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世界は二人のためにある
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バレンタインデーは平日だったため、僕はチョコレート持ってきてくれる女の子を断るのに大変だった。義理ばかりだけれど、丁寧に断り続ける。
今年は素喜君が居るから。
僕があげる方だから。
大学の講義が終わると早々に荷物を片付け始めた。今日は夕方からのバイトだ。テニスサークルは休ませてもらう日だった。
「お~い、修治。恋してんな~」
「うん。もう、ドキドキ」
「いや、びっくりだ。お前がそんな嬉しそうな顔してるなんてな。よほど楽しみなんだな」
「うん!」
僕がチョコレートあげたら、どんな顔をするだろう? 想像するだけで顔が緩んでしまう。頬が垂れ下がる僕に、純がからかうように腰をつついてくる。
「で、バイトが終わった後に会うのか?」
「そんな感じ」
「へ~ふ~ん」
ニヤリ、と純が笑っている。
教科書を鞄に詰め込んだ僕は、まさか、と彼を振り返る。
「来るつもり?」
「おう!」
「何で?」
「見たいじゃないか。お前の彼女」
「……もうちょっと後にしてくれないかな。純が好きになっちゃったら困るから」
「おいおい。親友の彼女を取るかよ。俺はその彼女の友達に用があるの。可愛い子を紹介してちょーだい!」
「それ、難しいかもね。照れ屋さんだから」
女の子の友達は居ないだろう。
立ち上がった僕の上着を掴んでいる。反動で眼鏡が少しずれてしまった。
「まあ、遠くからでも見させてもらうから」
「分かったよ。でも、邪魔したら駄目だよ?」
「分かってるって」
「じゃ、またね」
手を振った僕は眼鏡を戻し、また女の子に捕まる前に急いで校舎を出ていく。自転車置き場まで走り、高速で漕いで帰る。
大学が終わった後はすぐにバイトだ。家には寄らず、玩具店へ直接行くことにしている。ひたすら漕ぎ続ける僕の鞄には、ちゃんと板チョコも入っている。
バイト先の玩具店に着いた頃、少し汗をかいていた。自転車を止めて降りると、冷たい空気に汗が冷やされていく。
店の裏口から回り、ロッカーで着替えをしている時、素喜君が顔を覗かせた。脱いだトレーナーをハンガーに掛けながら笑って迎える。
「こんばんは、素喜君」
「こ、こんばんは……!」
「休憩?」
「う、うん……」
「そっか」
今、渡そうか。
いや、意識して仕事に支障が出てはまずい。
渡すのは終わってからにしよう。
店の制服を取った僕は、身に着けながら素喜君を見る。
どうしてか、真っ赤だ。
白い頬が充血したように赤い。
「どうしたの?」
「あ、あのさ……」
「うん?」
「あの……あの……」
だんだん、声が小さくなる。シャツのボタンを留める手を休めた僕は、彼の顔を覗き込んだ。
「…………!!」
「熱かな? 顔が赤いよ」
額に手を当ててみれば、それほど高くは無い。
それなのに、顔の赤さは首まで達していく。
鋭い目元が赤味を帯び、引き結んだ唇が震えている。
これは、照れている時の素喜君だ。
「何? どうかしたの? 僕に話があるの?」
問い掛ければコクコク、機会人形のように頷いている。
あまりに可愛くて、ギュッと抱き締めた。
「…………!?」
「何? 話って」
ロッカールームには僕と素喜君だけだから。ちょっとくらい、くっついても大丈夫なはず。細いのに引き締まっている背中を撫でていく。硬直した彼は、僕の制服を握り締めている。
「わ、わた……わたし……たい……ものが……!」
「ん? 何? 聞き取れないよ」
「…………うぅ~~!」
唸っている彼の顔を覗き込めば、顔から湯気が噴き出しそうだ。ボタンを填めていなかった胸元に、彼の顔が埋まっていたから。もの凄く、意識をしてもらっているようだ。
微笑みながら少し距離を取った。俯いてしまった顔に手を添え、そっと押し上げる。眉間に寄った皺は、怒っているのではなく、困っている時の癖だ。
「ごめんごめん。それで? わたし?」
「ち、違う……! わ、わ、わた……!」
「お~い、素喜君! 休憩中済まないが、ディスプレイ頼めるかな?」
ロッカールームのドアの前から、店長の呼び声が掛かっている。凄い速さで僕を押し退けた素喜君は、店長がドアを開けた時には離れていて。
「悪いね。子供がぶつかっちゃったみたいで」
「いいい、いいえ!! すぐ行きます!!」
「あ、ああ、ありがとう」
力一杯返事をした素喜君は、脱兎の如く飛び出していく。それを見送った店長は、暫く呆然とした後、僕を振り返る。上から下まで眺めた彼は、僕の肩をポンッと叩いた。
「若いね~」
「そうですね~。素喜君、足速いですから」
「そうじゃなくて……あんまりロッカーでイチャイチャしちゃ駄目だよ? 誰かに見られたらまずいしね」
「はい?」
訳がわからなくて小首を傾げた僕に、彼はうんうん、頷いている。
「榎本君は本当に素直だね。お陰様で若い奥様方が見に来るようになったって言うか。うちの二枚看板になったって言うか」
はて、何の事だろうか。
僕はますます首を傾げてしまう。そんな僕に笑った店長は、もう一度肩を叩くと出ていった。
良く分からなかったけれど、勤務時間が迫ってきている。着替えを済ませ、身を引き締めると売場へと向かった。
終わったら一緒に帰って、その時に渡そう。
子供が崩してしまったディスプレイを綺麗に整えている素喜君に微笑んだ僕は、早速迷子の子供に出くわした。泣き出しそうな男の子の頭を撫でながらしゃがみ込み、一緒にお母さんを捜しに行く。
「大丈夫。す~ぐ、見つかるからね」
「……うん」
「迷子になっても泣かなかったよって、お母さんに言おうね」
「うん」
ちょっとだけ強くなった子供を連れて、受付へと向かった。そこで迷子の呼び出しをしてもらう。その間、男の子と話をしていた僕は、迎えに来たお母さんに駆け寄る男の子を最後まで見届けた。
僕もあんな風に、お母さんに甘えていたのだろうか。
思うと、胸が少しだけ寂しい気持ちになる。
でも、今は。
商品を運んでいる素喜君の姿を遠く眺め、思わず微笑んでしまう。眼鏡を外した僕は、大きく一度伸びをして持ち場に戻った。
奥様方がヒソヒソ何か言っていたけれど、僕は僕のやるべき事をしなければと働いた。
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