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抱き締めても良いですか?~エピソード0~
03-2
しおりを挟む「あっちが兄さんの部屋で、その隣が浩介さんの部屋だったんだ」
「昔のホテルみたいですよね、この家」
「うん。洋館みたいって言われてる。あっちは父さんの書斎。今は海外出張中なんだ」
兄さんも浩介も、番ができたことで家を離れた。僕を一人にはできないと、兄さんは家に残るつもりだったけれど断った。番の寺島茜に遠慮してほしくはない。僕はできそこないだけれど、αとΩがどういった関係かは分かっている。
たまに帰ってきてくれたら嬉しいけれど。Ω病棟が軌道になるまでは忙しい。優しいお手伝いさんはいても、ずっと一人で過ごしていた。
広い愛歩の背中にもたれかかってみた。優しくて温かな匂いがする。体中に力が満ちてくる。
「疲れましたか?」
「逆だよ。すっごく元気になってる」
「俺、魔法使いって言うより、充電器ですね」
吹き出した愛歩が僕の部屋に戻っていく。お手伝いさんが焼きたてのホットケーキを運んでいる姿を見つけたからだ。追い掛けるように部屋に戻ると、テーブルに置かれた甘い匂いに誘われている。
「蜂蜜とメープルシロップ、バターもあるから」
「ありがとうございます!」
「ぼっちゃんも、少し召し上がって下さい」
「うん、ありがとう」
僕を椅子に降ろした愛歩は、嬉しそうにホットケーキを切っている。メープルシロップをたっぷりかけると頬張った。
「うまっ!」
その大きな一口に笑ってしまう。
「幸せそう」
「めっちゃ美味いです!」
「ありがとう! ……ぼっちゃんも少しだけでも」
「うん」
愛歩とは違い、小さく切った。蜂蜜をかけると口に入れた。
何も、感じない。
スポンジを噛んで飲んでいるような気分だった。すぐに水で流し込む。お手伝いさんが見ているし、愛歩にも気付かれたくなくて、二切れ目も口に入れた。
「真澄さん? 食欲無い?」
「動いてないからね。愛歩君は遠慮しないでたくさん食べて」
「遠慮するつもりはないっすから」
頬を腫らしてもぐもぐしている愛歩は元気に笑っている。その太腿に触れさせてもらった。離れると目眩が起こり、椅子から落ちそうになってしまう。
「夕飯はスープをお出ししますから」
「ありがとう。愛歩君は何食べたい?」
「肉!!」
「だって」
「承知しました! 期待しててね」
お手伝いさんが部屋を出て行くと、小さく息を吐き出した。せっかく作ってくれたのに、まともに食べることができなくて申し訳なかった。
「真澄さん」
「ん?」
「あーん」
「……あーん? むぐっ」
「はい、水」
僕が切った大きさより二回りは大きなホットケーキを口に詰め込まれた。すかさず水も差し出される。あまり噛まずに水で飲み込んだ。
「びっくりした」
「すみません」
そう言いながら、僕が残していたホットケーキも平らげている。満足そうにお腹をさすっている。
「着替えてきたいんですけど。充電大丈夫ですか?」
「大丈夫、行っておいで」
「じゃ、さっと行ってさっと帰ってくるから」
僕の手を両手で握り、十数えると駆けだして行った。笑いながら見送ると、ベッドへ戻っておこうと立ち上がる。愛歩にもらった元気のおかげで歩けるはずだから。
そう思っていたけれど、ぐらりと体が傾いた。視界が歪み倒れてしまう。あんなに楽になっていた体が、少し愛歩が離れただけで酸欠を起こしている。
心配させてしまう。
這って行こうとしたけれど起き上がれなかった。
「真澄さん!!」
戻ってきた愛歩に抱き上げられた。ベッドに寝かせてくれる。
「すみません。先にベッドに連れて行けば良かったです」
「だい……じょうぶだから」
咳き込んでしまった。僕の右手を握った愛歩は、胸をポンポン叩いてくれる。
「少し休んで下さい。寝ちゃって良いですよ」
「でも……愛歩君、暇になるでしょ……」
「スマホ弄ってるんで大丈夫です」
ポンポン、ポンポン、叩かれると瞼が閉じていった。
温かい愛歩の優しさが、苦しい体に染みこんでいった。
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