抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?~エピソード0~

02-3

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「瑛太さんって、美人が好きだったんですね。俺、断られるわけだ」
「いやだな。お断りされたのは私の方でしょ?」
「そうでしたっけ?」
「そうですよ」
 瑛太が楽しそうに笑っている。その目がとても穏やかに見えて。
 お見合いをした相手だと、すぐに分かった。ということは。
「もしかして、男Ωの方ですか?」
「そ。で、そちらも?」
「はい」
「やっぱり俺とは違うな~」
 ニッと笑っている顔は可愛かった。鍛えているのか、腕も足もしなやかな筋肉に覆われている。真澄の頭を撫でながら笑っている顔は好印象だった。
「琴南慎二。同じ男Ωに会うのってなかなか無いから。よろしく!」
「はい。宜しくお願いします」
 真澄越しに伸びてきた手を握った。僕たちを見ていた瑛太が楽しそうに笑っている。
「もうすぐ浩介君も来るから。皆でランチしよう」
 真澄を軽々と抱き上げた瑛太がベンチではなく芝生の方へ歩いて行く。ベンチに置いていた鞄を慎二が持ち上げた。もともとここでランチをする予定だったのだろう。そこに僕も混ぜてもらえるようだ。
 鞄の中にはビニールシートも入っていた。それを慎二と一緒に広げて置いた。ちょうど浩介も戻ってきたので皆で座った。浩介が買ってきたサンドイッチと重箱を広げている。どうしてか、慎二が重箱の中を覗き込むようにして見ている。
「ほんっと、沢村さんって器用ですよね」
「そうでしょうか」
「今日は猫キャラか!」
 広げられた重箱の中身は、有名な猫のキャラクターを使ったキャラ弁だった。それを見た真澄の目が輝いている。
「可愛い!」
「いや、見た目で判断しちゃ駄目だって分かってるけど、やっぱり沢村さんがキャラ弁作ってるって信じらんねぇっていうか」
 キャラ弁を観察しては笑っている。真澄の前に置かれたキャラ弁は、円らな瞳で見上げていた。
 浩介が紙コップにお茶を注ぐと、皆でお弁当とサンドイッチを頬張った。おかずはどれも味付けが絶妙で、僕が作る物とは全然違う。箸が進んでしまう。
「美味しい!」
「浩介君の料理の腕は絶品だから」
「マジで美味い!」
 口いっぱいにハンバーグを詰め込んでいる慎二は、本当に美味しそうに食べている。それを浩介が微笑むように見つめている。いつも無表情で感情を表に出さない浩介が笑っているのが珍しくて見つめてしまう。
 そして気がついた。真澄が食べ進んでいない。可愛いキャラ弁を少し摘まんでは、口に入れてあまり噛まずに、苦しそうに飲み込んでいる。
 食欲が無い、という感じでは無かった。時折、瑛太が背中をさすってあげている。時間をかけてゆっくりしか飲み込めない真澄に、声を掛けようとした僕の腕を隣に座っていた慎二がポンッと叩いた。無言で首を横へ振っている。
 味覚が無いのでは、そう思った。それを、初対面の僕が言うのはあまり良くないかもしれない。小さく頷き、気付かなかったことにした。
 真澄は一生懸命食べていた。猫のキャラクターは半分ほど欠けたところで、それ以上は減らなかった。
「今日はよく食べたね」
「外だから。新しい兄さんもできたし!」
「そうだね。浩介君、お願いね」
「はい」
 食べ終わった弁当箱を片付け、ゴミをひとまとめにした浩介が立ち上がっている。慎二も立ち上がると真澄を背中に背負っている。
「じゃ、俺も帰ります。Ω病棟、もう少しみたいですね」
「ええ。ご協力、ありがとうございます」
「それでは行って参ります」
 綺麗な一礼をして見せた浩介の隣に慎二も並ぶと帰っていく。瑛太と二人だけになったので袖を握った。
「真澄君、味覚が……?」
「うん。数年前から、味覚を失ってしまって。みるみる間に痩せていったよ」
「それでキャラ弁を」
「見た目だけでも美味しいと感じられるように、って。浩介君、器用でしょ?」
「はい。味付けも良いし。僕も見習いたいです」
 浩介は何でもできると聞いている。瑛太の味の好みも知っているだろう。今度、こっそり教えてもらおう。瑛太が好きなおかずを得意料理にしたい。
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