抱き締めても良いですか?

樹々

文字の大きさ
上 下
145 / 152
抱き締めても良いですか?~エピソード0~

03-3

しおりを挟む

***

 愛歩は本当に優しい子だった。人のことも良く見ている。
 僕に味覚が無いことをすぐに見抜いた愛歩は、スムージーを提案してくれた。味はわかなくても、水のように飲み込めるからかすんなり喉を通っていった。
 おかげで栄養を取れなかった体が、内側から潤っていく。愛歩が学校に行っている間も、起きていられる時間が増えていった。
 愛歩がお勧めしてくれた漫画や、お笑いのテレビ。今、世間では何が流行っているのか興味もわいてきた。
 僕がベッドから起きている時は、お手伝いさんもたくさん声を掛けてくれるようになった。人と、話せる時間がどんどん伸びていった。
 そして。
 突然、戻った味覚。
 愛歩の夢を見た翌朝、少しだけスムージーの味が分かった。甘くて、本当に甘くて、何年ぶりになるのか、食べている物の味が分かった。
 けれどお昼頃までは感じられた味覚も、夕飯を食べる頃には消えていた。泣いてしまった僕に、愛歩はとても心配そうだった。
 ヒートで一週間、離れることが決まっていたから、これ以上、心配をかけたくなくてなんとか笑った。愛歩のおかげで起きて話せるまでになったのだから、これ以上のことを望んではいけない。
 ベッドの中で涙を拭いた。少しだけでも戻ったのなら、この先にも望みがあるはずだから。固形物も頑張って飲み込もう。もっと元気になって、愛歩に釣り合うようになりたい。

 優しい愛歩が、大好きだ。

 彼はアルバイトとして来てくれていると分かっている。できそこないのαである僕では全く釣り合わないほど優しくて格好良くて素敵なΩだ。
 そんな彼に釣り合うαになりたい。

 僕がΩで愛歩がαだったら良かった。

 愛歩に抱き締められると、幸せでたまらない。ずっと抱き締めて欲しいと思うほどに。
 でも、僕がαで、愛歩がΩだから。
 せめて隣を歩ける体が欲しい。愛歩がヒートを終えて帰ってきた時、心配しないように体を丈夫にしておきたい。
 薄暗くした室内で眠った。愛歩から充電した体力のおかげで、寝苦しさは感じなくなっている。すぐに深い眠りに入った。
 明日、起きたら笑おう。
 愛歩が安心して離れられるように。
 眠っていると、唇が熱くなった。昨日の夜も感じた、じわりとした熱。

 なんて浅ましい。

 夢の中で、愛歩とキスをしていた。大好きな愛歩に抱き締めてもらい、甘いキスをしてもらっている夢を見ている。
 憧れていた。
 好きな人と一緒に過ごして、恋人らしくキスをする。僕の男としての欲望が、あさましい夢を見せているのだろう。
 でも。
 夢の中でなら。
 僕は愛歩の恋人になれるだろうか。
 こんな風に、愛歩にキスをしてもらいたい。抱き締めて欲しい。
 もっとキスして欲しいという願いが届いたのか、舌先に熱いものが触れた。じわじわと舌に熱がこもっていく。あまりに熱くて、体が揺れた。
 覚醒した意識。けれど舌に触れる熱いものはまだ感じている。
 瞼を開けると、僕は誰かに覆い被さられていた。いつも僕を抱き締めてくれる、優しい愛歩だった。
 彼の舌が、僕の舌に触れている。目が覚めたと気付いていないのか、何度も絡めてくる。
 体が、下半身が、じんっとして、思わず愛歩の肩を叩いた。飛び起きた彼は、ベッドから転がり落ちていった。
 体中が熱を持ってしまったかのように熱い。震える手で唇に触れると濡れている。僕の唾液なのか、愛歩の唾液なのか、濡れた唇。
 本当に、本当に愛歩とキスをしていた。
 夢ではなかった。
 キスをしてくれるのなら、起きている時にしてほしい。
「……酷いよ」
 黙ってするなんて。恥ずかしくて手で顔を覆った。変な顔をしていなかっただろうか。ちゃんとできていただろうか。
「……気持ち悪いですよね、うがいしましょう」
 愛歩の声が沈んでいる。

 どうして、彼は僕にキスしてくれたのだろう。

 少し落ち着くと、愛歩がキスをしてくれた理由が気になった。こんな風に、夜中に忍び込んできてまで、僕にキスしてくれた理由。愛歩の性格なら、よほどの理由が無ければ黙ってしたりはしないと思う。

 舌に触れていた、愛歩の熱い舌。

 ようやく、兄さんが前に言っていた言葉の意味を理解した。指の隙間から愛歩を見ると、薄暗い中で肩を落としている。
 言ってくれたら良かったのに。愛歩が嫌じゃなければ、僕はいつだって触れて欲しいのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

見つめ合える程近くて触れられない程遠い

我利我利亡者
BL
織部 理 は自分がΩだということを隠して生きている。Ωらしくない見た目や乏しい本能のお陰で、今まで誰にもΩだとバレたことはない。ところが、ある日出会った椎名 頼比古という男に、何故かΩだということを見抜かれてしまった。どうやら椎名はαらしく、Ωとしての織部に誘いをかけてきて……。 攻めが最初(?)そこそこクズです。 オメガバースについて割と知識あやふやで書いてます。地母神の様に広い心を持って許してください。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

俺の番が変態で狂愛過ぎる

moca
BL
御曹司鬼畜ドS‪なα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!! ほぼエロです!!気をつけてください!! ※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!! ※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️ 初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀

森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj
BL
オメガバースBLです。 受けが妊娠しますので、ご注意下さい。 コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。 ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。 アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。 ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。 菊島 華 (きくしま はな)   受 両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。 森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄  森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。 森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟 森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。 健司と裕司は二卵性の双子です。 オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。 男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。 アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。 その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。 この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。 また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。 独自解釈している設定があります。 第二部にて息子達とその恋人達です。 長男 咲也 (さくや) 次男 伊吹 (いぶき) 三男 開斗 (かいと) 咲也の恋人 朝陽 (あさひ) 伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう) 開斗の恋人 アイ・ミイ 本編完結しています。 今後は短編を更新する予定です。

【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】

海林檎
BL
 強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。  誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。  唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。  それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。 そうでなければ 「死んだ方がマシだ····」  そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ···· 「これを運命って思ってもいいんじゃない?」 そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。 ※すみません長さ的に短編ではなく中編です

処理中です...