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杉野保の先輩観察日記
その4『無自覚イケメン』
しおりを挟むスマホに入った連絡を見ながら、目の前で番の沢村浩介に作ってもらった弁当を豪快に食べている人を見つめた。
「先輩、また一緒にダンスしませんかってお誘い来てますよ」
コンビを組んでいる先輩・琴南慎二は口いっぱいに入れているハンバーグを飲み込みながら笑っている。
「勘弁してくれ」
「ま、今は一刻も早く番さんの所に帰りたいでしょうから、断っておきますね」
署内の同僚に返信を打つ俺に焦っている。
「べ、別に早く帰りたいとか、そういうことじゃなくて」
「じゃ、やります?」
「お前、俺、もう三十代だぞ。そういうのは若い連中がやるから良いんだろうが」
「先輩、肌艶良いし、全然いけますけど」
「お世辞言っても何も出ないからな」
ご飯を口いっぱいに詰め込みながら笑っている。自分がイケメンだと理解していない先輩は、ここ最近で肌艶も髪質も色気も良くなっていることに全く気付いていなかった。
同僚には先輩は遠慮すると伝え、人数が居なければ俺は参加することを伝えておいた。俺がここに移動したその年、忘年会の余興を任され、同僚にも参加してもらったから。
そして、頼み込んで琴南先輩にも参加してもらった。その時、先輩のずば抜けた能力を目の当たりにした。
「いや、ほんっと先輩って凄いですよね」
「ん?」
「たまにはとぼけた姿も見てみたいと思ったんだけどな-」
彼女お手製の弁当を口に詰め込みながら、あの日のことを思い出していた。
~*~
移動の年の忘年会の余興担当になってしまい、俺ができることと言えば高校生の時にやっていたダンスくらいだった。先に署内に居た同僚と、同僚の友達にも声をかけてもらい、俺を含めてダンス経験者五人が揃った。
人気グループのダンスを完コピするためには、あと一人必要で。顔が良くてすぐ捕まるといえば琴南先輩しかいなかった。
最初はかなり渋られた。ダンスをしたこともなければ、カラオケで歌ったこともないから、と。踊りながら歌うという、難易度が高いことはできない、と。
毎日頼み込み、しぶしぶ受けてくれた。休みを合わせ、公園に集合し、俺達が柔軟運動をしている間、先輩には人気グループの歌って踊っている映像を見てもらっていた。
それぞれ、振りを確認しながら数回踊っていると、映像を見ていた先輩が立ち上がった。
「まあ、なんとなくは分かったよ」
俺達に混ざって、一度、通して踊ってみることになった。多少、間違えてもぶつからないよう、俺達の方が気をつけなければ、と思っていた。
でも、その心配はまったく無用のものだった。琴南先輩は、自分が担当するパートを完璧に覚えていた。担当のダンサーの癖や歌い方までコピーしてしまった。
音痴だったら面白いのに、歌まで上手い上に声も良い。公園に居た若い奥様達が俺達、というより琴南先輩を見て黄色い悲鳴を上げていた。
同僚もその友達も、あまりの上手さに驚きすぎて終わっても声が出なくて。
「あれ、間違えてたか?」
確かめようと、映像を見に行こうとした先輩の背中を思わず叩いてしまった。
「化け物ですか!!」
「いってーな!」
「いや、マジこわっ!!」
ダンス経験も、カラオケ経験もない人間が、俺達より先に踊って歌えるようになるなんて誰が思うだろう。ハッとしたように同僚達も先輩に詰め寄った。
「琴南さんって本当に素人ですか!?」
「やったことないけど……」
「すっげー! キレッキレじゃないですか!」
「歌上手すぎて腰が砕けるかと思いましたよ!」
「セクシーすぎますって!」
「大袈裟だな」
笑っている先輩は、自分が化け物だと気付いていなかった。奥様達が集まってきていることも。
一度、休憩するため輪になって座った。同僚達は皆βだったから、顔合わせの時、男Ωの先輩に遠慮していたけれど、すっかり男の先輩の虜になっていた。
「先輩が運動神経良いのは知ってましたけど、こう、完璧にされると俺達の立場が無いっていうか」
「そんなこと言われてもな。お前が覚えろって言うから覚えたんだろうが」
ペットボトルからお茶を飲みながら苦笑している。片膝を立てている先輩に、同僚達が詰め寄った。
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