抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?~エピソード0~

01-3

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~*~

 こんな私が、誰かの番になって良い訳がない。
 私の血は、決して残してはいけない。
 私の中に流れる、α性。
 取り去ることができるのであれば、排除したかった。

 ずっと、そう思って生きてきた。

 琴南慎二に出会うまでは。





「……もうすぐヒートなんですけど」
 開けたドアから睨まれている。手に持っていた袋には、レンジで温められるように小分けにしているおかずが入っている。それをアパートの主、琴南慎二に見せた。
「おかずを持ってきました」
「……どうも」
 いつものように受け取ろうとした慎二を見つめた。
「私と、番になって頂けませんか?」
 ずっと、練習してきた。αである私と、Ωである慎二。番になってほしいというのは、β同士で言うところのプロポーズだと主である桃ノ木瑛太は言っていた。
「……意味、分かって言ってます?」
「はい」
「俺は男で、Ωで、でも子供は作れない……体は筋肉質だし」
「はい」
「はいって……」
 困惑している慎二に一歩近づいた。
「番になって頂けませんか?」
 駄目だと言われたら帰るつもりだ。慎二のために、番になれるαを探そうと思う。お見合いをした瑛太と慎二は、お互いに断ったけれど。
 瑛太は素晴らしい人だ。Ωを守ってくれる人だ。私を受け入れてくれないのであれば、瑛太に相談して、良い相手を見つけてあげたい。
 でも。
 もしも。
 こんな私でも、側に居ることを許してもらえるのであれば、番になって慎二を守りたい。あの輝くような笑顔を、もう一度見たい。
「何で……番に?」
「あなたを守りたいのです」
「守ってもらうほど、弱くないけど」
「はい、知っています」
「……意味分かんないんですけど」
「番になって頂けませんか?」
 もう一度、伝えた。開けたままのドアにもたれかかった慎二は、暫く私を見つめると背中を見せた。
「……好きにすれば」
「入っても宜しいでしょうか?」
「沢村さんが嫌じゃなければどうぞ」
 先に室内に戻っていく慎二の後を追うように部屋に上がった。鍵は掛けておく。もうすぐヒートが来るはずだから。
 室内の窓にも鍵をかけ、カーテンが引かれている。窓にはガムテープまで貼っていた。
「いつもこのように?」
「Ωのフェロモンが漏れると近所迷惑だから」
「隣はαなのですか?」
「βだったと思いますよ。入居する時、その辺は確認してますから」
 気怠そうにソファーに座っている。持ってきていた冷凍おかずを取り出しながら聞いた。
「何か食べておきますか?」
「……遠慮します。吐くかもしれないから」
 それほどヒートは辛いのか。冷凍庫を開け、おかずを入れていく。終わったら食べさせてやりたい。お弁当は冷めているから、温かい物を食べさせてやりたかった。
「……本気ですか?」
 振り返ると慎二が私を見つめている。
「はい」
 頷く私に、どうしてか泣きそうな顔をしている。
「……逃げるなら、今のうちですよ」
「逃げる?」
「番になるって意味、本当に分かっていますか? 俺ですよ?」
 自分を指さしている。
「琴南様と番になりたいと思っています」
「……何で?」
「番になりたいからです」
 他にどう言えば伝わるのだろう。プロポーズの言葉以外に何かあるのだろうか。
 恋愛はしたことがない。しようとも思わなかった。してはいけないと思っていた。
 どうすれば良いのだろう。ソファーで膝を抱えてしまった慎二の側に寄った。膝をついて見上げると、彼も私を見つめていて。
「……番になったら、俺と一緒になるんですよ?」
「はい」
「子供が欲しいと思っても、俺にはどうすることもできないんですよ?」
「はい」
「俺は可愛くもないし美人でもないし体鍛えてるし……」
「はい」
 膝に顔を埋めてしまった。拒みたいのだろうか。
「お嫌、ですか? 琴南様が他のαを望まれているのであればそうおっしゃって下さい」
 瑛太を、本当は見初めていたのかもしれない。それならば私は出て行かなければ。慎二が望まないことをしたくはない。立ち上がり掛けた私に顔を上げている。
「……部屋に上げたでしょう?」
「琴南様?」
「覚悟してても……怖いんです。めちゃくちゃ怖い……!」
 何がそんなに怖いのだろう。また膝に顔を埋めてしまった。まるで桃ノ木真澄が雷に怯えて泣いているようで。そっと頭に手を乗せた。そうすると真澄は落ち着くから。
 震えている体が落ち着くように頭を何度も撫でた。少しウェーブの掛かっている黒髪が外はねしている。
「怖いというのは? 私はどうしたら良いですか?」
 何度も頭を撫でていると顔を上げている。唇を噛み締めながら見つめられた。
「……経験が、無くて……」
「経験?」
「だから……女もだけど、男と…………ぁっ!!」
 ビクッと体を震わせた慎二が項を押さえている。カタカタ震える体から大量のΩのフェロモンが溢れてきた。私の鼻を刺激してくる。吸い込んでしまったΩのフェロモンに体中が熱くなる。
 何度も、Ωのヒートに遭遇してきた。すぐに抑制剤を打って自分を抑え、苦しんでいるΩを瑛太と一緒に助けてきた。上着のポケットには常に抑制剤が入っている。
 でも、今夜は慎二と番になるために来ている。彼も私を部屋に上げてくれた。
 番になりたい。
 慎二の番になって、彼の側で守っていきたい。
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