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抱き締めても良いですか?~エピソード0~
02-6
しおりを挟む「そ、そいつがやりたいって誘ってきたんだ!」
「淫乱Ωだって言っただろう!?」
「あんた、勘違いして……!?」
瑛太の長い足が、手前にいた男の股間を蹴り上げた。一瞬で言葉を失った男が前屈みになったところへ、今度は膝で顔面を強打している。鼻血を噴いて倒れた男の襟を掴んだ瑛太は、力任せに壁に向かって投げ捨てた。
それを見ていたもう一人の男が逃げようとしたけれど、その顔に瑛太の蹴りが叩き込まれた。狭い部屋だ、壁に激突している。腰から崩れ落ちた男の顔を、革靴を履いたままだった瑛太の足が踏んだ。もがく男がなんとか足をどけようとしたけれど動かない。だんだん力を入れていくと、鼻の骨が折れたのか鈍い音がしている。
鼻の骨を折った瑛太は、そのまま男の股間を踏みつけた。白目を剥いた男は気絶した。
「……な、何であんたが怒ってんだよ! 茜から誘ってきたんだぞ!?」
「私は、嘘が嫌いだ。Ωを襲う馬鹿どもはもっと忌み嫌っている」
「だから、そいつが……!?」
パンッと、智也の頬がはたかれた。横倒しになっている。静かな動作で智也の襟を掴んで引き起こした瑛太。
「忠告はした」
今度は裏手ではたいている。たった二発で、智也の顔は腫れあがった。
「お前は何度茜さんに手を上げた? 他のΩにも手を上げているのか?」
瑛太の手が、三度振り下ろされた。智也の口から血が流れている。なおも瑛太の手は止まらない。歯が一本、欠けて飛んでいく。
もう、智也は話すことができなくなった。真っ赤に腫れ上がった頬。切れてしまった口からは血が噴き出している。その血が瑛太の手を濡らしている。
「心底虫ずが走る!」
瑛太が手を放すと、崩れ落ちた智也。見下ろした瑛太は、長い足を振り上げている。その足先は、喉を向いていた。
「桃ノ木様!」
振り下ろす寸前で浩介が止めた。ピタリと動きを止めた瑛太は、喉めがけて振り下ろそうとしていた足を智也の股間に振り下ろした。もう、声も出せずに智也は気絶した。
「……ありがとう、浩介君」
「いえ。それより寺島様を」
僕を瑛太に渡した浩介は、警察へ連絡を入れている。
先ほどまで智也の頬を叩いていた手とは思えないほど優しい手つきで頬を撫でてくれる。腫れていた僕の頬をいたわるように。
「こんなに腫れて。痛かったね」
「ぼ、ぼく、誘ってなんか……!」
「うん。茜さんはそんな人じゃない」
「こわっ、怖かった……!」
「うん。ごめんね、もっと早く来てあげられなくて」
泣いてしまった僕を抱き締めてくれた。温かくて強いその腕に抱かれて、ずっと恐怖で緊張していた体から力が抜けた。泣きながら気絶してしまった僕を、瑛太はずっと抱き締めてくれていた。
***
ずっと、我慢してきた。
男Ωというだけで、そう言う目で見られてきた。
勝手な噂を流されて、その噂を信じた男達に狙われて。
弱い自分が嫌で嫌で仕方がなかったけれど、どうしても抵抗できなくて。
怖くて震えることしかできなかった。
瑛太も噂を信じて、僕が誘ったのだと思ったらどうしよう。
それがずっと怖かった。
初めて好きになった人が、僕を信じてくれなかったらと思うと。
怖くて、怖くて、怖かった。
震えながら瞼を開けたら、目の前に綺麗な顔をしている瑛太が寝ていた。眼鏡をかけていない時の瑛太の顔は、かけている時よりも鼻筋が通って見える。目が少し鋭いけれど、笑うととても優しい顔になる。
長い腕は、僕を抱き締めていてくれた。汚れていた体は綺麗になっている。ふかふかのバスローブを着せられていた。大きなベッドに二人で眠っていたようだ。
開放的な大きな窓ガラスからは夜景が見えている。見たことも無い豪華な部屋。ここはどこだろう。
「ん? あ、起きたね。体は大丈夫? 頬は痛くない?」
僕が少し身じろいだからか、瑛太も目を覚ましている。僕の頬をゆっくり撫でてくれた。
「まだ腫れているね。もう少し痛めつけておけば良かった」
腕にも触れている。智也に握り締められていたせいか、痣になっていた。
「……あっ! あの! 僕、あいつらにはされてないし誘ってなんかいないですから!」
「落ち着いて、茜さん」
「本当なんです! 皆僕が誘うから悪いって言うけどそんなこと一度もしたことな……!」
唇を、塞がれていた。仰向けになっていた瑛太に抱き締められながらキスをされている。反転した瑛太は、重ねていた唇を離しながら笑ってくれる。
「もう、何度言えばわかるの。私は自分で見て感じたものを信じるから。あんなげすどもの言葉なんて信じるわけないでしょ」
おでこにも、腫れている頬にも、優しいキスをしてくれる。泣いてしまった僕を宥めるように何度もキスしてくれた。
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