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抱き締めても良いですか?~エピソード0~
03-5
しおりを挟む「大丈夫だから! 救急車を呼んでおくから愛歩君をお願い!」
「分かりました! 傷を押さえていて下さい!」
お手伝いさんが階段を駆け上がっていく。家の電話に走ると救急車を呼んだ。噛んだ手の甲からはまだ血が流れている。
僕は、傷を治すことが難しい体だった。
小さな傷でも、血が止まらなくなってしまう。
ポタポタと落ちていく血を少しでも止めるため、噛んだ場所をタオルで押さえながら圧迫した。愛歩に抑制剤を飲ませたお手伝いさんが駆け下りてくる。
「ぼっちゃんも救急車を呼ばないと!」
「僕は大丈夫だから。愛歩君は? 抑制剤は飲めた?」
「薬は飲めたんですがかなり強いヒートですね。男の子なので、気を失っていないかだけ確かめながら様子を見ます」
「お願いします。救急車が到着したら、僕は違う部屋に行くから」
「任せて下さい。とにかく傷口を見せて下さい」
見せるのを拒もうとしたけれど、お手伝いさんに手を取られてしまった。傷口を確認したお手伝いさんは、驚いたように見つめている。
「止まりかけてませんか!?」
「え?」
見れば、まだ血は滲んでいたけれど、先ほどまで流れていたほどではなかった。じわりと滲んでくる程度になっている。
「腕を上げて、圧迫してみて下さい。私はもう一度、愛歩君の様子を見てきます」
「うん。僕は救急車を迎えに行くね」
そろそろ到着するはずだ。傷口を押さえながら玄関に走って行く。外で待っているとサイレンの音が聞こえてきた。門の所まで走っていると、泊まりがけで働いている運転手のおじさんが騒ぎに気付いて飛び出してきた。
「ぼっちゃん!? 走っては危ないですよ!」
「愛歩君がヒートになってるんです! あの救急車をこっちへ誘導しないと!」
「私が呼びに行きますから! お願いですから走らないで下さい!」
年配の運転手のおじさんが息を切らせながら僕を追い掛けてくる。彼に救急車の誘導を任せると家に戻った。ちょうどお手伝いさんが階段から下りてきている。
「愛歩君は!?」
「抑制剤が少し効いているようです。でも、まだ苦しそうで。このまま運んでもらうしかないと思います」
「今、運転手さんが救急車を誘導してくれます。僕はその部屋で待ってるから愛歩君をお願いします!」
玄関から救急隊員が入ってくる。僕と運転手さんは部屋に入って待機した。お手伝いさんが愛歩の所まで案内している声が聞こえている。
飛び出したかった。愛歩の側に居てあげたい。僕のせいでただでさえ苦しいヒートが、もっと酷くなっているなんて。
「ぼっちゃん、大丈夫ですよ。瑛太ぼっちゃんが居ますから」
「うん……」
少し滲んでしまった涙を拭いた。ドアの向こうでは愛歩を運んでいる声が聞こえている。救急車のサイレンの音が遠ざかると、ドアが開いた。
「もう大丈夫だと思います」
「ありがとございました」
「さ、今度はぼっちゃんの番です。病院に行きましょう」
お手伝いさんに言われ、もう一度手を確認してみた。血は、ほとんど止まっていた。お手伝いさんも、運転手さんも、驚いたように手を見つめている。
「あれ!? もう、止まっていませんか!?」
「うん。それにそんなに痛くないよ」
「いや、待って下さい。それより私はぼっちゃんが走っていたことの方に驚いたのですが」
「走った!?」
「うん。走ってた」
愛歩を早く助けたくて、夢中で走っていた。
歩くことさえ辛かったのに、息をすることさえ苦しかったのに、流れる血を止めることができなかったのに。
僕の体は、走ることも、血を止めることも、できるようになっていた。
「僕はたくさん、愛歩君に助けられてる。こんなに丈夫にしてもらったよ」
二人には言えなかったけれど、ここまで一気に回復したのは、先ほどのキスのおかげだと思っている。体の中から、直接Ωに触れてもらったおかげだ。
体中に、愛歩という優しいΩが溢れている。
押さえていた手の甲は、もう、血を止めていた。
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