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番外編
6-5
しおりを挟む「せっかく二人が会えるんだ。僕は応援する方に回る。会いたかったんでしょう?」
「……修治」
「ラブソング、聞きたかったんでしょう?」
親友の背中をポンッと叩いてあげる。鈴子が僕達の間に入ると、腕を絡め取ってきた。
「馬鹿大介格好良い――!!」
《誰が馬鹿だ、このやろ―!!》
マイク越しに怒鳴った大介は、僕達の方を向いた。一段高いステージに居た彼の視線が、ようやく真正面に立っている純を見つけている。高すぎて、低い位置が見えていなかったのだろう。
唇が引き結ばれた。じっと純を見つめた後、静かに深呼吸をしている。
黙って立っていれば、イケメン度合いがアップする大介に、奥様達が悲鳴のような歓声を上げている。大介コールが木霊した。ピクッと眉が、イラついたように揺れたけれど、怒鳴ったりはしなかった。
音楽が流れ始めると、気持ちを落ち着けるように静かに目を閉じている。一世代前に流行った、ラブソング。今も歌い継がれている、愛しい人の歌。
《……アイラ~ビュ~……》
大介の、低音ヴォイスが響いていく。体中が痺れてしまうような、甘い歌声が空気に溶け込んでいく。
奥様達が一斉に黙り込んだ。
奥様達だけじゃない、早く帰りたいとせがんでいた近くに居た子供も、どこが良いんだあんな男の、と文句を言っていた後ろに居た旦那さんも。
誰もが言葉を飲み込んだ。
祭りで盛り上がっていた会場は静まり返り、大介の歌をただじっと聞いている。
歌声が染み込んでくる。
歌に乗せたメッセージが、聞いている全ての人へと伝わるほどに。
想いを込められた歌が、田舎の商店街に響く。
大介はずっと目を閉じていた。歌に想いを込めているからか、いつもの彼とは別人で。
人々の視線など、彼には届いていないだろう。
彼が感じているのは、純の眼差しだけ。
純のために、歌っている。
震えるほどの、想いを乗せて。
大介の歌を聞いた数十人の女の子や奥様が声も無く泣き出した。男の人の中にも、数人泣いている人が居る。
僕も正直、涙腺が危ない。隣の鈴子が泣いているからか、どうにか踏みとどまっている。彼女の背中をポンポン叩きながら、潤む涙腺を励ました。
歌はダイレクトに心へ響いた。前に一度、大介の歌声を聞いたことがあるけれど、彼はその辺の歌手よりも上手かった。
技術だけじゃない、きっと歌詞に込められた想いも一緒に歌うから、こんなに響いてくるのだろう。
やがて歌は終わりに近づいた。鈴子の隣に居る純を見つめてみる。彼はただ、呆然と大介を見上げていた。
大介だけを見ていた。
いつまでも続くと思っていた歌声が、皆に溶け込みながら消えた。
音楽も止むと、大介の瞼が静かに開いた。
真っ直ぐに、純を見つめた彼は、照れたように笑った。
「……きゃ―――!!」
「大介く~~ん!!」
わっと沸いた奥様達の歓声に、すぐさま他の人達も歓声を上げた。静まり返っていた商店街が一気に騒がしくなる。
自分に投げ掛けられる歓声に驚いたのか、大介の鋭い目が目一杯開いた。たじろぎながら後ずさっていく。さっきまでのシリアスモードはすぐに消え、不機嫌そうに舌打ちした。
そんな姿も格好良いと、奥様達の歓声はますます大きくなる。
「ちょっと~! あいつの歌で泣くなんてしゃくだわ~!!」
「私も。お兄ちゃんの歌で泣いちゃった~」
鈴子と美雪がまるで姉妹のように寄り添って泣いている。山本家母がそんな二人を笑顔で抱き締めていた。
「……お兄ちゃん?」
瑠璃も少し滲んでいた涙を拭いながら、純の腕を引っ張っている。純はまだ、ステージ上を見上げたまま、ぼうっとしていた。
「兄ちゃん格好良い!!」
「かっこいい!!」
飛び跳ねる好一と美春がはぐれてしまわないよう、僕と素喜君で手を握りながら、彼と見詰め合った。
やっぱり大介に知らせて良かった。
にこりと笑った僕に、素喜君も笑った。
興奮した会場は、出演者全員がステージ上に揃ったことで一層、大きな歓声に包まれていた。
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