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空飛ぶクリスマス・コーヒー
1.恋の弓矢は超直球!
しおりを挟む賑やかな喫茶店。
クリスマスまで残り一週間となった店内では、派手な装飾が施されている。
ついでに僕の目の前にも、派手な化粧をした同じ大学の女の子が座っていて。
正直、つまらなかった。
可愛くない訳じゃないのに、彼女が話す内容が、僕をつまらなくさせる。
あのブランド品は可愛い、あそこのブランド品はバッグがお勧めと、明らかにクリスマスプレゼント狙いおねだりモードを発動しているから。
僕達、付き合ってないのにね。
クリスマスプレゼントが欲しいから、僕と付き合いたいのだろうか。そんな事をぼんやり思っていた。
目立つ方じゃないけれど、明るめの髪に産まれた僕は、あまり長くは伸ばさずに適度に切っている。身長は中の上といった辺りをうろついていて、趣味でテニスをやっているせいか、引き締まってはいる。
コンタクトレンズはお金が掛かるので、高校の時に作った黒縁眼鏡を愛用している。テニスの試合の日だけは、コンタクトレンズになった。
ブランド品には一切興味はなく、長く愛用できる物であれば活用する人間だ。でも、それなりに身なりだけは整えている。もう、二十歳だし。
彼女は欲しい。
でも、悪いけど、君に心は動きそうにない。
熱心に話し続ける茶髪の女の子をどう、打ち切ろうかと思案していた僕は、バシャッ、という音と共に、酷く背中が熱くなった。ついでガシャンと何か割れる音もした。
「……あつ!? 何!?」
振り返れば、呆然と突っ立っている少年が居て。僕の肩ほどしかない身長の彼は、キュッと口を引き結んでいる。
「……何? どうしたの修治? って、ちょっとあんた! 何してんのよ!!」
女友達が金切り声を上げている。見れば僕の背中は、ホカホカと湯気をたてていて。肌に貼り付くと熱くて仕方がない。咄嗟に服を引っ張って、熱が冷めるのを待った。
コーヒーだった。それも入れ立て。少年は喫茶店の制服を着ている所を見ると、アルバイトの男の子らしい。キュッと口を引き結んだまま、動かない。
「山本! 何をやってるんだ!」
喫茶店の厨房から、男性が飛び出してくる。問答無用で少年の頭を抑えつけ、僕に向かって謝っている。
「済みませんでした!! ほら、お前も謝れ!」
「…………!」
「何睨み付けてるんだ! ほら、早く!!」
「ええと、ま、まあまあ。落ち着いて下さい。僕は大丈夫ですから」
両手を広げて宥める僕の背後から、女友達が叫んでいる。
「信じらんない! 客にコーヒー掛けておいて無言なんて! あり得なくない!?」
「ちょ、黙って。事が大きくなるから」
僕が彼女を宥めても。何故だか彼女が興奮したように僕の腕にしがみ付き、少年を睨んでいる。
「どういう教育してんのよ!」
「本当に申し訳ありません!」
「クリーニング代、ちゃんと出しなさいよ!」
「もちろんです! ほら、山本! もたもたするな! 拭く物をお持ちしろ!」
山本と呼ばれた少年は、未だキュッと唇を引き締めている。無言のまま踵を返した。
吊り上がり気味の目、白い肌は頬だけ赤くなっている。細身に見えて、僕と同じで鍛えているのか、制服が良く似合っている。身長は低いけれど、足は長かった。もう少し身長が伸びれば、女子共が放っておかないだろうに。
そんな事を考えている僕に、彼女はブツブツ文句を言い続けている。そんな暇があれば、背中を拭いてくれたら良いのに。
もしも彼女が、こんな風に喚かずに、僕の背中をそっと拭いてくれたなら。落ちたのにな。
今回のお茶代はただにしてよ、と便乗した彼女に、もうこの子とお茶するのは止めようと思う僕だった。
「……あの……これ」
何故か店長と彼女が駆け引きを始めてしまったので、蚊帳の外に居た僕は背中に当てられたタオルに振り返る。
「気にしないで良いからね。あの子、すぐ怒るから」
「……すみません……でした」
「良いよ。大丈夫だから。正直、ちょっと助かったし」
「……え?」
「実はさ、どうやって彼女を巻こうかって思案しててね。この機に帰らせてもらうよ」
コソコソと山本少年に耳打ちした僕は、簡単に背中を拭いてもらうと、未だ何か言っている彼女の腕を取った。
「帰ろうか」
「……え!? 何言ってるのよ! クリーニング代……」
「要らないよ。これくらい、洗えば落ちるし。僕も良く、家でコーヒー零すしね。気にしない」
「で、でも……」
「お言葉に甘えて、お茶だけ、ご馳走になりますね。じゃ、これで」
彼女の腕を引っ張った僕は、口を引き結んでいる山本少年に手を振ると、くれぐれも音便に終わらせて欲しい事を店長に告げて店を出た。
ある程度店から彼女を引き離した僕は、すちゃっと手を挙げた。
「ごめん、先に帰るね。バイト前に着替えたいし」
「……え、ちょ、ちょっと修治!?」
「バイバイ。また大学でね」
「もう、修治!! これからまだ行きたい所があるのに!」
「バイトだから。他の男誘ってね」
コートを羽織りながら走っていく。この機を逃せば、逃げるチャンスは無い。
一つ心配なのは、山本君が辞めさせられなければ良いけれど。
あのまま店に居れば、彼女がどんどん、要求を高めてしまいそうだったから。逃げるのが一番の得策だったと思う。
彼女が追ってきていない事を確かめた僕は、足を止めて空を見上げた。まだ昼だというのに、灰色の空は重たく垂れ込めている。今日もまた、雪が降るかもしれない。
コーヒーの香ばしい匂いを振りまきながら歩いた僕は、一旦、着替えるために一人暮らしのアパートへと戻った。
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