抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

35.想いを込めて

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 朝、マンションを出る時に浩介に約束した。
 今日は早く帰る、と。
 愛歩の卒業式を見届けて、定時で上がると。



 愛歩を卒業式に参加させてやりたい。そう思い、事件後、何度か高校を訪ねていた。担任の平田先生と共に、PTAのメンバーと校長を説得するために。
 被害者が日常を奪われるのは避けたい。事件担当の警察官として、話し合いの場に参加した。
「お疲れ様でした。おかげで田津原を卒業式に参加させてやれました」
「自分は何も。警察が関わっていることは伝えないで下さい。あまり思い出させたくないので」
 卒業式の後、平田先生と話していた。俺は愛歩に見つからないよう、体育館の後ろの方から見守っていた。友達の有紀と元気にどつきあっている姿を見て安心した。
 無事に卒業証書を受け取り、体育館を出て行くまで見守った。その後、彼が帰るのを見届けて、俺の役目は終わった。
「正直、俺だけの説得では、PTAは納得してくれなかったですよ。あなたの発言が一番効いたと思います」
 見送ってくれた平田先生が背筋を伸ばしている。
「これから先、田津原が守る側の大人になるのか、犯人のようになるのかは、今の大人の対応に掛かっているという言葉、滲みました」
 真っ直ぐな性格なのだろう、平田先生は俺を見つめてくる。
「あなたも、苦労されたんですね」
「……自分たちの時代では、男Ωの扱いはあまり良くありませんでしたから。碕山が犯罪に走った気持ちが、どうしても分かってしまう」
 だとしても、無関係だったΩを襲ったことは許せない。彼には罪を償ってもらいたい。
「愛歩君の担任が、あなたで良かった」
「照れますね!」
「お互いに」
 笑い合うと、平田先生と別れて高校を後にした。署に戻り、通常業務を終わらせて定時で上がる。浩介との約束を守るために。
 車を走らせ警察署へ戻った俺は、ざわついている雰囲気を感じて少し緊張した。何かあったのだろうか。足早に入った時、浩介が居て。その手には俺の荷物を抱えている。
「帰りましょう」
「……は?」
「さ、早く」
 俺の手を握り、引っ張って行こうとしている。久しぶりに見たスーツにオールバック姿の浩介は険しい顔をしていた。
「待て待て待て! まだ仕事中だって!」
「有給申請をしました。受理して頂いたので大丈夫です」
「……は?」
「せんぱーい!」
 受付カウンターの向こうから、長身をややかがめて女性警察官の背中に隠れている杉野が呼んでいる。
「ご武運を~~!」
 手にした書類をヒラヒラ振っている。それは俺の有給申請のようだった。本当に受理されているらしい。
 何がなんだか、分からずに浩介に手を引かれ警察署の外へ連れ出された。あまりの力の強さに逆らえない。自分の車の助手席に俺を押し込んでくる。
「なあ、浩介! 俺も車で来てるんだぞ!」
「明後日の出勤の時、お送りします」
「……明後日?」
「今日の午後から明日まで、申請しました」
 俺を押し込み、自分も運転席に回っている。乗りこんだ浩介の肩を揺さぶった。
「どうした? 何か急用か!?」
 俺を連れて行かなければならない理由があるのか。心配で聞けばじっと見つめてくる。
「遊園地に行きます」
「……え?」
「ぼっちゃんのデートに付き添うことになりました」
 車を走らせた浩介に呆然としてしまう。真澄と愛歩のデートと、俺を強引に連れて行くのと繋がらない。
「……浩介! 戻せ! そんな理由で仕事は休めない!」
「私は……どうしてもあなたにも一緒に来て頂きたい」
 運転しながら話す浩介の横顔は真剣で。危機迫るものさえ感じてしまう。
「……定時でちゃんと上がるつもりだったんだぞ」
「定時ではデートに間に合いません」
「だから、二人を送って、終わったら一緒に過ごせば良いだろ?」
「……一緒に、来て頂けませんか?」
 少し俯いた浩介の横顔に。
 泣いてしまいそうなその横顔に、俺が折れるしか無かった。
「ああ、もう! 二度とすんなよ! 約束だからな!」
「はい」
「……お前、どんな顔で申請したんだよ。杉野がめっちゃ怯えてたぞ」
 浩介は桃ノ木家へ向かっていた。待っていた真澄を後部座席のドアを開けて迎え入れている。
「あれ、慎二さん?」
「こんにちは。お邪魔してるよ」
「どうしたんですか?」
「俺が聞きたいよ」
 真澄も俺が来ることを知らなかったようだ。再び走り出した車を運転している浩介は秘書面のままだ。
 今度は愛歩を迎えに行っている。案の定、彼も俺が居ることに驚いている。
 驚くだろう、二人のデートに浩介だけではなく俺までいるのだから。
 浩介の謎の行動に、俺は振り回されっぱなしだった。
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