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ライバルは最強兄ちゃん
3.素喜VS兄ちゃん
しおりを挟む気分は最悪だった。
兄がとうとう帰ってきた。修羅場になることは分かっている。
あの兄が、男と付き合っているなんて絶対に認めないことは分かり切っていたから。
それでも俺は、修治さんと一緒に居たい。彼に出会ってからずっと、心は惹かれっぱなしなのだから。
「元気出して。今日、バイトが終わったら僕も一緒に行くから」
「……修治さんは来なくて良いよ。殴られちゃうから」
「喧嘩しに行く訳じゃないんだから」
ポフッと頭に手を乗せてくれる。この手が好きだ。父が亡くなってから、兄に鍛えられ続けた俺にとって、母さん以外にこうして温かい手を乗せてくれる人は居ない。
兄はいつも俺を鍛える。男なのだから、次男なのだから、自分が稼ぎに出ている間、家族を守れ、と。
男らしくあれ、強くあれ、そればかりだ。
兄を慕う一方で、俺の言葉も聞いてくれたら良いのにと思う事も多い。話しも聞かず、殴られる事が多々あった。
だからだろうか、修治さんのような温かい人に惹かれてしまうのは。彼は俺の言葉を何でも聞いてくれる。耳を傾けてくれる。
亡くなった父よりも、温かい手を俺にくれた。
「ほら、ね?」
今度は両肩を叩かれる。目の前でにこりと笑った修治さん。
彼の家から直接、バイト先へと来ている。一度家に戻った方が良いのでは、と修治さんに言われたけれど。朝の新聞配達を終えた後、家には戻れなくて修治さんの家に居させてもらった。
今日は日曜日なので、彼も一緒に朝からバイトに入る。ずっと続けている玩具店の店長は、俺みたいに感情表現が下手な男でも、得意分野を伸ばしてくれた。ディスプレイをするのは楽しいし、子供達が喜んでくれるので俺に合っている。
このまま二十歳までバイトを続ければ、正社員として上に推薦すると言ってくれている。ここで問題は起こせない。二十歳になるまで、精一杯真面目に続けようと思っている。
気合いを入れるため、自分の頬をパンッと叩いた。バイトが終わったらいよいよ兄との対決になる。きっと仁王立ちして待っていることだろう。
絶対に負けない。
修治さんのことを認めてもらうまで闘う。
そう、決意した俺は、持ち場に戻っていく修治さんを見つめた。彼はヒラヒラと手を振って、棚の奥に消えた。
俺も仕事をしよう。頼まれていたディスプレイを整えるため、脚立を運んでくる。開店から一時間が経ったせいか、子供達が駆け出しては遊んでいる。
その波を抜けながら、脚立を設置して、上がろうとした時だった。
「……素喜」
低い声に、体が無意識に反応した。振り返った時には遅くて、自分の体が吹き飛んでいた。容赦のない一撃が左頬に入り、棚に体が当たって止まった。
「何で殴られたか、分かってるな?」
棚から落ちた玩具が派手な音を立てている。店の売り物が幾つか壊れてしまった。
切った口元を拭いながら起き上がる。まさか方向音痴の兄がバイト先に来るとは予想していなかった。
「俺が居ない間に、ずいぶん腑抜けになったみてーだな」
「……兄ちゃん」
「帰るぞ」
強引に右手を取られた。振り払おうとしてもその力は強い。なんとか足に体重を掛け、兄の猛攻を防ごうとするけれど。
それ以上の力が兄にはある。幼い頃から知っている。兄は喧嘩で負けたことはない。
「兄ちゃん……待って! バイトの途中で……」
「うっせー!!」
「兄ちゃん……!」
このまま迷惑を掛けたままで帰る訳にはいかない。店長にはお世話になっている。子供達とだって仲良くなった。
突然の騒ぎに、お客さんが騒ぎ出している。店の奥に居たはずの店長も飛び出してきた。兄に引っ張られている俺を見て、戸惑うように近寄ろうとしたけれど。
兄の眼孔に足が竦んでいる。狂暴化した兄に立ち向かえる人なんて、この世に居るのだろうか。
唇を噛み締めながら店長に頭を下げた。この場は俺が出ていくしかない。そうしなければ、兄はもっと暴れるだろう。
もう二、三発は殴られる覚悟を持って俺が歩き出した時だった。俺の腕を掴む兄の腕を捕まえた人がいる。
「いきなり殴るなんて、おかしいと思います」
「……あ? 誰だ、てめー? すっこんでろ。俺達兄弟の問題だ」
「そうはいきません。殴られた理由が、僕には分からない。お兄さんだからって、言葉も聞かず殴るなんて、僕には納得いかない!」
グッと兄の手を握り締めた修治さん。俺を捕まえる兄の手を無理張りはぎ取っている。そうして俺を背中に庇った彼は、あの兄と、真正面から睨み合っている。
初めて見た。
修治さんが怒っている姿を。
穏和な彼でも、人を睨むことはできたのか。
「割り込んできてんじゃねぇよ!」
「あなたが怒っている理由は何ですか?」
「あ? 喧嘩売ってんのか!?」
兄の手が修治さんの胸ぐらを掴んでいる。その手に修治さんの手が乗せられた。
「僕は理由を聞いているんです」
「……てめー……誰だ?」
「榎本修治、素喜君とお付き合いしている者です」
「………………!」
兄の目が鋭く尖る。反射的に飛び出した。兄の腕に渾身の力を込めて体当たりする。
間一髪、修治さんを殴ろうとした兄の右手は止められたけれど。上から睨まれ、反対に押し返されていた。尻餅を付きながら睨み合う二人を見上げる。
「てめーが素喜を腑抜けにした奴か!」
「腑抜けにした覚えはありません! 話しも聞かず、殴るのがあなたの教育ですか!」
「うっせーつってんだろうが!! 男が男に惚れるなんざ反吐が出るんだよ! 素喜は俺が鍛え直す! てめーはすっこんでろ!!」
「そうはいかない!! 僕は素喜君のことを……」
「それ以上気色悪いこと言ってんじゃねぇ!!」
兄の右手に力が込められている。渾身の力で殴る気だ。そんなことをすれば修治さんの頬骨は折れてしまうだろう。しがみついてでも止めようとした俺よりも先に、兄の右腕を掴んだ人が居た。
全身の体重を掛けて止めた人は、少し長い黒髪の青年だった。
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