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番外編
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「何で言わなかった? 交通費も、ホテル代も、用意してくれんなら、地域活性化のために歌ぐらい歌ってやったのに」
仁王立ちした大介は、まだ奥様達に囲まれながら純を見つめている。ステージを降りてもずっと、女性陣は残っていた。祭りは終わり、撤去作業が始まってもなお、人は減らない。
見守っていた。
大介と、密かに広まっている恋人純を。
スチャッと構えられた携帯電話が無数に並んでいる。
必然的に、一緒に居る僕達も囲まれている。
ちなみに、大介はダントツの優勝だ。大型テレビが賞として用意されていたけれど、家に入らないからと断った大介。
そのため同額相当の商品券になった。それは素直に受け取った大介。すぐにお母さんに渡していた。
「お前が頼まれてたんだろ? あの妙な電話は、これだったんだろう?」
大介がそう言っても、純はただ、見つめるばかりで声が出せないようだ。瑠璃が心配そうに見守っている。
地域活性化、は名目だった。大介はあまり良く分かっていないけれど、僕や素喜君、大介や純のカップルは、何故か奥様達や最近では女子高生にも人気になっている。
最初、僕達にカラオケに出て欲しい、とオファーがきた。でも僕は人様に聞かせられるほど歌が上手くはないし、素喜君は恥ずかしくてとてもじゃないけれど歌えないと断った。
純もまた、派手な行事に参加するのは好きではない。
そこで白羽の矢が立ったのは、大介だった。連日、奥様達から頼み込まれた。ぜひとも大介を呼んで欲しい、と。
かなりイケメンの大介だから、参加してくれるだけで注目が集まると考えたようだ。交通費もホテル代も出すからと、熱心に頼まれた。
頼み込まれた純は、一応電話したようだけれど。大介に詳しいことは話さなかった。奥様達には断られたと告げた純。
でも、僕が奥様達と一緒に秘密裏に事を進めた。純に知られたら断るかもしれないから。大介と連絡を取り合い、今日の日を迎えた。
まさか大介がここまで美声で歌も上手いとは予想外だったのだろう、企てた奥様達まで興奮状態だ。歌っている様子は全てビデオカメラに収められていた。こっそりダビングを頼んでいる。
「仕事も休みだし、明日の早朝に戻れば問題ねぇよ。今度から遠慮すんな。良いな?」
大介が話し掛けても、純は無反応だった。ぼうっとしている。まるで人形のように、突っ立ったままだ。
「おい、純。純! 何ぼうっとしてやがる!」
苛立ったように怒鳴った大介に、純が震えた。フルフル、フルフル、震え始める。
ほろりと、涙が零れ落ちていった。頬を伝った涙が、留まることもできずに地面に落ちていく。
「…………は……はぁ!? ちょ、おま……何で泣くんだよ!?」
いつも以上のイケメン大介が慌てて純の肩に手を乗せた。近づいた距離に奥様達が我先にとシャッターを押している。眩しい光が各所で起こる。邪魔しないよう、歓声だけは堪えているようだ。シャッター音だけが不気味に繰り返されている。
ほろりほろりと流れる涙を止めることができない純が、大介の首元に額を当てた。
「……だい……すけ……!」
震える声で、ようやくそれだけを搾り出している。大介がどうしたものかと顔を覗き込もうとしては失敗している。下を向き続ける純の顔は、なかなか上がらない。
「大介、大介!」
僕は小声で大介を呼んだ。純の顔をどうにか見ようとしている彼を再度呼ぶ。
「んだよ! 今取り込み中だ!」
視線がこちらに向いたので、素早く素喜君をギュッと抱き締めた。
「…………!!」
緊張したように背筋が伸びる彼を抱き締めながら、純を抱き締めてやれ、と教えてあげる。奥様の携帯カメラが僕達も捕らえたけれど、にこりと笑ってかわした。
片眉をピクリと上げた大介は、そうっと純の体に長い両腕を回した。腰を抱き寄せている。
「……泣くなよ。泣かせるために帰って来た訳じゃねぇぞ」
身長の高い純を軽く抱き込んだ大介。
僕も腕に素喜君を抱き締めながら、皆を振り返る。今の内に帰る算段を整えておこう。
「瑠璃ちゃんは僕が送っていくよ」
「はい。お願いします」
「あら、私は?」
鈴子が自分を指差している。
「あ、忘れてた」
「ちょっと修治、酷い!」
「あはは! 嘘だよ。ちゃんと送っていく」
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「大介! 純! とりあえず移動しよう!」
声を掛ければ大介が頷いた。純の腕を掴み、歩いてくる。引っ張られた純の目からは、まだ涙が溢れていた。一生懸命、袖で拭っている。
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