抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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 一般病棟の個室に移した碕山陸人を訪ねた。術後の経過を見るためと、少し話しがしたかったからだ。
 ベッドに拘束されている碕山は、私が入って行くとチッと舌打ちしている。
「何、何の用?」
 ドアの前には警察官が二人見張っている。閉めずに椅子を引き寄せると座った。
「どうですか? 一応、医者なんで様子を伺いに来ました」
「……別に」
「そうですか。私の腕は良いんですよ。問題なく治ります」
 碕山は窓の方を向いたまま、私とは視線を合わせようとはしなかった。その後頭部を見つめながら話した。
「四人目の被害者の旦那さん、αはあなたと番になるはずだった人ですね?」
 言えばやっと私の方を見た。睨み付けられている。
「でも、被害者の方と知り合い、番の相性が良かった彼女が選ばれ、あなたは振られた」
「……あいつに、聞いたのか?」
「調べました。旦那さんも認めましたしね」
 被害者のΩの番のαは、もともと碕山と番になる予定だった。だが彼女が現れ、相性の良さを選んだα。
「恨みがあるなら、恨む相手に晴らすべきです」
「……うるさい」
「そうであるなら、あなたが助けを求める声を、私は拾ったでしょう」
 加害者ではなく、被害者であるなら。
 このΩ病棟は全力で碕山を守るだろう。
「私はΩの味方でありたい、そう思い、一つ目の夢を諦め、二つ目の夢を叶えました」
 碕山の目を見つめた。睨み付けてくる目から涙が流れていく。
「……誰も、居なかったんだ……! 俺を助けてくれるやつが……!」
「だとしても、あなたは加害者になることを選んだ。私はやはり、あなたが許せない。あなたがΩだとしても」
 碕山が狙ったΩは全員、碕山を蔑んでも傷つけてもいない。碕山のことを知らなかった。彼女たちは被害者でしかない。
「罪を償って下さい。そのために全力で治したんです」
「……うるさい」
「それでは、私はこれで」
 立ち上がり、病室を出ようとした。その背中に声がかかる。
「薬は、俺が独自で調合した。もう、残ってないよ」
「……それを信じろと?」
「信じなくても良いさ。ただの独り言だ」
 振り返れば碕山は天井をぼんやり見つめている。
「……せめて、あいつがヒートから解放してくれてたら……俺だって……」
 掛け布団を引っ張り上げた碕山は潜り込んでしまった。病室を出ると警察官がドアを閉めている。
「薬は本当にもう無いんですか?」
「今のところ、碕山が持っていたのが最後になります」
「くれぐれも流通させないで下さい」
 見張りの警察官に碕山を任せ、執務室の方へ戻った。茜はΩ病棟で診察している。執務室には浩介だけが居た。
「どう、落ち着いた?」
「はい。ご迷惑をお掛けしました」
「今回は琴南さんのおかげで助かったよ。君を失うかと思った」
 データを打ち込んでいた浩介の肩を叩いた。見上げてくる顔は済まなそうに眉根を寄せている。
「……どうしても、感情が抑えられませんでした」
「うん、私もだよ。お互い、番に助けられたね」
 私は茜に、浩介は慎二に、助けられた。逞しい肩を揉んであげる。
「予約、取れたよ。琴南さんには言った?」
「まだ、言っていません」
「そう。サプライズにするのも良いかもね。恋人のデートと言えば遊園地だから! 真澄は遊園地初めてだし、お願いね」
 ポンッと浩介の肩を叩くと、少し休憩するためソファーに座った。Ωを襲っていた犯人は捕まったし、私も明日から外来担当に入ろうと思っている。
 茜の代理のΩ担当医師も見つけなければ。できれば男Ωの医師が良い。男性、女性の目線からΩを守りたい。
「あの……」
「ん?」
「恋人のデートは遊園地に行くものなのでしょうか?」
 浩介がパソコン作業の手を止め、私の向かいのソファーに座っている。
「定番かな。私も茜さんを連れて行ったし」
「……そう、なのですか」
「真澄はずっと、憧れていたからね。歩ける体力もついたし、愛歩君が側に居てくれるし。きっと喜ぶだろうな」
 あまりハイテンションになると倒れてしまうから、側に浩介にもついていてもらう。その後、遊園地デートが終わったらちょっと奮発したホテルのスウィートルームへ連れていってもらう。
 浩介にも慎二と合流してもらい、もう一部屋スウィートルームを予約してあげた。この間、喧嘩させてしまったお詫びだ。
「愛歩君が真澄と一緒になってくれたら良いんだけど」
 まあ、まだ高校を卒業したばかりの愛歩が、そこまで大人な行動に出るとは思っていないけれど。少しでも距離が縮まれば良い。
 浩介と慎二には、思う存分、二人だけで盛り上がってもらいたい。
「琴南さんも早く帰ってくるだろうし。甘い夜を過ごしてね」
「……甘い夜?」
「んもう! 分かってるくせに!」
 首を傾げた浩介に笑いながら、胸ポケットに入れていた携帯が鳴ったので取った。呼び出しの電話だった。立ち上がりながら手を振った。
「琴南さんにいっぱい甘えて、甘えられてきてね!」
 執務室を出ながらニヤニヤしてしまう。今度こそ、浩介と慎二は甘い二人だけの夜を過ごすはずだ。良いホテルに豪華な部屋、最上階から眺める最高の景色。
 私と茜が一晩、盛り上がったホテルだから。きっと二人も雰囲気に飲まれて熱い夜を過ごすはずだ。
「そろそろ琴南さんにも色気が出てくるかな~」
 私は暫く茜とあまり抱き合えなくなるから。代わりに二人を育ててあげたい。五年も変わらなかった二人がどう変化していくのか見物だ。
 廊下を軽くスキップしていた私は、呼び出された部署へ入っていく。集まっていたメンバーに混ざり、会議に参加した。
 新しく買った伊達眼鏡は茜が選んでくれた。医者として、やるべきことをやるために。
 今日も、私は眼鏡を掛けた。
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