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番外編
6-12
しおりを挟む「よっしゃ! 酒だ酒! 慣れておけ!」
「兄ちゃん、出戻ってきてね!」
「妙な応援すんじゃねぇ!」
パンッと頭を叩かれた蓮司の頬がパンパンに膨らむ。立ち上がった親方にタックルした蓮司は、そのまま廊下に押し出した。
俺も行こうと腰を浮かしかけたけれど。振り返った蓮司がニッと笑ったから。
俺も笑ってみせた。
「……頑張ってね!」
「おう。お前もちっとは成長しろよ?」
「俺、純兄ちゃんみたいにセクシー路線目指すよ!」
そこは俺じゃないのか、呆れた俺に、親方の背中を押しながら階段を下りていく。
「もう半分は兄ちゃんくらいでっかくなるからさ~~!」
廊下に響いた声に苦笑する。立ち上がり、狭い部屋を見渡した。
飛び込むように東京へ出てきた。この大塚家に住み込みで雇ってもらえたのは、俺にとって本当にありがたくて。アパート代を浮かせた分を家に送ることができた。
高校を出ることができなかった俺を、もう一人の息子として接してくれた親方も。
兄ちゃんとして慕ってくれた蓮司も。
二人のおかげで、家族から離れている寂しさはそれほど感じなくて済んだ。がむしゃらに働いて、美春が大きくなるまでは自分が頑張らなければと思っていた。
俺は長男だから。誰かに頼るなんて出来なかった。守る側の人間だと思っていたから。
でも。
親方が言うように、素喜も成長している。四月から正社員として働き、家族の支えになっている。
弟を、頼っても良い頃になったのかもしれない。
地元で再就職して。
家族の側に。
純の側に。
帰りたい。
「……兄ちゃ~~ん!! 摘み作って~~!!」
階段下で叫ぶ蓮司に、見つめていた部屋から視線を外した。
「ちょっと待ってろ! すぐ行く!」
廊下に出ると、階段を下りていく。すでに台所ではビールが並べられていた。
「体力付けていけよ? かなりハードらしいからな!」
「はい!」
「これ以上パワフルになったら純兄ちゃん大変だって」
「お、そりゃそうだ! 適度にパラフルになれ!」
「……意味わかんねぇっす」
ニヤニヤ笑う親子に溜息をつきながら、ふと、電話を振り返る。
純に知らせたい。後で電話するか。
そう思って顔を戻した俺は、ニヤ~、と笑っている親子に一歩後ずさった。
「な、なんすか?」
「先に電話してきて良いぞ~」
「もうすぐいっぱいエッチしに行くって!」
「……しねぇし!」
「アイラビュ~ン! 純~! って言ってきなよ!」
「……ぶっとばすぞ、おら!」
握り拳を固めた俺に、蓮司が笑いながら逃げていく。親方の背中に隠れた彼は、まだニヤついている。親方の顔も同じだ。
「一分以内に電話しなかったら、今日は電話使わせねぇからな!」
「親方……」
「ほら、すぐに五十秒切るぞ?」
蓮司が面白がってカウントしだした。ヒクつく眉をどうすることもできず、二人に背を向けドカドカ歩いていく。見られているのは分かっていても、受話器を上げた。
覚えてしまった純の携帯番号を押していく。じわりと手に汗をかいていた。
何から話そう?
どこまで話すか。
コールが鳴るのを聞きながら考える。まだ、正式に地元での再就職が決まった訳ではない。とりあえず二ヶ月間だけ、戻れるだけだから。
正式に決まるまで、黙っていよう。
もし、向こうでの再就職が決まったら、言ってみよう。純が受け入れてくれるかは分からないけれど。
帰れたら。
そうしたら。
プッと繋がった電話に耳を押し当てた。向こうからの声は聞こえない。
台所からニヤニヤしながら見ている親子二人の視線を感じながら、胸を震わせた。
「……純?」
自分でも信じられないくらい、声が震えている。馬鹿みたいに胸がざわついた。
【……大介?】
彼の声に、今度はホッとした。思わず笑った俺に、親子二人が離れていく。
「……あのさ。ちょっと話があんだよ」
台所の方では何かを焼き始めている。酒の摘みを作り始めていた。
電話を通じて、俺と純は二人だけになる。
目を閉じると、純の声だけを拾った。
その声は、どんな声よりも俺の胸の奥に染み込んだ。
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