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杉野保の先輩観察日記
2-2
しおりを挟む鼻歌を歌っていた俺は、肌に突き刺さってきた殺気に、思わず足を止めた。先輩が近い距離で見上げてくる。
「どうした?」
「寒気が……」
「寒気?」
どこからだ。先輩は感じないのだろうか。周囲を見渡した時、視界に飛び込んできた長身の男。無言で俺を見つめていた。
見つめるというか、睨むというか。圧が凄かった。
「浩介! 早かったな!」
「……知り合いですか?」
「俺の番」
俺の腕を肩に回したまま先輩は笑っている。その姿を、番の浩介は無言で見つめていて。
危険を感じて先輩の肩から腕を外した。背筋を伸ばす俺に首を傾げている。
「どうした?」
「いえ、何でもありません!」
「急にどうした。あ、そうだ。二人が会うの、初めてだったな」
番の浩介からビシバシ出ている無言の圧に気付かない先輩は、俺の背中をポンッと押してくる。俺ものっぽと言われるほど長身だが、同じくらいの身長に加え、浩介には横幅もあった。鋭い目が俺を射貫いてくる。
「これが後輩の杉野保。で、こっちが俺の番で沢村浩介。やっぱり身長は同じくらいだな」
二人の間に走っている緊張に気付かない先輩は一人楽しそうに笑っている。俺は今すぐにでも走って彼女が待つ家に帰りたかった。
「……帰りましょう」
「おう。杉野、本当に送らなくて良いのか?」
「はい! タクシー会社の売上に貢献します!」
「何だ、それ」
ポンッと俺の肩を叩いた先輩は、浩介に腕を掴まれ歩いていく。ビシッと敬礼して見送った俺は、あれだけ気持ちよく酔っていた体がすっかり冷めていることに気がついた。
「……先輩の番って……バッキバキ」
全身がバネみたいな体だった。先輩を居酒屋まで迎えに来るのに何故、スーツなのか。ずっと家で待っていたのだろうか。
待っていても帰って来ないから、とうとう電話してきたのだろう。スーツを着ていても分かる、あの人に、俺は絶対に勝てないだろう。同じαでも、上位の人だ。
「……もしかして、俺、地雷踏んだかな……」
肩を組んでいる姿に嫉妬されたのか。男同士なのに、俺にとって先輩はΩではなく男なのに。人様の番になれなれしい、そんなところだろうか。
「先輩、めっちゃ愛されてるな~」
男にしか見えない先輩が、男のαの番を得ている。どんな人なのかと興味があったけれど、実際に会ってみて、できれば二度と会いたくないと思ってしまった。
俺は先輩に遠慮はしない。男同士の先輩・後輩でいたい。
肩を組んだだけであの睨まれよう。
そして、先輩は番の嫉妬に気付いていない鈍感な人だった。
「う~ん、せっかく気持ちよく飲んでたのにな~」
タクシーを拾うため国道の方へ歩いて行く。捕まえたタクシーで彼女が待つアパートへ向かった。面白彼女を抱っこして、気持ちを落ち着けよう。ブルッと震える体に苦笑した。
~*~
あの時に感じた浩介からの殺気。視線だけで強いと感じたのは初めてだった。同じαでも能力が違う。
もしも琴南先輩が襲われていたなら、浩介はまったく手加減をしなかっただろう。あの腕力では誰も止められない。先輩を失ったら、あの男は狂ってしまうかもしれない。
「何かあるんだろうな~」
腕を組み、天井を見上げた。先輩も詳しくは知らないと言っていた。番なのに、浩介の過去のことはほとんど知らない、と。
余所の番事情に首を突っ込む趣味は無いけれど、浩介には何か過去がある。気にはなる。
気にはなるが、やはり首を突っ込むのは止めておこう。
「触らぬ神に祟りなし、だな」」
背伸びをすると、目の前の書類に集中した。先輩のために少しでも仕事を減らしておこう。そして美味しいものを奢ってもらおう。
「番さんの爆弾おにぎり、美味かったな」
また作ってくれないだろうか。思いながら書類を片付けた。
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