抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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 浩介の体の震えが止まったのは、俺の膝に乗せてから四十分ほど経ってからだった。その間、他の警察官は気を利かせて自動販売機へは来なかった。
 どうにか起き上がった浩介から、事件の状況を聞いた。愛歩が叫び、他のΩが走っていたのを見て、異変に気付いた浩介が犯人を止めた。愛歩に触れようとした腕を折り、背負い投げ、逃げられないよう膝を折った。
 その後、犯人が放った言葉が、浩介の感情のスイッチを入れたのだろう。話しながら、収まっていた怒りが戻ってきていた。

『排除しなければ、そう、思いました。ああいう者がいるから、苦しむ者が生まれる』

 そう、話していた浩介の顔は歪み、怒りを露わにしていた。
 浩介の行動は本来なら度を超している。愛歩を送るために離れることは許されなかったはずだった。
 彼が一時的に離れても、現場に居た先輩警察官が黙認したのは、俺の番だからだ。警察官である俺が、浩介を匿ったりはしないと信じている。その信頼を、裏切ることはしない。浩介が警察署へ来なかったら、俺が連れてくるつもりだった。

 碕山が訴えたら、浩介も罪に問われるだろう。

 あの場に居た皆が見ていた。浩介が、犯人に対して強い感情をぶつけていたことを。手をかけようとしていたことを。

 守りたい。

 例え警察官でいられなくなっても、浩介だけは守りたい。
 だから、知らなくては。
 浩介のことを。
「なあ、浩介」
 抱き枕になったまま、浩介の頭を撫でていた。
「ずっと、聞きたかった。お前と、お前の母さんのこと」
 ビクッと、体が揺れた。離さないよう、腕に力を込めた。
「今じゃなくて良い。落ち着いたら、話して欲しい。お前が、俺のことを必要な番だって、思ってくれるなら」
 知りたい。浩介が何を悩み、何にあれほど怒りをぶつけたのか。
「瑛太さんに聞けば早いんだろうけど。浩介の口から、ちゃんと聞きたい」
 頭を撫でる俺に、腰にしがみ付いている腕に力がこもった。
「……離れないと、約束して下さい」
「離れる訳ないだろう。どんだけ嫉妬したと思ってんだ」
 瑛太と浮気したと、当たり散らした俺を忘れたのだろうか。
「……私は一度、あなたに拒絶されていますから……」
 聞き逃しそうなほど小さな声に驚いた。
「俺が!? お前を!? いつ!?」
 全く、身に覚えが無かった。思わず浩介の抱き枕から抜け出してしまう。仰向けにさせた浩介を腕を突っぱねながら見下ろした。
「どういうことだ? 俺が拒絶したって……」
「……あなたと番になった日です。部屋に入れて頂いたので、番になって頂けると思っていました」
「なってるよな。俺達、番に」
 首には噛まれた跡も残っている。ヒートの事はよく覚えていないけれど、目が覚めたら噛まれていたから。番になれたのだとホッとしたのを覚えている。
「あなたがヒートになって、ベッドへ連れて行きました。ヒートのフェロモンに私も意識が保てず、あなたに触れました」
 見上げてくる浩介の顔は悲しそうで。
「嫌だと、手を払いのけられました……。このままではあなたに後悔させると思い、部屋を出ようと思いました」
 そっと、俺の頬に触れてくる。
「でも、今度は一人は嫌だと、置いていくのかと泣いて……。泣きじゃくるあなたにどうして良いのか分からず、とにかくあなたを苦しめているヒートを終わらせたくて」
 大きな手が、唇に触れている。
「泣いているあなたの中に入り、すぐに項を噛みました。体が痺れるような感覚がしたので、番になれたと感じました。あなたはそのまま、気を失ってしまいましたが……」
 浩介の告白に、広い胸に倒れ込んでしまった。
「ごめん、番になるつもりだったから抑制剤使ってなくて。朦朧としてて覚えてないんだけど。たぶん、嫌だっていうのは、単純に怖かったんだと思う」
 今度は俺が浩介を抱き枕にした。
「男を受け入れるんだって思って怖かったんだと思う。本当にお前が嫌なら、部屋に入れてないから」
「……とても、泣いていました」
「そりゃそうだろう? ヒート、辛いんだからな。涙くらい出るさ」
「……そう、なのですか? 私が嫌で泣いていたのでは……」
「お前、まさかそれで気にしてずっと、俺に触れなかったのか?」
 番になってから、浩介はなかなか触れてくれなくて。番なのに、まるで男友達みたいな関係が続いて。
 たまに浩介から感じる微かなαのフェロモンを頼りに、たまに抱き合うだけだったけれど。
「……抱いて欲しい時は、濡れるものだと思っていましたから……」
「俺が自発的に濡れないから拒絶されてるって思ってたのか? お前、ヒートの時とそうじゃない時を一緒にされてもな~」
 浩介からの誘いのフェロモンを感じられたら、俺もΩのフェロモンが反応するけれど。なかなか出てこない浩介のフェロモンに、俺も応えることができなかったから。
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