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世界は二人のためにある
1.二人だけのお正月
しおりを挟む元旦。
近年のお正月は、家の中でのんびりするものから、初売りを狙って血相を変えるものへと変わってきていると思う。俺が働いている玩具屋でも、その波は確実に来ている。
ごった返す人の波にもまれながら、急いで無くなった商品の補充に努めた。子供が掻き回すように扱い、乱れてしまった棚も手早く直していく。
そして俺は、どうしても、気になって気になって仕方がなくて。
手が空いたらすぐにあの人の所へ行った。
「……大丈夫?」
「……ぅん? ……うん。大丈夫だよ」
にこりと、微笑んでくれる修治さんの顔は真っ赤だった。目元は潤んでいる。
昨日の大晦日から、彼は風邪を引いていた。そして今日、売場に出た時には熱が上がってしまった。仕事が忙しいせいもあるのだろう。修治さんはたとえ熱が出たとしても、手を休めたりはしなかった。
「やっぱり帰った方が良いよ。俺が頑張るから」
「……素喜君は心配性だな。大丈夫だって。今日は大変なんだか……ら……」
立ち上がった彼は、そのままフラリと傾いた。咄嗟に受け止める。俺の肩に被さった彼は、頭を軽く振って体勢を整えた。
「ごめんごめん。さ、急がないと。ね?」
「……うん」
「本当に大丈夫だから」
ポンッと俺の頭に手を乗せた修治さんは、商品を補充するため倉庫の方へと向かった。俺も自分の持ち場へと戻る。彼が気になったけれど、仕事の手を休める事はできなかった。
別の商品を売りたいと、パートのおばさんに頼まれたのでディスプレイをやり直しにかかる。少しでも売れるように協力しなければ。俺の取り柄はそれしかないから。
高い場所に玩具が可愛く見えるよう、工夫をしていた俺を店長が呼んだ。ごったがえす店内で脚立を置いたままでは危ないため、たたんで運んだ俺を手招きしている店長。倉庫まで連れて行かれた。
修治さんに聞いた話では、三十二歳の若い店長だった。奥さんと子供が居る、一般的な家庭だと聞いている。修治さんとは性格が合うらしく、歳の差を越えて話しているのを良く見かける。頭髪が少しだけ薄いのを気にしているそうだ。
「悪いね、仕事中に」
「いえ。どうかしたんですか?」
「榎本君がさっき倒れてね」
「…………!?」
「あ、といっても、気絶とかじゃないんだ。熱でふらついてね。今日は帰ってもらうことにしたんだ」
だからあれほど今日は帰った方が良いと言ったのに。駆け出したい気持ちを必死で抑えながら、店長の指示を待った。キュッと口元を引き結んだ俺に苦笑している。
「榎本君、一人暮らしだし、山本君に行ってもらいたいのは山々なんだけど。このお客さんの数だからね。二人も抜けられるのは痛いんだ」
「……はい」
「だから済まないが五時までは、我慢してくれ。次のバイトの子が来るからね。そうしたら君も上がって良いから」
「で、でも……その……」
「心配なんだろう? 顔に書いてある。僕も心配だから。念のためタクシーで帰したから大丈夫だとは思うけど。様子を見てきて欲しいんだ」
「は、はい!」
怒鳴るように返事をした俺に、また笑っている。修治さんのおかげで店長さんも、俺の性格をある程度把握してくれている。不器用な俺には、大事なアルバイト先だ。
閉店時間まで手伝うつもりだったけど、今日だけはお言葉に甘えさせてもらうことにした。優しい店長さんにきちんと頭を下げた俺は、なるべく仕事を片付けて帰ろうと持ち場に戻った。
ディスプレイを整え、修治さんが抜けた穴を埋めるため、商品整理も積極的に行った。時々、子供にトイレを聞かれたけれど、それは弟や妹の面倒を見てきたせいか、子供には懐かれた。
忙しく働いた俺は、時計の針が五時を差したと同時に控え室へと戻っていた。急いで着替える俺に、店長が声を掛けてくれる。
「これ、お見舞いね。果物でも買ってあげて」
「はい、ありがとうございます」
「榎本君を宜しくね」
もらった二千円札を財布に入れた俺は、飛び出すように職場を後にした。全力で走っていく。途中、スーパーに寄った俺は、店長にもらったお金でリンゴと苺を買った。
自転車があれば良いのに。もどかしく思いながらひた走る。運動神経にはそこそこ自信があるはずなのに、修治さんが住むアパートまではとても長く感じられた。
途中、降ってきた雪がちらつく中、俺は足を止めずに走り続けた。
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