。
「純?」
もう一度呼び掛けたら、ようやく返ってきた。
【……大介】
と。
その声が、少し震えていたような気がして。再度呼び掛けた時、彼はもう、いつもの彼だった。
【ありがと! 面白い物見ちゃったよ】
「……そうだね」
【じゃ、またな! 素喜君と仲良くな!】
元気良くそう言った純は、通話を切ってしまった。携帯を閉じながら、違う番組に変わってしまったテレビを虚しく見つめる。
教えない方が良かっただろうか。
でも、純にも元気そうな大介の姿を見せてあげたかった。
「立川さん……何て?」
「僕が聞く前に切っちゃったよ」
「そっか……。兄ちゃんの性格じゃ、男に惹かれたりしないだろうし……」
「純も分かってるんだと思う」
だから深い位置まで踏み込まないでいる。大介が東京に戻って一ヶ月経ったけれど、一切連絡を入れていないようだった。
せめて大介が携帯を持っていれば、メール交換くらいできただろうに。
「上手くいってくれたら凄く嬉しいんだけどな」
「……難しいかも。俺達のこと反対してたし。もしも立川さんの事、好きになったとしても素直になれないと思う」
「そうだね」
寝癖のついていた素喜君の髪を撫でた僕は、やっぱり教えなければ良かったと後悔した。
その後悔が、大きく膨らんでしまうのは、それから一週間後のことだった。
この時の僕は、まさか彼がそんな行動に出るなんて、思いもよらなかった。
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