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杉野保の先輩観察日記
4-2
しおりを挟む「琴南さんって、Ωなんですよね? 俺が知ってる男Ωとぜんっぜん違うし」
「筋肉すげー。ムキムキじゃないですか」
「杉野が腕相撲で負けたって聞いたけど、マジっすか?」
「噂じゃ柔道も空手も負け無しって本当?」
四人に囲まれ困惑している。頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「ダンスもカラオケもやったことないよ。部活には参加できなかったからな。柔道も空手も独学だし」
「独学?」
聞き返した俺に頷いている。
「番を持つまで、俺も男には近づけなかったからな。かといって、警察官になるためには必要だしで、試合の映像見たり、師範の映像見たりで覚えたな」
だから、見て覚えて再現する能力に長けていたのか。納得した俺達に笑っている。
「正直、お前達に混ざって良いか悩んだけど。遠慮なく来てくれて嬉しいよ」
「俺達βだし、αのこいつはこんな感じだし。琴南さんマジすげーし!」
「こんなって何だよ」
「お前、αらしくないんだって。だからダチでいられるし」
「俺だってちゃんとαだぞ。俺より、先輩の方がΩらしくないだろうが」
「Ωらしくって何だよ。俺だってちゃんと番できたんだからな」
腕を組んでいる先輩は自慢げに胸を反らしている。俺も同僚も、気になってしまった。
「先輩の番ってどんな人なんですか?」
一度、居酒屋で会ったことはある。先輩と肩を組んでいるのを睨まれた。ほとんど話せなかったから、実際どんな人なのか気になっている。
俺達に見つめられ、顎に手を当てると明後日の方向を見つめている。
「どんな……か。バキバキ? あと飯が美味い」
「何ですか、バキバキって」
「筋肉の塊なんだよ。俺の独学柔道や空手は黒帯持ってるあいつが手直ししてくれたしな。腕相撲は未だに勝てたことが無い」
「マジっすか!? 俺、先輩に瞬殺されたのに!」
「お前が!? 琴南さん、やばすぎですよ!」
同僚達の中では俺が一番、腕相撲が強かった。その俺を先輩は瞬殺した上、叩き落としてきた。
そんな先輩が勝てない相手。どんな腕をしているのだろう。
「何してる人なんですか? ボディーガードとか?」
「桃ノ木病院で秘書してる」
「秘書!? バキバキなのに!?」
何で秘書をやっている人がバキバキの筋肉をしているのだろう。驚く俺達に笑っている。
「あいつは、桃ノ木家を守りたいらしいからな」
「それでバキバキで、先輩も一緒に細マッチョになったんですね」
「細マッチョって何だよ」
「いや、Ωの体じゃないでしょ。俺よりムキムキって」
「そうか? お前もなかなか体鍛えてるじゃないか」
「先輩にはまだ及びません。鍛えて、次は腕相撲、勝ちますから」
あれだけ完璧に負けてしまったことはない。密かに鍛え、次の再戦では勝つつもりだ。
「楽しみにしてるよ」
余裕の顔で笑っている。この人はきっと、自分の強さもイケメンなことも分かっていない人だ。だから俺も遠慮無く言えるし、一緒に居て尊敬できるし楽だった。
「じゃ、先輩の覚えがめちゃくちゃ良いんで、余興用にアレンジしていきますから」
六人で作る輪を縮めると、顔を突き合わせながら話した。先輩は楽しそうに笑っていた。
~*~
ダンスが下手か、音痴だったなら、それはそれで面白いと思っていた。全てが完璧なイケメンより、少し抜けている方がウケが良いと思っていた。
けれど琴南先輩はダンスも歌も上手かった。本人は大丈夫だったかと、俺達に合わせられているかと気にしていたけれど、俺達の方がついていくのに必死だった。
おかげで余興は大成功で、琴南先輩の密かなファンが増えていた。本人は気付いていないけれど。
「イケメンも大変ですね」
「ん? 誰のことだ?」
「無自覚ってところが良いんですかね」
「……わっかんねーな」
食後のコーヒーをまったり飲んでいる先輩は、休憩スペースに集まっている女性達に見つめられていることに気付いていなかった。男として、モテ期がきていることも。
面白いのであえて言わなかった。セクハラが出てくれば守るまでだ。
無自覚イケメン琴南先輩は、大きな欠伸を一つすると目を閉じている。
「悪い、ちょっと寝る」
「どうぞ」
腕を組み、バランスを取ると眠ってしまう。俺はスマホを弄りながら休憩時間を過ごした。うとうと、うとうと、眠っている先輩の寝姿は、女性達のスマホの中に収められていた。
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