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空飛ぶクリスマス・コーヒー
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僕が住むアパートも、安さをメインで考えているのでエレベーターなんて洒落た物はない。素喜君のアパートと大して差は無かった。
一人用のコタツに男二人で入り、向かい合わせになって弁当をつつく。温めてもらっていた弁当は、家に着く頃には温くなっていた。それだけ外が寒いということだ。
点けたテレビを二人で見ながら、時折会話を交わして。ショートケーキに蝋燭を一本差して炎を灯す。お互い自分のケーキの蝋燭を吹き消して、笑った。
ご飯を食べている間も、ケーキを食べている間も。
僕があげたパンダの動くぬいぐるみは素喜君の膝の上だった。彼が動くと、時折パンダも動くので可愛いったらない。
そんなに嬉しかったのかと思うと、僕も心から癒やされる。曇った眼鏡を外した僕は、レンズを拭きながら彼に笑った。
「こんなクリスマスも良いね」
「……うん」
「次のバイト、決まった?」
問えば少し顔を俯かせ、パンダをふにふに弄っている。言い難そうにしている彼に首を傾げながら、残っていたコーヒーを飲んだ。
コーヒーを飲む時、いつも素喜君を思い出した。あの時、彼がコーヒーを掛けなかったら、僕達は知り合えなかった。
ちょっと熱かったけれど、あれ以来、コーヒーがますます好きになった。可愛い素喜君と飲むコーヒーは、もっと好きだ。美味しい。
数秒、返事に時間を取った彼は、耳まで真っ赤になりながら教えてくれた。
「……続ける」
「続ける? バイト?」
「……うん。店長に頼んだ。雇ってくれるって」
「そうか! じゃあ、まだ一緒だね」
どうやって連絡を付けようかと考えていただけに、彼がこのままあの店で働いてくれるのは嬉しい。
お代わりのコーヒーを入れに立った僕は、鼻歌を歌いながら二人分のコーヒーを入れた。一つを彼に渡し、冷えた足を温めるようにコタツに入る。
少し背を丸めて飲む僕を見つめていた素喜君は、パンダの耳を弄りながらボソリと呟いた。
「……修治さんが……居るから」
「ん? 僕?」
「……うん」
もじもじと、パンダを握っている。その度に、うにうにと動くパンダ。
「……修治さんが居てくれて……良かった」
思い切ったように顔を上げた彼は、照れたように笑っていて。
ズッキューン!!
太い恋の弓矢が僕の胸を貫いた。貫通してしまったその弓矢は、僕から全ての力を奪ってしまう。
何と返事をすれば良いのか。良いお兄さんとして頼られているだけだと分かっているのに、もしかしたらと期待してしまう心が騒ぎ立ててくる。
絶対違う。
彼は男の子だ。
僕はお兄さんの代わりなんだから。
大人として受け止めなければ……!
「ぼ、僕で良ければお兄さんになるよ。まだバイト、続けるし」
「……ぁ……う、うん」
「さ、さあ! お風呂入っておいで」
彼を促し、風呂場へ押しやった。今、二人切りで見つめ合おうものなら、彼を間違った世界へ引き込んでしまう。
パンダはテーブルの上に置いてやり、僕の着替えを取り出した。新品の下着を取って置いて良かった。トレーナーが大きいのは我慢してもらおう。
彼がお風呂に入っている間に片づけを済ませた僕は、円らな瞳で見上げているパンダのぬいぐるみに人差し指を当てた。
「……言っちゃ駄目だよ」
僕の気持ちは。
パンダはキュルンと光を反射させながら、じっとしていた。
***
素喜君がお風呂に入った後、僕も入って身を清めた。頭を冷やすために水でも浴びたいけれど。それは風邪をひいてしまうだけなので止めておいた。
頭を掻き回すように洗って気を沈めた僕は、心を落ち着かせて部屋に戻った。
けれど。
「……ちょっと、どうしよう!? 何でこんなに……!」
可愛いのか!
僕を待っている間に眠ってしまった素喜君。明日も新聞配達のバイトがるから朝は早いと言っていたから。今日は早めに寝かせてあげようとは思っていた。
臨時のバイトで疲れてしまったのだろう。先に眠ってしまった彼は、僕があげたパンダのぬいぐるみをひしっと抱き締め、コタツで眠っている。生乾きの黒髪が、しっとりと顔に絡んでなんとも言えない色気も供えていた。
「……ううぅ~無防備過ぎるよ~」
静かな寝息を聞きながら、大人としての僕が騒ぎ出す。
でも、と。
大人だからこその僕が押し留める。
風邪をひかないよう、そうっと彼の髪を拭き上げた僕は、起こさないように彼を抱き上げた。
「……可愛い唇してるな~……っていかんいかん!」
男の子にしてはちょっと小さいかもしれない。温まって赤味を増している唇が少し空いた。無意識にだろう、パンダのぬいぐるみを確かめるように撫でている。うにうにと動いて応えたパンダは、彼と一緒に眠っているかのようだ。
コタツのすぐ側にあるベッドの掛け布団を足で捲り、彼を寝かせた。丸まった彼は、やっぱりパンダを離さない。よほどパンダが好きらしい。
掛け布団を戻した僕は、柔らかい黒髪を少し掻き上げた。
「……ごめん! ほんっとごめん!」
囁くように謝りながら、ツルリとしている彼のおでこに軽いキスをした。素速く離れ、彼が眠っているのを確かめ、安堵の息をもらす。
「おやすみ、素喜君」
最後にポフッと頭を撫でた僕は、満足して台所へ向かった。もう一杯、彼との思い出のコーヒーを飲もうと思って。
香ばしいコーヒーを入れた僕は、それをコタツで飲みながら丸まって眠る素喜君を見つめて微笑んでしまう。
香ばしい奇跡をありがとう。
最高のクリスマスプレゼントだ。
目覚まし時計は彼が新聞配達に出る一時間前にセットしてある。僕も一緒に起きて、見送ろう。
頑張りやさんの素喜君の寝顔を見ていた僕は、いつの間にかうとうとと目を閉じていた。
コーヒーの香りが僕達を繋ぐ、ほっこりしたクリスマスだった。
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