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抱き締めても良いですか?~エピソード0~
01-5
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遅く流れる時間にもどかしさを覚えながら体を起こした。まだ早いけれど、慎二のために朝食を作ろうとキッチンへ向かう。おかずは冷凍して持ってきていたので、米を洗い、味噌汁を作った。ヒートの後はあまり食べられないと言っていたから、魚を焼こうかどうしようかと悩んでいると、ベッドの方から声が聞こえた。
「……良かった!」
慎二が起き上がっていた。私を見つめて笑っている。側に寄っても大丈夫かと思いながら、どうしても体の状態が気がかりで近づいた。
「体はきつくありませんか? 吐き気はありませんか?」
「……大丈夫です」
どうしてか顔が赤い。まさか熱が出ているのか、心配で額に触れた。熱を計る私をじっと見つめてくる。
「熱は無いようですね」
あまり側に居ては気まずいだろう。キッチンへ戻ろうとした私の腕を掴んでくる。引かれるとベッドに腰掛けてしまった。
「……ヒートが収まってるってことは、番になれたんですよね?」
「はい。おそらくは」
「そっか……なんか変な感じですね」
間近で笑っている顔が眩しかった。ホッとしたように笑ってくれている。
触れたい。
笑っている顔に触れたい。
伸ばし掛けた手を引いた。掴まれている腕が熱くてたまらない。
「あの、ですね」
「はい」
「俺は、番には対等を求めるっていうか……遠慮はしたくないっていうか……」
「はい」
慎二の言葉を待った。何を言われても受け入れる。
見つめ返した私を真っ直ぐに見つめてくる。
「浩介って、呼んで良い?」
慎二の唇が、私の名前を呼んでいる。鼓動が、速まった。
「俺の方が年下だけど、丁寧な言葉ってのも遠慮があるみたいで嫌で……駄目?」
話している唇から目が離せない。声が震えないよう気をつけた。
「あなたが、望むなら」
「よし! じゃあ、浩介もな!」
「……私、ですか?」
「そもそも、浩介の方が年上なのに、俺より馬鹿丁寧に話してるし。むず痒かったんだよ。普通に話してほしい」
快活に笑っている笑顔が本当に眩しかった。この笑顔を取り戻せただけで満たされる。
「私は、これが普通なのですが」
「……そうなのか?」
「はい。琴南様は……」
「それ、無し!」
鼻先に指が突きつけられた。そのまま摘ままれてしまう。
「話し方は、まあ、それが浩介の普通なら良いけど。番に様って、俺どんだけ偉そうなんだよ」
ニッと笑っている。
「……琴南……さん?」
「う~ん、なんかよそよそしいけど、様よりましか」
「申し訳ありません。慣れていないもので」
「分かった。いいよ、浩介は浩介らしくいてくれたら」
眩しい笑顔を見せてくれる。知らず笑い返していた私を見つめてくる。
「浩介って、髪おろして笑うと……良いな」
「良い、とは?」
「……何でも無い! ちょっとシャワーしてくる!」
「はい。朝食は食べられそうでしょうか?」
「ペコペコ!」
「分かりました」
元気に走って行く。ヒートから解放されたことが本当に嬉しいのだろう。お腹が空いているようなので、魚を焼くことにした。焼きたてを食べて欲しい。
お湯を沸かし、お茶の準備まで済ませていると戻ってくる。濡れている髪を拭きながらソファーに座っている。テーブルにご飯や味噌汁を並べていくと子供のように目を輝かせている。
「美味そう!」
「たくさん召し上がって下さい」
「頂きます!」
私は床に直接座った。慎二のアパートは一人暮らし用だったから、ソファーも小さい。私が隣に座っては狭いだろう。
豪快に食べてくれる慎二にホッとした。正座をしていた私に気付き、叱ってくる。
「遠慮は無しって言ったよな?」
「どうすれば?」
「番なんだから。胡座でいいじゃん?」
「胡座……」
こういう時は胡座なのか、思い足を崩した。胡座になった私に満足そうだ。
「俺のアパート狭いし、かと言って、浩介はまだ桃ノ木家に住んでるんだよな?」
「はい」
「どっか探さないとな。もうちょい広い部屋が良いな」
もりもり食べる慎二を見上げてしまう。
「一緒に住むのですか?」
住んでくれるのか。問いかけた私に、ご飯を喉に詰まらせている。胸を叩いている慎二にお茶を差し出した。流し込むように飲んでいる。
飲んだ後、持っていた茶碗を置いている。先ほどまで元気に笑っていた顔が俯いた。
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