抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?~エピソード0~

エピソード03

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 息が苦しい。
 体が鉛のように重たい。
 身動き一つできない体。

 どうして僕の体はこんなにも弱いのだろう。
 兄の瑛太も、兄のような存在の浩介も、強いαの体だった。運動神経も良いし、体力もある。身長だって高くて、同じαである僕とは全然違った。
 僕も少しだけで良い。せめて歩けるだけの体が欲しい。
 目が覚めても起き上がれない体。
 息をしているだけの体。
 今日も、まともに起き上がることができなかった。





 瞼を閉じたままベッドに横になっていた僕は、右手がじわりと熱くなるのを感じた。そうすると、右手から体に力が満ちてくる。気怠くて起こせなかった体が動かせる。
 瞼を開けると、僕をじっと見ていた田津原愛歩と目が合った。
「……おかえりなさい、愛歩君」
「ただいまです。無理して話さなくて良いですよ」
 そう言えば、今日から愛歩がアルバイトとして来てくれることになっていた。制服姿の愛歩は、僕の手を握ってくれている。
「水飲みますか、真澄さん」
「……うん、お願い」
「ちょっと待ってて下さい」
 右手から愛歩の手が離れると、息苦しさが戻ってくる。急に重くなった体。か細い息しかできない僕の側に慌てて戻ってくる。
「マジで俺が握ると楽になるんですか?」
「うん……でも、嫌なら断ってね。君に迷惑かけたくないから」
 僕を抱き起こした愛歩は、コップに入れた水を飲ませてくれた。愛歩が触れているからか、体を起こすことができた。背中をさすってくれている。
「まあ、帰る家が今のところ無いんで。握ってるだけで楽になるんなら、暫く付き合いますよ」
 近い距離で笑ってくれる。
 Ωなのに、逞しい体をしていた。αに負けたくないからと、浩介の番になった琴南慎二のように体を鍛えているらしい。
 綺麗な顔をしている愛歩は、僕には眩しい笑顔で笑っている。
「真澄さん、飯食った?」
「……少し」
「んじゃ、おやつ食いません? 腹減ってるんだけど、言えなくて」
 お腹を押さえている愛歩は照れくさそうに笑っている。おやつが食べたいのだろう。
「僕の部屋には無いから、もらってきて良いよ。何か作ってくれると思うから」
 行ってきて良いよと言った僕を見つめた愛歩は、どうしてか広い背中を見せてくる。そのまま僕を背負ってしまった。
「離れると苦しいんでしょう? 一緒に行きましょう」
 身長が高い愛歩に背負われると視界が変わる。まるで兄さんや浩介に背負われているようだった。
「あ、でもベッドから出るときついですか?」
 歩き出そうとした愛歩が止まっている。パジャマのままだった僕を気遣ってくれる。
「ううん。愛歩君に触れてるから大丈夫」
「良かった。んじゃ、おやつ貰いに行きましょう!」
 制服姿のまま僕を背負った愛歩は、二階から一階の台所まで歩いて行く。軽々と僕を運ぶ愛歩の肩は筋肉質だった。思わず触ってしまう。
「愛歩君、凄いね。兄さんみたい」
「変態兄さんみたいってのは嫌ですね」
「じゃあ、浩介さん」
「あの秘書さんはやばいですね。あれくらいになれるかな、俺」
 軽快に歩く愛歩と話していると、お手伝いさんの一人が手に持っていたはたきを落としている。驚いたように僕を見つめ駆け寄ってきた。
「ぼ、ぼっちゃん!? 起き上がって大丈夫なんですか!?」
「うん、平気。愛歩君がお腹空いたって」
「ま、ま、待ってて下さい! すぐに作りますから!」
 台所へ駆け込んでいく。不思議そうに愛歩が首を傾げている。
「どうしたんですか?」
「僕が話してるから驚いたんだと思う」
「話すだけで?」
「うん。こんなに話したの、久しぶりかな」
 愛歩の肩に手を乗せて高い天井を見上げた。前回、病院に行った時以来だ、部屋を出たのは。
 病院へ行く途中、ヒートになった愛歩に遭遇して。今までΩのフェロモンを感じたことがなかった僕が、愛歩のフェロモンで初めて勃起した。
 体が熱くてたまらなくて。
 αとしても、男としても、できそこないだった僕が、愛歩のフェロモンにだけ反応した。

 運命の番。

 兄さんはそう言った。だから番になっていない状態でも、手を繋ぐだけで愛歩のΩ性が僕に力をくれると言う。
 愛歩に触れている間、本当に、体が楽だった。彼の背中から感じる温かな力。
「俺、魔法使いみたいですね」
「そうだね。優しい魔法使いだよ」
 台所を覗きに行った愛歩は、その広さに驚き。ホットケーキを作っている間にと、僕を連れて家を探検している。
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