抱き締めても良いですか?

樹々

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杉野保の先輩観察日記

その2『先輩の番はバッキバキ』

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 琴南慎二の番、沢村浩介は先輩以上の化け物だ。あれは人間なのだろうか。
 腕を組み、考え込んでしまう俺の背中を叩いてきたのは、浩介の調書を担当することになった定年間近の五十代のベテラン先輩だった。琴南先輩が最初にコンビを組み、指導を受けた人だ。
「よっ。琴南、今日まで休みだよな?」
「はい」
「沢村浩介、琴南の番で間違いないな?」
「間違いありません」
 琴南先輩の椅子に座りながら、メモ帳を取り出している。
「お前もあの場に居たな? どう見えた?」
「錯乱していたように思います。襲われた高校生、田津原愛歩君は、桃ノ木家の人間といっても良いほど親しい間柄だったようです。その桃ノ木家の人間が襲われことで、秘書である沢村さんが守るために行動に出たのだと思います」
「守るため、か。かなり難しいな」
 ベテラン先輩も、あの場に居た。浩介が碕山陸人の首に手を掛けていた姿を見ている。えんぴつで頭を掻きながら唸っている。
「碕山からは訴えは出ていないが……誰も止めていなければ、やっただろうな。まさか琴南の番になっているとは思わなかったよ」
 ベテラン先輩はメモ帳に何か書いている。思わず身を乗り出した。
「あの人、知ってるんですか?」
「知っているというか……こっちに移動になる前に、あの子の母親の事件をちょっとな」
 調書のため、事件を目撃した警察官に一人一人話しを聞いて回っているベテラン先輩は立ち上がっている。その腕を掴んでしまう。
「どんな事件だったんですか?」
「お前は知らなくて良い。今回の件とは関係ないしな」
「本当に?」
「根深いものがあるにしても、今回のことは今回のこととして調べる。明日、琴南にも話しを聞くから伝えておいてくれ」
「はい」
 ベテラン先輩は、これ以上聞いても話してくれないだろう。大人しく引き下がると次の目撃者のもとへ歩いて行く。真面目で私情を挟まないベテラン先輩は、等しく調書を取るだろう。
 腕を組むと天井を見上げた。浩介の母親の事件。それが原因で、リミッターが外れて暴走したのなら。
「Ω……か?」
 考え込みそうになって頭を振った。人の過去をあれこれ詮索するのはよくない。琴南先輩さえ知らないことを赤の他人の俺が調べるのは失礼だろう。
「まあ、結構、巻き込まれてるけどな」
 肩を鳴らすと、今回の事件のことをまとめていく。先輩が休んでいる分を埋めていかなければ。
 どうしても、有給を取って欲しいと俺を呼び出した沢村浩介。琴南先輩は田津原愛歩を無事に卒業式に参加させるため学校へ出向いていたから、代わりに俺が呼ばれた。
 鬼の形相で詰め寄られ、危機迫るものを感じ、上司に相談した結果、代理で有給申請を通した。確かに、先輩はずっと休んでいなかった。
 警察署に戻ってきた先輩が浚われるように連れて行かれ、内心、大丈夫だろうかと心配している。先輩が大好きでたまらない浩介のことだ、酷いことはしないだろうとは思っているけれど。
 もしも、襲われていたのが琴南先輩だったとしたら、浩介は誰にも止められなかっただろう。そう思うと体が震えて仕方がなかった。

~*~

 先輩とコンビを組み、飲みに行ったことがある。良い先輩に巡り会えたと酒はすすみ、俺も先輩も絶好調に酔っていた。
 ほろ酔い気分で飲んで話して笑っていると、先輩の番から電話が入り、時計を見ると午後十一時を回っていて。
「悪い、そろそろ帰らないと」
「そうですね~。俺も、これ以上飲むと帰れなくなるかもなんで~」
「送ってもらおうか?」
「いいですって~タクシー捕まえるんで~」
 もう、俺のろれつは回らなくなっていた。先輩も同じくらい飲んだのに、頬がほんのり上気して赤くなるくらいだった。この人は、酒も強かった。
「お前、明日ちゃんと起きろよ?」
「いえっさ~!」
「おいおい、本当に大丈夫か?」
 よろよろと敬礼してみせる俺に笑っている。先輩が奢ってくれ、よろめく俺の腕を自分の肩に回しながら歩いてくれる。他の酔っ払いに混ざりながら混雑していた店の中を歩いた。
「めっちゃ楽しいです、俺!」
「俺もだよ」
「警察官になって良かった~! 先輩に付いて行きますから~!」
「はは! ビシビシ鍛えてやるよ!」
 肩を組み、意気揚々と店を出た。俺より少し低い先輩の肩を引き寄せ、左右に揺れながら歩く俺に笑っている。
「こけるぞ」
「大丈夫ですって~!」
 酔った顔に冷たい風が当たって気持ちよかった。店を出る前に彼女には電話している。タクシーを拾ったら彼女が待つ家に帰る。
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