抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

34.男Ωとして 胸を張って

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 Ωを襲う強姦魔に接触してしまったことで、ヒートになるはずじゃない時にヒートになってしまった。
 卒業式には出られない、そう、覚悟をしていたけれど。
 学校側からの要望として首輪の着用と、桃ノ木病院からの診断書を求められただけで、卒業式には出られることになった。
 卒業式の前日、久しぶりに我が家へ戻った俺を母さんが泣きながら抱き締めてきて。高校三年生にもなって恥ずかしいという思いと、心配を掛けてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 父さんは泣いてしまった母さんの背中を撫でながら、俺の頭をポンッと叩いただけだった。無事で良かった、と小さく呟いて。
 家族のもとへ戻った俺は、卒業式の日、久しぶりに有紀と歩いて登校した。
「顔色、良いみたいで安心した。俺ももっと鍛えておけば良かったよ」
「まだ気にしてんのか? 吸ったのは叫んだ時だって言ったろ」
「お前のこともそうだけど、これから先、しずちゃん守るためにもさ、強くならなきゃなって」
 ボクシングのように拳を突き出してみせている。笑いながら背中を叩いてやった。
「頑張れ」
「おうっ!」
 ニッと笑った有紀に俺も笑った。通い慣れた道を二人で歩く。
 有紀はいつでも俺の味方で居てくれた。これが最後だと思うと寂しくもある。大学に進む有紀とは別の道を行くから。
「たまには連絡しろよ」
「なになに、寂しいの?」
「……まあ、な。騒がしいお前がいなくなると、静かになるだろうな」
「なんだよ、真澄さんとイチャつく時間が増えるんだから大丈夫だろ」
 ボスッと腹に一発いれてくる。やり返しながら笑った。
「お前だって同棲するんだろう?」
「んふふ~そうなんだ! しずちゃんのアパートで一緒に暮らすんだ!」
「幸せなことで」
「で、お前はちゃんと告白するんだろ? もう誤魔化すなよ?」
 赤信号で止まると、なんとなく空を見上げてしまう。今日は晴天だった。
「そうする。ヒートの時、ぼんやり覚えてるけど、ちゃんともう一回伝える」
「男の顔になったな~」
「守りたいからな」
 今にも息が止まりそうなほどか弱い人だった。
 知らないαのもとに無理矢理連れて行かれて、最初は冗談ではないと思っていたけれど、あまりにも体が弱い真澄が心配になってきて。独りで過ごしていた真澄が消えてしまいそうで。
 俺が学校から帰ってくると、嬉しそうに笑いながら、お帰り、と声を掛けてくれるのがいつの間にか心地よくて。
 側に居て守りたいと思うようになった。抱き締めたいと思った。
「Ωとしてじゃなくて、男として、真澄さんが好きだ」
「……いやん!! 恥ずかしい!!」
 有紀が顔を覆いながらくねくねしている。青信号になったので背中を押した。
「お前が恥ずかしがるなよ」
「男前の顔で告白されたらイチコロだな!」
 有紀が走って行く。俺も追い掛けた。
 こんな馬鹿騒ぎも今日までだ。笑いながら追い掛けた。
 ふざけあいながら高校に辿り着くと、少し緊張しながら教室に入った。クラスメイトはどう思っているだろう、俺がヒートになったことは知っているはずだ。
 黙って席に着いた俺に、クラスのΩ女子が走ってくる。
「田津原君、おはよう。ありがとう!」
「……え?」
「私、あの時、校門から出ようとしてて。田津原君が叫んでくれなかったら私も……」
 ヒートになっていたかもしれないと震えている。俺より細い腕をポンッと叩いてやった。
「無事で良かったよ」
「うん……! 他の子達も感謝してるからね」
「ああ」
「おはよう! 全員揃ってるか~」
 担任の平田先生が入ってくる。チャイムが鳴る前に教室へ入ってきた平田先生が俺の姿を確認し、頷いた。
「ちょっと早いけど、席に着いてくれ。来てないやついるか?」
 それぞれに席に着くと、全員揃っていた。確認した平田先生は笑っている。
「優秀優秀。これから卒業式に望むわけだが、全員揃って卒業させる、俺の願いは叶ったな」
 いつもよりお洒落をしている平田先生は、俺達の顔を一人一人確認している。まだ他のクラスでは騒いでいるのか廊下から声が漏れてくる。
「万が一、誰かがヒートになったとしても、俺達大人がいるからな、担いでやる。αの諸君、根性で堪えろ。βの諸君、息を止めておけ。他のクラスの子がなったとしてもだ」
 有紀に聞いたけれど、ヒートが近いΩの女子が一人、居るらしい。その子も今日、参加していると言う。側に必ず番持ちのαが控えて待機しているらしい。
 俺も、平田先生が居てくれる。そう思うと安心できた。
「これから君たちは世間に飛び出していくわけだが、ヒートを理由に襲うようなクソ人間にはなるな。守れる大人になってほしい」
 真剣な顔でそう話した平田先生は、鳴ったチャイムに笑っている。
「じゃ、行くぞ。お前達の門出だ。俺は泣かないからな!」
「いやいや、もう泣いてるし」
 有紀の突っ込みに笑ってしまう。平田先生の目が少し赤くなって潤んでいた。
「先生、泣き虫~」
「泣いてないし!」
「鼻声じゃん」
「これはアレルギーだ!」
 ズズッと鼻をすすった平田先生は俺達を立たせている。感情にもろい平田先生が先頭になって教室を出て行った。その後をついていく。他のクラスもぞろぞろと体育館へ移動していく。
 その中に、俺も居る。諦めかけたけれど、普通に、卒業式に参加することができる。
「田津原」
 平田先生が立ち止まると、俺を待っている。駆け寄った俺の頭をくしゃくしゃに撫でてきた。
「腐らずいてくれて良かったよ」
「先生がいるし、有紀もいるし」
「大人を頼ってくれて嬉しいよ。安心して卒業してこい」
「先生、めっちゃ泣いてる」
「だから、これはアレルギーだって」
 泣いていることを認めない平田先生は俺達の背中を押してくる。笑いながら有紀と走って行く。
 卒業式を行う体育館へと入った俺と有紀は、クラスメイトが並んでいる場所に合流した。他のクラスも次々に並んでいく。
 胸を張って卒業する。
 顔を上げると、大きく息を吸い込んだ。
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