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抱き締めても良いですか?
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「マスター、いつものコーヒーお願い」
「あ、ほら、来たよ」
桃ノ木病院の近くの喫茶店へコーヒーを飲みにきた私は、顔馴染みのマスターが誰かに手を振っている姿に首を傾げてしまう。
時間ができた時はよくここでコーヒーを飲んでいる。テラス席があるので晴れている時は良い気分転換になるからだ。
「何、私にお客さん?」
「そう。ほら、この間の……」
「あ、あの!」
か細い声に振り返れば、知った顔だった。
「ああ、この間のΩの子。どう、あれからヒートは落ち着いてる?」
カウンターで話していた私とマスターの側に男Ωの子が立っている。細いけれど顔立ちが美人だったので良く覚えている。
テラス席でまったりしていた時、隣の席でヒートになった子だ。襲われそうになった所に居合わせ、助けた子だった。
「は、はい。この間は、ありがとうございました」
「いいよ、いいよ。緊急抑制剤、ちょっと強いけど危ない時はすぐ使うんだよ?」
「は、はい。あの、それで……」
「うーん、今日はケーキも付けようかな」
糖分が欲しい。マスターの嫁が作るケーキは絶品だった。苺のショートケーキにするか、ガトーショコラにするか、悩む。
顎に手を当て悩む私に、男Ωの子が叫んだ。
「あの!」
「びっくりした!!」
「あ、す、すみません……!」
屈んでいた私に顔を寄せている。よくよく見ると、かなり美人の子だった。伸びている髪をもう少し切った方が美人が際立つな、と観察してしまう。
「何? どうしたの?」
「あの……あの……!」
握り拳を作って俯いてしまった。マスターと顔を見合わせてしまう。他のお客さんが後ろから来ているので、とりあえず一旦、外に連れて行こうとしたけれど。
白い肌を真っ赤にした男Ωの子は、顔を上げ、目はギュッと瞑ったまま叫んだ。
「ぼ、僕の番になって下さい!!」
私も、マスターも、入ってきていたお客さんも、店内に居た人も。
時が止まったかのように動きを止めた。
「………………ぇ?」
私としたことが、気が抜けた声を出してしまった。
ブッとマスターが吹き出している。
「桃ノ木先生でもそんな声出るんですね」
「いやいやいや、ちょっと待って。君、若いよね? 君から見たら、私はおじさんになると思うんだけど? 番って……」
目を瞑っていた男Ωの子の肩をポンッと叩くと、ハッとしたように目を開けている。
真っ赤な顔で見上げられ、潤んでいたその黒い瞳に、一瞬、目を奪われてしまった。
「ぁ……ぼ、僕……何言って……!?」
細い手が赤くなった顔を覆っている。その仕草にも、目を奪われてしまう。
「つ、番と言うか……つ、付き合って欲しいなって……思って……!」
完全に顔を隠してしまった彼から目が離せない。サラサラしている長い髪に、触れたいと思った。
「へー、とうとう桃ノ木先生にも春が来そうですね。で、コーヒー二つと、ショートケーキ二つで良いですか?」
「……え? あ、ああ、うん。お願い」
マスターの言葉を聞いてはいても、どうしてもこの子から目が離せなかった。震えているか細い肩を抱き締めてみたい。
「先生、外の席に連れて行ってあげて下さい」
「あ、ああ。そうだね。行こうか」
次のお客さんが来ている。支払いはいつも月末まとめて行うので、男Ωの子を連れて外のテラス席へ移動した。他のお客さんの視線を一身に浴びながら。
いつも座っている席が空いていたので、そこに彼も座らせた。顔を覆ったまま動こうとしない。
「あの、君、私はどうしたら?」
番になりたいと言われ、付き合いたいと言われたけれど。若い彼と私では、釣り合わないと思う。
彼の仕草一つ一つが可愛いとは思う。お見合い相手だった琴南慎二は、男Ωながら鍛えていた肉体美があった。
目の前の子は細く、私が本気で握り締めたら折れそうなほどに。
だが、美人だった。白い肌も、大きな黒い瞳も、赤い唇も。顔を覆っている細い手さえも美しいと感じた。
「す、すみません……急に来て、変なことを言って……」
「若い子に告白されたのは何年ぶりかな-。こんなおじさんにありがとうね」
男も三十代に乗ればおじさん扱いされる。ようやく顔から手を離した彼は、フルフルと顔を横へ振っている。
「桃ノ木さんは、若くて格好良いです」
「はは、ありがとう」
嬉しいことを言ってくれる。マスターが運んでくれたコーヒーを一口飲むと冷静になった。この子はきっと、ヒートで助けられたから、恋と勘違いしているだけだろう。
コーヒーを勧め、ケーキも勧めると大人しく食べている。俯きながら食べるその紅い唇に、白いショートケーキが運ばれると、どうしてか心臓が跳ねてしまった。
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